16 城壁越えと風殺し
「あっちでいいんだよな……」
俺は方形型の塔をよじ登りながら、ウルから教えてもらった方角を見やった。
見ているのは城の裏側。
表側は町並みが広がっているが、険しい山に面した裏側の方角には家がほとんどない。
やや近い距離で重なるその二重の城壁のすぐ外には、森林が広がっている。
「あいつ……ケルピィは水路とかからこっそり脱出できるだろうけど、俺はそうはいかないんだよなぁ」
城門は閉まっていて、警備の兵も城周辺をうろついている。
気づかれず普通に外へ出るのは難しい。
……普通ならね。
居住館も兼ねているこの城は、城壁に負けないくらいの高層建築。
大砲が登場していないこの世界なら、わりと鉄壁の防御力があるはずだ。
それはともかく城本体は、登れば城壁よりやや高い位置になる。
下はあえて見ないでおこう。
俺は背中のシャツの中に入れていた小太刀を鞘から抜いて――城を蹴るようにしてそこから飛んだ。
背中に受けるような感じで、後ろから突風を吹かせる。
強烈な追い風に体が押し上げられ、一つめの城壁を難なく飛び越えた。
城の兵たちもまさか幅跳びで城の外に出るやつがいるとは思うまい。
「うおおおお……!」
思い付きでやってみたけど落ちたら死ぬな、これ!
吹かせる風を調節してうまいこと飛距離を稼ぐけど……正直かなり心臓に悪い。
二つ目の城壁を飛び越えた。
なんかこういう、自分で投げた柱に自分で乗ってセルフで高速移動できる奴って、漫画で見たことあるな。
何パイパイだったっけ。いや、いいや。
風である程度リラックスしているおかげか、どうでもいいこと考えちゃうな。
地上の木々が風に吹かれてざざざざと音を立てる。
「ひゃっ!」
下からなんか聞こえた。
……そういえばこの風チェルトには強すぎるんだったか。
おかげですぐ見つけられたけど。
俺は風圧で衝撃を和らげて着地する。
「ひゃっひゃあぁぁーっ」
声のする方に近づいていくと、尻もちをついて身を震わせるチェルトがいた。
城壁から少し離れた地点だ。
月明りくらいしか頼れる光源がないので、あたりはずいぶん暗い。
フードをかぶっていて顔は見えにくいが、確かめるまでもなくチェルトだろう。
「いたいた」
「いたいたじゃない!」
チェルトは顔を赤らめながら立ち上がった。
「何しに来たの!? まさか私を捕まえに来たんじゃ……」
「違うよ。逆だよ」
「帰って! 人間は信用できない!」
チェルトは俺に敵意を向けている。
腕から蔓みたいなのも出てきた。
それは……いろいろまずいよ。
「そんな触手みたいなので俺の身体をいやらしくめちゃくちゃにしようとするなんて……なんてけしからん娘なんだ」
「攻撃しにくくなるようなこと言うなぁ!」
俺は小太刀の刀を月明りに照らした。
まだ風は出していなかったけれど、チェルトはびくりとなって後ずさる。
だいぶ怖がってるなぁ。
「少し調整が難しいけれど、この剣が出す風は相手を油断させることにも使えると思う」
「なにが言いたいの?」
「協力するよ、精霊狩りの犯人探し」
俺が笑って言うと、チェルトは腕から伸ばしていた蔓をしまった。
「……まあ確かに見たところ浮浪者だし、あいつらの仲間ってわけじゃなさそうだけど」
「どいつもこいつも俺に浮浪者のレッテル貼るのやめない?」
メンタル弱いんだからすぐ泣くぞ俺は。
「まあいいわ。さっきは大人しく帰ってあげたけど、絶対あの城が怪しいんだから」
「でも怪しいだけなんでしょ?」
「雰囲気でわかるわ」
「曖昧だな」
「でも考えなしで突っ込んでいったら私まで捕まりそうだし、こうして侵入する隙を伺ってたの」
なるほど。
「帰ったふりして密かに侵入しようとしていたわけだね」
「そうよ」
チェルトはお城に目をやって言った。
「あの城に私の仲間がいるのは間違いないよ」
「なんでそう言えるの?」
「なんとなくわかるの。とても苦しそうにしているのを感じる」
「テレパシー的な?」
「そのテレパシーが何かわからないけど、とにかくわかるの。さらわれてから日も浅いし、まだきっと助けられるわ」
そういえばクーファやウルも、不穏な感じがするとか精霊の気配が濃いとか言ってたような……。
思い出していると、
「いたぞ! あいつが最後の一匹だ!」
男たちの声と足音が聞こえた。松明の炎が見える。
「最後の一匹だって?」
それってチェルトのことか?
ということは向かってきているのは精霊狩りの犯人か。
しかも松明は城の方から向かってきていた。
「マジで『スプリガン』の兵士じゃないか!」
俺が尾行されたのか?
いや、しかし気づいていた奴はいなかったはず。
最初からチェルトが一人になるのを見計らっていたのか?
武器を持って走ってくるのは、確かに『スプリガン』の兵士だった。
黒い外套に身を包んではいるが、昼間見た兵士も一人二人いる。
「仲間も一緒か!」
「こいつ……昼間にいた襲撃者だな!?」
「なんでもいい、どっちも捕まえろ! 男の方は抵抗するなら殺せ!」
なんで俺だけ!?
「助けてくれるならちゃんと援護してよね」
「わかってる」
けど俺だけ命の危険あるのおかしくない?
チェルトは腕から蔓を何本も出して身構える。
やる気満々だ。
兵士が俺たちにかかってくる。
「奴らの調子を狂わせてやる!」
「ちょっ、風はやっちゃだめ!」
チェルトに言われて、俺はすんでのところで風を出すのをやめた。
そうだった。
ここで風吹かせたらチェルトがピンチになるな。
「死ねえ!」
兵士は武器を持ってかかってくるけど、なんか最初から殺す勢いだった。
気合い一発剣を振るうが、俺は剣でそれを受け止める。
風操ってチェルトにかからないようにすればいけるだろうか。
「大丈夫、風はチェルトの方に行かないようにするから!」
「ううっ……」
チェルトは俺のほうから少し離れた。
刀から風を吹かせる。
風が吹き荒れるけど――また自分の周囲だけしか風が吹いていないことに気づいた。
「また、俺の風が広がっていかない!?」
昼間みたいに、思うように操れない。
なんでこんな現象が起きるんだ。
戸惑っているうちに――
ガッ!
後ろから頭を殴られて――俺はその場に倒れた。
痛みを感じる間もないまま意識を失う瞬間。
後ろの方にもう一人、誰かがいたことに、遅ればせながら気づく……。