20 来訪は曙とともに
ぞろぞろと精霊たちを引き連れて、俺たちは一階へ続く階段を上っていく。
チェルトにウル、そして丸太一本、河童一匹、蟹一匹に人魂二つ苔の塊三つの大所帯だ。
一階には牢獄はなく、短い廊下と部屋のドアがあるだけだった。
しかしクーファはどこに行ったんだ?
「賊め!」
「逃がすな! 表で暴れている子どもの仲間だ!」
出口を探していると、駆けつけた兵士たちに行く手を阻まれた。
俺は小太刀を召喚して、兵士たちへ向けて風を吹かせた。
風を浴びた兵たちは気持ち良さそうに眠りにつく。
「なんていうか……」
俺は月明かりに反射する刀身を見て呟いた。
「何かに似てるなって思ったけど、昔読んでた漫画に出てきた、泳ぎのフォームをとることで眠りにつかせる敵キャラクターだった」
「魔法使いかなにか?」
「うんまあ睡魔なんだけど」
クーファは外か。
俺たちが簡単に逃げられるように露払いをしてくれているのだろうか。
外へ出る。
月明かりの照らす中、牢獄塔の入り口を背にクーファは大勢の兵たちと対峙していた。
クーファは無傷で満身創痍の兵士たちと睨み合っている。
「なんで幼女があんなに強いんだ……!」
「誰か挑めよ……勝てば望むものなんでもくれるらしいぞ」
「お前行けよ」
「やだよ。挑みたいやつはもう一通り殴られたじゃねえか」
兵たちは口々に文句を言っていた。
「おー、やっと来おったか」
クーファはのんきにこちらを振り返った。
近くには顔を腫らして痙攣しているのがいっぱいいる。
「とりあえず心当たりのあるやつは全員殴り飛ばしたから、わしは満足じゃ」
「心当たりのないやつも殴り飛ばされてそうなんですが」
「こまかいこと気にしたら負けじゃ」
クーファは月明かりを反射させるように仄かに光を発すると、白竜の姿にたちまち形を変えた。
「は、白竜!?」
「あの幼女が変身したように見えたぞ!?」
周りからは、どよめきがひろがる。
「なんだ、とんでもない魔力だと思ったら白竜じゃねえか」
「はじめてみたぞ俺」
沼の民たちもクーファを見て感動しているようだった。
わりと有名人なんだな、クーファ。
「――乗るがよい。さっさと逃げるぞ」
俺たちがクーファの背中に乗ると、クーファは羽ばたきながら上昇していく。
城壁より高い高度になったところで――
「うおおおおっ!」
気合いの声とともに上から大きな影が落ちてきた。
俺はとっさに小太刀を出してその攻撃を受ける。
「ヘルムートさん!?」
自分の丈に合わせたやや大振りの剣に力を込めながら、ヘルムートさんは言った。
「残念だよ稀名君。私はとても遺憾だ!」
居城からこちらまでダイブしてきたらしい。
高さを考えたらできなくもないのだろうけれど、それでも無茶な攻撃方法だった。
「――どうしたんじゃ!? なにかが降ってきたように見えたぞ!」
クーファには自分の背中で起こっていることが完全に理解できていない。
俺はヘルムートさんの力に押されて、じりじりと下がっていた。
身体能力が強化されてもなお、ヘルムートさんの腕力が勝っていた。
鞘から剣を抜こうとすると、ヘルムートさんの腕が伸びて柄をがっちりと押さえつける。
「稀名!」
「ご主人様!」
「おい大丈夫か人間!」
ウルたちが口々に叫んだ。
剣を抜かなければ、風は吹かせられない。
だが簡単には抜かせてくれない。
強い。
『精霊兵器』を持ったティーロさんより、たぶんずっと上だ。
何か、ほかとは一線を画す強靭さが彼にはある。
「どうもうちの兵は屈強さが足りない。そうは思わないか」
精霊たちが何かしてくれる前に、剣に押された俺はクーファの背中から滑るように落ちた。
ヘルムートさんも一緒に、だ。
「!」
ヘルムートさんは、俺の剣を腕力でつかんで離さない。
偶然じゃない、わざと俺を巻き込んでクーファの背中から落ちたんだ。
「やはりこの剣がきみの要のようだ」
俺とヘルムートさんはひとつの固まりになって地上へと落下していく。
激突すれば、致命傷ではすまされないような高さ。
鞘から少しだけ刀身を抜くことができた。
地面に激突する瞬間、風を吹かせて落下の衝撃を和らげる。
転がるように着地し、すぐさま体勢を建て直そうとする。
けど立ち上がれず、膝立ちのまま、鞘に納められたままの小太刀を上に掲げた。
頭部を狙ってすでに振るわれていた剣をどうにか防ぐ。
「あなたは、ティーロさんが精霊狩りをしていたことを知っていたんですか!?」
「信じがたいが、そのようだね。私に黙ってそんなことをしていたなんてね」
ヘルムートさんはうなずいた。
「ティーロにはあとでじっくり話を聞く必要がある。――が、それが何か問題あるのかい?」
「えっ!?」
「そんなことよりも、王都から通達のあった罪人をむざむざ逃がす方が今は問題だ」
剣が重い。
今兵たちに一斉にかかられたら、ひとたまりもない。
「妙な格好をした異国人との情報がはいったときは耳を疑ったよ。本当は信じたくなかった。白竜と一緒にいるきみを目の当たりにするまではね。そんな悪いことをするような人間には見えなかったのだがね!」
よく言われますよちくしょう。
「精霊がどうとかよりも、今、大罪人が目の前にいることこそ肝要だ!」
「だから、俺は王都を襲ってなんかいないってば!」
「言い訳は牢獄で聞こう! ただし私の剣を受けて生き残れたら、だが――」
ヘルムートさんが何かに気づいて、俺のからだを弾き飛ばした。
「くそ、こんなときに……!」
ヘルムートさんは少し離れた上空をみはるかしている。
つられて、俺も空をみた。
「なんだ、あれ」
夜空に、魔法陣らしき紋様が描かれていた。
薄く青白く光りながら浮かぶそれは、あたかも幻想的な芸術作品のように。
しかし不気味に剣呑に、存在感を主張していた。
「動けるものは町の住人の避難を優先させよ! 迎撃態勢をとれ!」
ヘルムートさんは俺から目をはなさず、近くにいる兵たちに命令する。
「ちょっと待ってください、あれはなんなんですか!?」
魔法陣から、何かが姿を表した。
それは町を囲う城壁くらい巨大な、異形の化け物だった。
胴体は脚部との境界はなく、だぼっとしたロングスカートのようなものだった。
それがナメクジでも見ているかのような動きで蠢き、移動している。
上半身は人間に似ていて腕もあるが、すべて蛇の鱗のようなもので覆われていた。
二本ある腕は指もあり人間のようだったが、爪が異様に長い。
顔のない頭部には角のようなものが二本あった。
色は全体的に浅黒く、背中にはたてがみのようなものもある。
まがまがしい姿に、全身が総毛立った。
「あれが魔族だ」
ヘムルートさんが震える声で言った。
しかも一体だけではない。
同じような個体が追加で二体、魔法陣から出現する。
だんだん白んできた空に、化け物が三体。
町の外にいるが、ここからはっきり見えるくらい巨大な体だった。
「あれが魔族……」
反芻するように呟く。
呆然としているうちに、魔族の一体が手のひらを広げ、町並みをひっかくように腕を振るった。
――瞬間、衝撃波のようなものが走って、家々がくだけ散っていく。
粉々になったガレキが放射状に吹き飛び、さらに町は破壊されていった。
カンカンカンカン!
不穏を告げる鐘の音が、朝より早くスミラスクの町にやって来た。
もうすぐ夜が明ける。
兵士たちが忙しなく集結して、隊列を組んでいく。
そもそも兵士たちが集まったところで、あんな強大なものに勝てるだろうか。
しかも一体だけではない。三体もいるのに。
「なぜ国が魔王討伐に勇者という戦力を起用したかわかるかい?」
ヘルムートさんは言った。
「わからないんだよ、魔族の本拠地が。時おりああして、どこからか現れ、町を襲う。まず出所を探さないといけないが、騎士が魔族を探すのに手間取って町を守れなければ本末転倒だ」
「騎士が町の統治を任され、私兵を作ることを認められているのは――」
「突然現れる魔族に対応するためだ。この町だけじゃない。主要の都市はすべて騎士がつき、異邦のものどもの奇襲に備えている。もっとも、この町が襲われるのは、これが初めてだが」
生物らしからぬ巨体とその姿は、どうみても化け物そのものだ。
この国は、あんなものと戦っていたのか。
「魔族から住民を守るのが、ビルザール騎士団の役割だ。きみを倒したら、すぐに私も『スプリガン』たちに加勢しなければならない!」
ヘルムートさんは俺に向けて剣を振るう。
俺はそれを受けながら、焦燥がにじむヘルムートさんの表情を見た。
「だから早く倒れてくれ!」
クーファは羽ばたきながら、俺を気にするように地上を見下ろしている。
俺は――鞘から小太刀を抜いた。




