17 牢獄塔襲撃
気が付くとそこは薄暗い室内だった。
鉄の格子があるから牢獄らしい。
しかも手足を鎖でつながれていた。動けない。
目の前には兵士たちがいて、俺を見張っている。
……後頭部が妙に痛い。そういえば殴られたんだったか。
小太刀の力で丈夫さも強化されていたはずだったのに、力の強いやつもいるもんだな。
「ほう? 人間型か。初めて見たぞ」
聞いたことのある声の主が、俺の対面の牢屋を見ていた。
対面の牢には、チェルトが気を失って倒れている。
腰に剣を二本差した巨体が、その声に頷いた。
「ああ、『沼の民』の中ではこいつが一番魔力を持っているようだ」
「……使っていない地下牢を使わせてやってるのだ、さっさと終わらせるんだぞ」
何を終わらせるっていうんだ?
ほかの牢には、チェルトと同じようにとらわれている精霊たちがいた。
苔の生えた丸太に小さな羽がついている奴や人魂のように燃えている奴、光るカニみたいなやつなどだ。
たぶん、彼らが『沼の民』だろう。
数は多くない。
精霊っていうか、どっちかっていうと妖怪みたいだな。
みんな力なくぐったりしていて、苦しそうだ。
身動きが取れないのは、石造りの壁や床にお札みたいなのが貼ってあるからだ。
お札には魔法陣と、読めないけど文字が書き込まれている。
「しかし本当にうまいこと行くんだろうな?」
初老の男が巨漢に確認をとる。
「今夜が月の力が一番強い。『精霊兵器』の完成度が高くなるのは今日のはずだ」
巨漢は古い羊皮紙を取り出して言った。
「この『レシピ』通りにいけば、武器と精霊を自然な形で融合させられる。そのために今日まで『沼の民』を生かしておいたんだ」
「お前の腰に差している剣のような魔法を宿した力を、『スプリガン』の兵に与えられるということか」
「そういうことだな。まあ現存の武器を著しく強化できると考えろ」
魔法……というと、チェルトの話にあった魔法使いはこの大男のことだろうか。
「おう、気が付いたか?」
巨漢と初老の男がこちらを振り向く。
ティーロさんと執事のトーマスさんだった。
トーマスさんは剣呑そうな表情で、ティーロさんは食事をしたときのような軽快な様子だ。
『スプリガン』の一番偉い人が糸を引いてたのか。
「ここは牢獄塔だ。居城の周りを囲っている城壁があるが、そこにくっついている塔のうちの一つだな」
「『精霊兵器』って何のことだ? いったいあんたらは何をしようとしてるんだ」
「お前がそれを知ってどうするんだ? 身の程をわきまえろ」
ティーロさんは殺気立った目で俺を見据えた。
「ちなみにお前は王都にいる騎士たちに引き渡す。どういう意味かわかるだろう?」
「うぐぐ」
やっぱりバレてたのか。
「変な格好をした異国人なんてそうそういねえからな」
「たぶん、ヘルムートさんも薄々気づいてたっぽいよね」
「だろうな」
でなければまだ公にされてないような速報を即座に俺にバラしたりしないよね。
反応を見られていたっぽいんだよな……。
「しかし、これがあの白竜をそそのかし王都を襲撃した張本人か……」
「なんで俺が主犯みたいな感じになってるの!」
情報が錯綜しすぎだろ!
というか最終的に固められた情報がこれなのか?
ティーロさんは俺をまじまじと見ながらううむ、とうなる。
「……お前がそんな凶悪犯に見えないのは気のせいか?」
「気のせいじゃないよ!」
「人は見た目で判断できないということだろう。……では早く済ませるんだぞ」
執事のトーマスさんは言うと、鉄の扉を開けて地下牢から出ていく。
一瞬だけ新鮮な空気が風と一緒に入ってきた感じがした。
「『精霊兵器』が完成したら次はお前の研究だな。いや、忙しくなる」
「俺の研究……?」
「正確にはお前の剣の力だな。
できそこないとはいえ勇者っつーのはどんな風に力を引き出しているのか、俺たちもそういう力が引き出せないか、調べる必要がある」
調べるって……やっぱり人体実験的な感じだろうか。
少なくとも無事では済ませられなさそうだ。
「力って、そんなことのために?」
「『スプリガン』はもっと、圧倒的な力が必要なんだよ」
武器と精霊を融合させる『精霊兵器』とやらも力を欲してのことなのだろうか。
「ま、お前は最終的には死体で引き渡すことになるが恨むなよ」
「ひ、人でなし! 鬼!」
「どっちが人でなしだ、この王都襲撃の凶悪犯が! お前なんて報復に遭って当然だろうが!」
「そ、そうだった!」
俺はこの人の中では、王都を襲撃したヤバイ人だった。
「いや、そもそも俺は凶悪犯なんかじゃない!」
「しらじらしいんだよ! 『精霊兵器』と同じように俺の力の糧になってもらうぞ、神無月稀名!」
「力を得るためだけにチェルトたちも閉じ込めたりしていたってのか!?」
「それ以外何がある!? 金もうけのために精霊どもを金持ちに売っ払ってるとでも思ったのか?」
ティーロさんは俺を軽蔑するように笑った。
「見ろ、これが『精霊兵器』だ!」
ティーロさんは二本あるうちの剣の一本を抜いた。
刀身には長々と文字のようなものが刻まれていて、『盟友の印』に似た印もあった。
ぎょっとしたのは、その刀身だった。
先端は赤く染まって目玉のようなものがぎょろりとこちらを向いていた。
ところどころ銀色の毛のようなものも混じっている。
まるで生きているような禍々しい意匠の剣だった。
「こいつのおかげで、俺は魔法を使えるようになった!
人のために使われてるんだから、この剣に宿っている精霊どもも本望だろう。わかったら『精霊兵器』の完成までおとなしくしていろ」
「そんな変な剣を作るためだけに……?」
「そうだ! お前も精霊どもも、ただの武器を強化するための素材なんだよ!」
俺は小太刀を召喚すると、鎖を力任せに引きちぎった。
「ふざけるな……そんなの俺は認めない!」
クーファもチェルトも、人みたいに感情があることを俺は知っている。
人じゃないからって、物みたいに扱っていいわけがない。
「檻に入れられているくせに何ができ――うおっ!」
「へ?」
いきなり執事のトーマスさんがすごい勢いで飛んできて、ティーロさんにぶつかった。
地上へ続く階段のドアが開かれて、そこから新鮮な風が流れていた。
「なんじゃ? 稀名も寝込みを見計らって暴れるつもりじゃったのか?」
風に乗って、鈴を転がすような少女の声が地下室に流れた。
「精霊を先に助け出そうかと思ったが……先を越されたの」
「クーファ……ウルも?」
白銀の長い髪から笑みが覗いていた。
後ろからおずおずとウルがついてくる。
おとなしすぎると思ったら、そんなことを企んでいたらしい。
「なんだお前は!」
牢の番をしていた兵たちは、クーファに剣先を向けた。
クーファは向けられた剣に片手で触れると、そのまま豆腐みたいに握りつぶした。
ばらばらに砕けた剣が石の床に落ちる。
「乙女にこんなものを向けるとは無粋じゃの」
「おと、め……?」
「稀名、おぬしとはちょっとあとで話の決着をつける必要がある」
怖気づく兵士をしり目に、クーファは俺の前まで来る。
それから俺を閉じ込めていた檻の格子をまるで針金みたいに簡単に捻じ曲げた。素手で。
乙女は素手でそんなことできないよ! 素手じゃなくてもできないよ!
「わしは上のほうで敵の足止めをしておるから、精霊たちの解放はまかせたのじゃ」
「う、うん……ありがとうクーファ」
俺は格子の隙間から這い出るけれど……精霊たちはみんな牢に閉じ込められている。
鍵はどこにあるのだろうか。
「くそっ、やってくれたな」
ノビていたトーマスさんを押しのけて、ティーロさんが精霊兵器の剣を構えた。
そばには兵士が三人。武器は普通の武器のようだ。
上の階も騒がしくなってきた。
きっと兵士たちが牢獄塔襲撃の報を受けて、慌てて駆けつけているに違いない。
成り行きだけれど、まあいいや。
『沼の民』を助けて、『スプリガン』を倒して、この城から出る。
それで、クーファと交わした取引は終了だ。
悪人としての格がさらに上がりそうなのがつらいところだけれども。