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15 スミラスク城精霊族誘拐事件(前編)

「下民を会食に誘ったって本当なの!?」


 俺たちが広間の前まで来ると、若い女性がヘルムートさんに怒鳴り散らしに来た。


 なんだろう。


「下民とは失礼だろうエルナ」


 年齢はヘルムートさんと同じか少し下くらいだろう、髪をアップにまとめた女の人だった。


「ふざけないで! そんな晩餐になんていられないわ! あたしは部屋で食べる!」


 若い女性……エルナさんはなおもヘルムートさんにきつい言葉を浴びせる。


 ヘルムートさんの表情は……いや、見ないでおこう。


「一人で食べるのか?」

「当り前よ! 靴も履いてなかった浮浪者なんでしょ。食事がまずくなるわ」


 ひどいいいようだなぁ。


 まあ靴履いてない浮浪者って、その通りだから的外れじゃないけど。


「ダニエラ! すぐに食事を私の部屋に運んでちょうだい!」


 吐き捨てるように言うと、エルナさんはさっさとその場を後にしてしまう。


「かしこまりました、奥様」


 金髪碧眼のメイドのお姉さん――ダニエラは、一礼して廊下の奥へと消えた。


「……すまない、エルナが失礼をした」


 ヘルムートさんは、申し訳なさそうな顔で頭を下げる。


「いいんです。奥さんですか?」

「ああ。いつも言葉遣いがきつい上、ああしてたまに私に恥をかかせてくれる。とてもいい嫁だ」


 俺そろそろこの人にツッコんでもいいかな?


 広間へと入ると、


「うちの兵と乱闘していた異国人だな。よろしくな」


 男の人が、冗談めかして俺に握手を求めてきた。


 二メートルくらいあるんじゃないかっていう巨漢だった。髪が短く、肌が浅黒い。


「どうも……神無月稀名です。俺は乱闘してないんですけどね」

「『スプリガン』総長のティーロだ」

「総長? ……って『スプリガン』のトップってこと?」


 ごつごつした手を握りながら、俺は少し逃げ腰になった。


「ああそうだ。彼には私の指示のもと『スプリガン』をまとめ上げてもらっている。こうしてたまに食事をする仲でもある」


 とヘルムートさんは付け足した。


 どうやら彼も食事に呼ばれたらしい。


「しかしうちの兵と渡り合うとはいい度胸をしているな。どうだ? 『スプリガン』に入らないか?」


 ティーロさんは俺の肩に腕を回して、とてもいい笑顔で俺を勧誘してきた。


「いえ、その……」


 に、逃げてぇ。


 でもここで逃げたら逆に怪しまれるしな。


「で? 話してどうだった?」


 ティーロさんはヘルムートさんに聞こえないように声を潜める。


「?」

「俺もヘルムート様と一緒にあの場にいたからな。話はなんとなく聞いていた。どうせ取り合っちゃくれなかったんだろ?」

「ああ、まあ、そうですね」

「あの人は自分の中で確信がなきゃ動かない男だからな。ただ、問題がわかれば何か対処してくれるだろ」


 ヘルムートさんの話だと、そう簡単にいかなさそうだけれど。


 しかし、なんかずいぶんガサツな言い方だな。


「そろそろ席についてくれないか。食事にしよう」


 ヘルムートさんは話を遮るように告げた。


「しかし、それはきみの従者というか奴隷ではないのか? そんな者を一緒の席に座らせると?」


 ウルが俺の後ろにいることを見て取って、ヘルムートさんは眉をひそめた。


 たぶんここまで俺についてきていること自体おかしいんだろうな。よくわからないけど。


 ヘルムートさんの目つきに少しびくりとして、ウルは目を泳がせながら唇を震わせた。


「わ、私はもう部屋の……いえ、城の外に出ていますので、どうぞごゆっく――」

「俺の隣の席に座らせます」


 室内が、にわかに静かになった。


 空気を読まないであくび交じりに席に着くクーファの物音だけが響く。


「いけませんか?」

「……それはきみの国の価値観かい?」

「そうです」

「ふむ……ならば仕方があるまい」


 不承不承、といった感じで、ヘルムートさんは椅子と食器類を用意させる。


 あ、でも俺食事のマナーとか知らないんだけど……。


 ナイフとフォークの使い方くらいならわかるんだけどな。


 そうこうしているうちに、肉料理が運ばれてくる。


「遠慮せずに食べてくれ」


 ヘルムートさんは笑顔で口を開いた。


「そういえば、この前上質な縄が手に入ってね。縛られ具合も最高で……」

「そんな話題かよ! 食事中に!? マナーで悩んでる俺が馬鹿みたい!」


 がたんと椅子で音を立てながら俺は思わず立ち上がった。もう我慢できないよ。


「……私が城主なんだから、私がマナーだ。好きに食べるといい」

「自由だな! いや、助かるけど!」




 ……そうとうフリーダムだったけれど、会食はつつがなく終わってくれた。


「どうにか王都襲撃犯だとバレずにすんでるな……」


 俺は部屋のベッドに突っ伏すと、息をついた。


 あとは早朝くらいに逃げるように別れればどうにかなるだろう。たぶん。


「なんじゃ? いざとなったらわしに乗って逃げればええじゃろ」

「まあそうなんだけど……」


 でもそれだと人に迷惑がかかりそう、って――


「なんでクーファとウルがこっちの部屋にいるの?」


 わざわざ分けてもらったはずなんだけど。


「遊びに来たのじゃ」


 なにその修学旅行みたいなノリ。


「あの、よろしいのですか?」


 ウルは、心配そうに俺に尋ねた。


「よろしいのですかって?」

「チェルト様のことです」

「……よろしいも何も、さっき会ったばかりの他人だよ」


 チェルトのことは、気にならないといえば嘘になるけど――


「そんな子にかまっていられるほど、俺たちの立場は安定してないはずだよ。クーファの怒りはもう収まったっていうんだからそれでいいじゃないか」

「ま、わしはそれでよいのじゃがな」


 でもおとなしすぎるのが気になるところなんだよな。

 本当に怒りが収まっているのだろうか。


 まあ今は何もする気がないみたいだからいいんだけど。


「でも、チェルト様はあのままでもいいんですか?」

「確かによくないかもしれないけど……」


 俺がリスクを冒して『スプリガン』を調べたら、今度は俺たちの身も危うくなる。


「私は、ご主人様のおかげで救われました。先ほどもそうです。きっと同じように、チェルト様の力にもなってあげられるはずです」

「でも今の俺にはどうしようもないよ。だいたい、チェルトがどこにいるかもわからないしさ」


 わだかまった気持ちを抱えながら天井を見ると、不意にウルは部屋のドアをあけた。


 薄暗い廊下から、小さい馬……ケルピィが姿を現す。


「おかえりなさい。誰にも見つからなかった?」


 ウルに撫でられながら、ケルピィは頷く。


「どうしたの?」

「ケルピィさんにチェルト様を探してもらっていました」

「チェルトを?」


 そんなことさせてたのか。


「チェルト様は、まだ町にいます。城の周囲をお一人で探っているみたいです」


 おとなしく帰ったのかなって思ったら……本当に一人で犯人を捜す気なのか。


 ベッドに横になっていた俺はばっと起き上がった。


「……ちょっと夜風にあたってくる。ウルはクーファと留守番してて」

「はい。いってらっしゃいませ」


 城のすぐ外ならすぐに見つかるな。


 俺は立ち上がって、「ありがとう、ウル」笑顔で見送るウルの頭をくしゃりと撫でた。

登場人物

ヘルムート・フォン・ヴィンデバルト……城主。ビルザール王国騎士団の一人。

エルナ・フォン・ヴィンデバルト……ツンデレ嫁。

ティーロ……ヴィンデバルト私兵団『スプリガン』の総長。ヘルムートの友人。

トーマス・クレマース……執事。

ダニエラ……メイド。金髪碧眼のお姉さん。

グッディン……主治医。エルナがヘルムートのために呼び寄せた。たぶん登場しない。

料理長……料理長。


神無月稀名……ひょんなところからこの事件に巻き込まれた浮浪者。

ウル……稀名の奴隷。二束三文で売られそうになっていたところを稀名が買い取る。

クーファ……『スプリガン』に襲われそうになったと主張する白竜。

チェルト……さらわれた仲間を探してやってきた霊樹。沼地などに住む精霊が集まってできたコミュニティー『沼の民』の一人。

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