22 そして堂々と逃げる
俺とヘルムートさんは一部の『スプリガン』たちを引き連れて、城壁の外へとやってくる。
城壁はほぼ壊滅状態、そこにいた兵士も、戦える者はほとんどいなかった。
さすがにきつい。これだけの人数がいて、一体倒すのにあれだけ難儀している。
二体同時に戦うなんてできるだろうか?
「泣き言は言うな。ここは私たちが死んでも守り切る」
ヘルムートさんは俺の心持ちを察したように言った。
「私たちが死んでも、民衆が残っていれば次の世代を作れる。町だって再生できるし、人だってまた生まれる」
次の世代のために死ぬ?
この人は、死ぬために戦っているのか?
次の世代とかいう漠然としたもののために?
「きみは逃げろ。これは私たちの問題だからね」
「さっきまで捕まえようとしていた人の言葉には聞こえませんね」
「本当に王都を襲撃していないのなら、汚名を着せられたままむざむざ死ぬな。そういうことだよ」
言っている意味はわかるけれど、納得はできない。
「死ぬ死ぬって、死ぬ前提で話を進めないでください」
「では、あんなのに勝てるのか? よしんば差し違えるので精一杯ではないか」
「生きて勝つための一手を俺が打ちます!」
俺は風を吹き荒らした。
より深く、より深く。
風の深度を調整する。
「――これは、さっきの風と違う!?」
周囲の意識を『限界深域』に落とす。
効果は広くもたらされるわけではなく、俺の周囲だけでいっぱいいっぱいだ。
深度のコントロールを誤ったら、逆に兵たちの足並みは乱れてしまう。
「稀名君、これはきみがやっているのか」
「ここまで来たんだから最後まで付き合いますよ」
俺が笑うと、ヘルムートさんは苦笑した。
「やむをえないな。だったらちゃんと働いてもらうよ」
「そっちこそ、せっかく強化してあげてるんですから十全に倒してもらわなきゃ困ります」
「言うじゃないか。――行くぞ!」
俺たちは一斉に突撃した。
――すぐに魔族の射程圏内に入る。
「二体同時に仕掛ける! 絶対に町に入れるな!」
「はい! わかりま……」
俺は魔族の前に、すでに人が一人対峙していることに気付いた。
小さな体に、長い銀髪。
まぎれもなく――人間になっている時のクーファの後ろ姿だ。
魔族はクーファに向けて、腕を振り上げていた。
あの衝撃波が来る!
クーファは振り下ろされる腕にカウンターを合わせるように飛び込むと――
魔族を力ずくで殴り飛ばした。
ドッゴォ!
なんて聞いたこともないような音がして、魔族の胴体に小さなこぶしが直撃する。
誇張でもなんでもなく、魔族の巨体はクーファの拳を受けると、陶器が割れたようにバラバラに砕けながら地面を擦るようにして後ろへ吹き飛んでいった。
「えええ……」
よりによってワンパンって。
気合を入れた俺たちの滾りをどうしてくれるんだ。
「うおおお!?」
「一体どうしたっていうんだ!?」
先に突撃していた兵たちは戸惑いながら動きを止める。
「稀名の馬鹿もの!」
握った拳はそのままに、クーファはこちらを振り向いた。
「魔族の退治だってわしに頼めばよかったんじゃ! 『スプリガン』どもと協力しおって! そんな奴らよりもっとわしにお願いすればいいんじゃ! 馬鹿!」
そこ怒るところなの?
「稀名君」
ヘルムートさんは表情を引き結んで、語調を強めて言った。
「あれくらい全力で私を殴ってくれと、彼女にお願いできないだろうか」
「確実に助かりませんよ! つーかこんな時でもぶれないな!」
とにかく一体目を倒してくれたことには変わりない。
「よし、二体目は俺たちがやりま――」
でもなんだか動きがおかしい。
というか、動いていない。
魔族は地面から生えていた太い蔓のようなものに、体を拘束されていた。
「なんで私が人間どもを助けないといけないのよ……」
チェルトが、魔族の足元で不満そうにしていた。
蔓は絡まりながら締まっていき、
「お前もいい加減邪魔じゃ!」
クーファの一撃を皮切りに、魔族の体がちぎれ飛んだ。
ぼろぼろと崩れていった魔族の体が、土の塊のようなものに変化する。
土人形? のようなものなのだろうか。
チェルトたちが残ったもう一体の魔族を撃破したのを見て取って、ヘルムートさんは真面目な顔で俺を見た。
「稀名君」
「言わなくてもわかるので言わないでいいですよ」
「きみはすばらしい仲間を持っているな。今度私に――」
「言わなくてもわかるので! 言わないでいいですよ!」
「同じように縛って――」
「止まれよ! これだけ言ってるんだから自重しよう!」
……うん。
俺は内心少しだけしょんぼりしながら小太刀を鞘にしまった。
いや、被害が抑えられて喜ぶべきなんだろうけど。
そして後ろから男たちの歓声が盛大に上がった。
やった! とか、倒せたぞ! とか、そういう言葉が聞こえてくる。
「ティーロさんたちも魔族を倒したみたいですね」
「結局私たちは楽をしただけだったな!」
本当だよ。
「直ちに怪我をした者を運べ! 我々の勝利だ!」
ヘルムートさんが剣を掲げると、兵たちは歓声をあげた。
「稀名君、きみのおかげだ。礼を言う」
「いや……どうも」
俺、何かやったっけ?
「しかしここまで魔族の手が及んでくるとはな……」
「そういえばこの町が襲われたのははじめてって言ってましたね」
「ああ。東側の結界にほころびができていてね、それが広がったのかもしれない」
「結界?」
「大昔に、王国ができたときに施されたものだ。悪意あるものが魔法を使って外から入ってこられないようになっている、のだがね」
ヘルムートさんは剣を収めながら渋面を作った。
「直せないんですか?」
「魔法を使える者がいて、修復する技術が失われていなければ直せるだろうが……それ以前にやっかいなことがあってね」
「?」
「結界を施してある社付近の森には悪い魔法使いが住んでいて、結界を完全に破壊しようとしている。そしてその魔法使いがいる限り、その社に近づけないでいる」
「魔法使いってことは、精霊がその悪い奴の味方に付いている?」
「おそらくね。詳しくはわからないが」
兵士たちの何人かはここにとどまって、複雑そうな顔で俺を見ていた。
「……長話が過ぎたようだ」
そうだ。
何をしようが、俺たちは城の中で暴れて『スプリガン』たちと戦ってしまった。
近づいてきたクーファとチェルトも、俺たちの雰囲気を見て取って身構えだす。
精霊たちやウルが、城壁の物陰から駆け寄ってくる。
空気が、張り詰める。
「……さっきの戦いの続きをしますか?」
俺が静かに言うと、ヘルムートさんは吹き出した。
「戦い? さて、君は何を言っているんだ?」
「え?」
「なんのことだかわかる者はいるか?」
近くにいた兵士が何か察したようで、苦笑しあきれたようにして答えた。
「ヘルムート様、まさか町を守ってくれた彼らと戦っていたんですか?」
彼には覚えがある。
先ほどヘルムートさんと戦っていた時に、城内にいたはずだ。
知らない振りをしているみたいだ。
それに、近くにいた兵士がうなずいた。
「恩人に向けるような刃などありませんでしょう」
「町を救ってくれたのに、戦って捕まえるなど野暮な話ですよ」
「でもこいつら城の中で暴れて――いてっ」
若い兵士が文句を言おうとして、老兵に拳骨をもらっていた。
ほとんどの『スプリガン』たちには、俺が王都を襲撃したっていう情報がまだ届いていないみたいだった。
スミラスクの城で暴れたのは知っているみたいだけど。
「というわけだ。ただし、すまないが王都からの使者が到着するまでには……」
「すぐにおいとましたほうがよさそうですね」
さすがに王都の人らは容赦しなさそうだからなあ。
さっさと逃げよう。
「――行かんのか稀名よ」
竜に戻ったクーファに急かされて、俺は硬い鱗の背中に乗り込んだ。
「ところでヘルムートさん、その結界っていうのはどこに?」
「ここをさらに東に行った場所だ。山を越えた先の町ウィズヘーゼルの近くにある」
「悪い魔法使いっていうのは?」
「……きみはよもやウィズヘーゼルへ行こうって言うんじゃないだろうね」
「まさか」
俺はとぼけて肩をすくめた。
ヘルムートさんは嘆息すると、
「彼女は、結界を破壊して魔族を招き入れようとしている、国から懸賞金がかけられているお尋ね者だ」
なるほど、お尋ね者ね。
いや、親近感なんてわかないけど。
「『ウィズヘーゼルの魔女』ネミッサ・アルゴン……それが魔法使いの名前だよ」
「――ゆくぞ」
俺を乗せてクーファが飛び立つ。
「王都襲撃の件は、私が進言してみよう。きみはしばらく国外にでも逃げたほうがいいぞ!」
高度が上がっていく。小さくなっていくヘルムートさんが叫んでいた。
「ありがとうございました!」
手を振る兵士たちやヘルムートさんたちに大声で言うけど、聞こえてないかな。
「で、クーファ」
「――わしは都合のいい乗り物ではないわけじゃが」
「お願いがあるんだけど」
「――聞いてやろう」
承諾してくれるの早いな。
「ウィズヘーゼル、連れて行ってくれない?」
羽ばたきで生じる風を受けながら、俺はクーファに笑いかけた。
「――結界のほころびとやらが気になるのか?」
「うん。それと魔法使いに会ってみたいかな」
「――会ってどうするんじゃ。殺されるかもしれんぞ」
「結界を壊せるほどの魔法使いなら、直すこともできると思うんだよね。ちょっと説得してみようかと思って」
普通なら無理かもしれない。
でも俺の剣なら、それもできる気がした。




