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21 『破滅の風』

 俺は銀色のやや反りの入った刀身を抜ききると、周囲に風を吹かせた。


「させるか!」


 切り下ろされたヘルムートさんの剣を俺は半身だけずらして回避する。


 無理に逃げず、その場にいたまま最小限の動きでヘルムートさんの剣をかわしていく。


 力で受けられないなら、すべて受けない。

 剣を振るう初動から軌道を読んで紙一重で避け続ける。


 剣が虚空を切り裂く音を間近で聞きながら、暴風になりつつある風をさらに周囲に広げた。


「――!」


 ヘルムートさんが、自身に起こっている異変に気づいた。


「うおおおっ!」

「魔族を倒す!」

「俺たちの町を守るんだ!」


 兵士たちも、戦意を向上させている。


 俺が風で余計な緊張を取り除いたからだ。

 超集中状態とまではいかないものの、調子はかなり良くなっているに違いない。


 大人数だからちゃんとした調整が難しい上に効き具合に個人差もある。


 が、子どもの状態のクーファに尻込みしている時よりはマシだろう。


「兵のテンションが高いうちにさっさと町を守りに行きますよ」

「きみは――王都に続いて、この町まで襲撃しようとしていたわけではなかったのか?」

「違いますよ!」


 風を起こしながら俺は否定した。


「そもそも王都襲撃の話だっておかしいでしょう。こっちの世界に召喚されてすぐの俺に、白竜をそそのかして侵攻の画策をしている時間なんてあると思いますか? そんな生物いたのさえ知らなかったのに。冷静になって考えてみればわかることでしょう。クーファを止めようとして、その場に居合わせただけですよ!」

「…………」


 風のリラックス効果のおかげか、本当に冷静になって考えているのだろう。

 少しの間のあと、ヘルムートさんは構えていた剣を下ろして目を丸くした。


「きみは――本当は、王都を襲撃していないのか?」

「そうだって言ってるじゃないですか! 魔族を追っ払いますよ!」

「あ、ああ」

「……クーファ!」


 俺は上空にいるクーファに叫んだ。


「『天国の露』だ! 風に向けて頼む!」

「――わしと一緒には町を出んのか?」

「魔族を倒したらね!」


 そもそもクーファと一緒に逃げるくらいしか選択肢はないんだけどね。


 しかしなんか妙な質問だな。


「――わかったのじゃ」


 あわく光る魔法陣が城のすぐ上空に出現する。


 細かな水の粒が出現したと思うと、俺の起こす風に乗って霧のように周囲に撒き散らされた。


 その場にいる士気の高かった兵たちが、肉体的なコンディションも最高の状態に仕上がっていく。


「――これでいいんじゃろ。なんでわしが『スプリガン』どもに手を貸さねばならんのじゃ」


 不機嫌そうなぼやきが聞こえる。


「十分だよ。ありがとうクーファ」

「――ふん、十分、か」


 クーファに殴られて倒れていた兵士たちも復活して起き上がった。


「行くぞ! 賊の対処はあとだ! 魔族から町を守るぞ!」


 おおおおおおっ!


 ヘルムートさんの声に、兵たちの雄叫びがかぶさった。


 上空を仰ぐと、すでにクーファの姿はなかった。


 ……とにかく助かった。

 本当はもう少し手助けしてほしいところだったけれど、そこまではクーファの領分じゃないだろう。

 ウルたちを安全な場所に連れて行ってくれるほうが優先だ。


 ヘルムートさんを先頭にして兵たちは突撃し、俺もそれに続く。


 後続の二体はまだ城壁の外だが、一体にはすでに町の中に入られている。


 城壁もさっきの衝撃波で破壊されていた。


 町の中は混乱の極みだった。

 人々が逃げまどい、ところどころで悲鳴が上がっている。


 それを『スプリガン』の兵たちがなだめ、誘導しているようだった。


「兵士たちには避難経路をあらかじめ伝えてある。無事に城壁の外へ逃げられるといいのだが」


 ヘルムートさんは心配そうにつぶやいた。


 現場に駆けつけると、すでに町にいた兵士たちによって戦闘は開始されていた。

 周囲は破壊され、何人もの兵士たちが血を流して倒れている。

 住民の被害も出ていた。


 破壊された城壁を背にして、魔族の巨体が屹立していた。


 魔族は駆けつけたばかりの俺たちに向かって、腕を振り上げる。


「散れっ! あれが来るぞ!」


 ヘルムートさんの声で俺たちは散開する。


 横一線に空振りされる魔族の腕。

 魔族が腕を振りぬくと、吹き荒れる旋風とともに空気が歪んで揺れた。


 空間ごと巻き込むかのような衝撃。


 まるで砂の城を壊すかのように、建造物が吹き飛んでいく。


「うわあああっ!」


 軌道上にいた多くの兵士たちも、衝撃に巻き込まれる。


「くそ、こんなのどうすればいいんだ……!」

「かなうはずない!」


 すでに足を止めて呆然としだす兵士もいた。


 魔族は腕を持ち上げる。


 ――二撃目が来る!


 俺は自分の周りに風を吹かせる。


 『限界深域マージナル・ゾーン』で攻撃の軌道を読んで、俺は叫んだ。


「右袈裟の一閃だ! 魔族の近くに寄って伏せろ!」


 叫ぶと同時に、スライディングするように突っ伏す。


 空気を振動させながら上空から斜め下にかけて衝撃波が発生し、軌道上にあったすべてが薙ぎ払われる。


 引っ掻かれたような爪痕の形に、街並みがえぐれた。


 腕を振るわなければいけない都合上と、寸胴な脚部……思った通りだ。


 大振りで範囲も破壊力も桁違いだが、衝撃波の発生は腕の振り終わり付近から。


 衝撃波の軌道上、魔族の足元には安全圏が存在している。


 しかもスカートのような脚部のうえ、ナメクジが這うみたいに移動しているから、踏みつけられる危険もない。


 ……自身を傷つける覚悟で、真下に衝撃波の矛先を向けられない限りは、比較的安全のはずだ。


「総員突撃! 弱点は足元だ!」


 俺の意を汲んだヘルムートさんが兵たちに命令する。


 オオオオオッ!


 隊列を組んでいた重装した兵士たちが剣を抜いて足元に突撃する。


 一応魔族に傷はつけられるようだが、どれも浅く、深刻なダメージには至っていない。さすがに硬いか。


「攻魔兵器隊が到着しました!」


 車輪の音がして振り向く。


 木でできた巨大なクロスボウを搭載した戦車のようなやつが、がれきをよけながら馬に引かれてやってきた。


 同じような車両が十両ほどやってくる。


「準備ができ次第撃ち方を始めろ!」

「はっ!」


 バリスタの軍団に向けて、魔族の腕が振り下される。


「まずい!」

「くそっ」


 俺は風圧で腕の軌道をずらそうとする……が、びくともしない。


 だがここで、家の屋根から飛び降りて魔族の目の前に躍り出る巨漢がいた。


 ティーロさんだ。


 衝撃波が発生すると思われた矢先、ティーロさんが魔族の腕を剣で受け止めるように切りつける。


 切断までにはいたらなかったが、腕のうろこをものともせずに、えぐったような傷をつけて腕は止まった。


 同時に、腕にぶつかった拍子に飛ばされるティーロさん。

 地面を転がりながら、どうにか無事に着地できたようだった。


「行け!」


 ティーロさんは攻撃のせいで少し刃の欠けてしまった剣を構えなおした。


「一匹は俺たちが仕留める! ヘルムート様たちは後ろの二匹をやれ!」

「ティーロ、すまない!」


 二匹目と三匹目も、もうすぐ町へ到達する。


 やや足が遅いのが救いだろうか。


 しかし攻撃の射程に入れば、すぐさまあの衝撃波のような攻撃が繰り出されるだろう。


 急がないと。


「お前ら気合を入れろ! これ以上町を破壊させるな!」


 背中にティーロさんの怒声を聞きながら、俺たちは町の外へと走った。

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