14 へだたり
日が暮れかけていたからか、窓が小さかったからか、城の中は少し薄暗かった。
余計な装飾はあまりなく、キラキラした華やかさはそれほどない。
ただ、鉄製のシャンデリアも床の絨毯も質素だったがかなり上品で、お金がかかってそうな印象だった。
あと無駄に広い。縦に長い。五階建てくらいあるし。
使用人たちにお出迎えされ、俺たちは応接室のような場所に通された。
「ご主人様の支度が整うまで、もう少々お待ちくださいませ」
金髪碧眼のメイドさんはさっと、明るい赤色のいい匂いのするお茶を差し出した。
匂いと色からして紅茶か何かだ。
「ああああありがとうございます」
俺は緊張しながらお茶をうけとる。
メイドさんは思っていたより飾り気がなくて地味な感じだったけれど、ちょっと感動した。
部屋に俺たちを待たせたまま、ヘルムートさんはまだ来ない。
「ねえ、あんたも人間じゃないでしょ?」
「そうじゃが」
「幻獣族? 何百歳?」
完全に復活したらしいチェルトはクーファに興味津々だった。
しかし年齢聞くのに、その桁から入るってすごいな。
「千十八歳じゃ」
「獣にしてはすっごいね。私も樹齢千二百年くらいだけど」
「なんじゃ、霊樹にしてはずいぶん若いの。ほとんどタメではないか」
「うん。最近人間になれるようになったばっかり」
なんかすごい会話だ。
百八十二歳差をほとんどタメって言ったぞオイ。
「ところで、さっきのあの風あなたがやったの?」
チェルトは、少し警戒している様子で俺に言った。
「うん、そうだけど」
答えると、チェルトはぱっと相好を崩し俺の腕を両手で抱くように掴んだ。
「あの風のおかげで、今はなぜかすごく調子がいいの! なんで!?」
「さ、さあ?」
後から調子よくなるんだ。これも風の効果かな。
「そういえばわしの時もそうじゃったな」
「あれ素じゃないの」
「素じゃ」
素じゃねーか!
「半分くらいはの。しかしあれほど水浴びではしゃいだのは初めてじゃったぞ」
「俺もあれほどはしゃがれるとは思ってもみなかったよ」
話していると、ヘルムートさんが出てくる。
普段着から着替えて、スーツに似た服を着ていた。来客用って感じだ。
「待たせてすまない」
チェルトは、とたんにむっとした顔になった。
「それで、だ」
ヘルムートさんはこの世の終わりについて考えているようなすごくしかつめらしい顔をして、椅子に座った俺たちを見渡した。
「食事ができるまで少し時間があるようだ。すぐにでも話を聞かせてもらおう」
「あ、はい」
やや緊張してきた俺は、短くうなずいた。
やはりこうして見ると頼りになりそうな印象だ。
「話を聞かせてもらおう、じゃないわよ!」
チェルトは、テーブルをぶったたきながら身を乗り出した。
ちょっと調子よくなりすぎだろう。
「私の故郷の沼地があんたたちに襲われたのよ! まずその『スプリガン』どもを呼びなさいよ!」
「まずそのときどんな状況だったか聞かせてくれるか?」
「私たち『沼の民』は、古い沼地に住む精霊の集まりだった! いつも通り生活していたはずなのに、あんたたちがいきなり襲ってきて……!」
チェルトはバンッバンッとテーブルを破壊しそうな勢いと剣幕だ。
「続けてくれ」
チェルトの手元をじっと見ていたヘルムートさんは、表情を引き締めて促す。
「黒い外套をつけた五人組だったわ! 変な炎の檻みたいなので仲間を閉じ込めて……私だけが助かったの!」
「炎の檻?」
俺は思わず聞き返してしまった。
「そうよ! 魔法で作った檻か何かじゃないの?」
「なくはないじゃろうな」
クーファは頷いた。
「ただ、ほかのみんなが私をすぐ逃がしてくれて、顔はよく見えなかったけど……」
「精霊の集まりといったが、きみも精霊なのか?」
ヘルムートさんは目を丸くしてチェルトを見た。
「そうよ。正確には『霊樹』っていうみたいだけど」
「驚いた。どうも私には精霊と会うような機会がなかなかなくてね。周りは目撃している者が多いのだが……いや、私のことはいい」
ヘルムートさんは腕を組んでうなった。
「できるだけ力にはなってやりたいが……現状私にできることは何もないな」
「なぜです?」
「国民が被害を受けたのなら動かないでもないのだが、精霊の存在をこの国が保障しているわけでもない。もし万が一『スプリガン』の中に精霊狩りをする人間がいても、むやみに捕まえることはできないんだ。まあ密売にかかわっていたり本来の仕事を怠ってそういうことをしているならさすがに処罰はするがね。立場上、今私がしてやれることはなにもない」
「そんな……」
「人を雇って自分たちでさらわれた者たちを探すなら構わない。許してやれるのはそれくらいだ。それに――きみの言葉を鵜呑みにすることもできない。きみが嘘をついている場合もある」
「嘘なんかじゃないわ!」
チェルトはわなわなと震えるこぶしを握った。
「きみの言葉だけじゃ動くわけにはいかない」
「それがあんたらにとっての掟なわけ? 精霊の存在なんてどうでもいいって?」
「すまない」
「ふん、やっぱり人間を信用しようとした私が馬鹿だったわ」
チェルトは立ち上がって、ヘルムートさんに背を向けた。
「どこにいくんだ」
「もうこんな場所にいても意味はないわ。私が一人で犯人を捜す」
どかどかと足音を立てながら、チェルトは部屋を後にする。
「客人をお見送りして差し上げろ」
ヘルムートさんは眉にしわを寄せながら部屋の前に立っていたメイドに命じた。
俺は足を組んでおとなしくしていたクーファを見やった。
「精霊や幻獣というのは、昔から怖れられ敬われてきた存在じゃ。昔はそれだけで、うまいこと両者の均衡は保たれてきた。人間にとっての価値観が変わるのは仕方のないことじゃが、間違った方向に変わってほしくはないんじゃがの」
俺の考えていることを見透かすように、クーファは語る。
もしかして彼女が悪口を言われただけであんなにムキになっていたのは、人外のものたちに対して薄れてきた畏怖をよみがえらせるためだったのだろうか。
「力になれずにすまない」
「いえ」
「少女よ、きみの話も聞こう。うちの兵がどんな失礼をしたんだ?」
ヘルムートさんはクーファが竜だということに気づいていなかった。
そういえば門番とひと悶着あったことくらいしか彼には情報がないのだ。
「いや、わしももうよい。怒りは収まったのでな」
クーファはいつになく静かに座りながら首を振る。
「そういえば、きみたちは旅人か何かなのか? 少なくともこの国の人間ではなさそうだが」
「ええ、まあ」
「なら今日はもう遅いから泊まるといい。疲れただろう」
「いいんですか?」
「ああ、もちろんだ。部屋を用意させよう」
いたれりつくせりだな。
チェルトが気になるところだけれど。
話の区切りがついたとき、ちょうどよく応接室のドアがノックされる。
「入れ」
「失礼いたします」
入ってきたのは、ジャケットのような黒い服を着た初老の男だった。
「旦那様、お食事の用意ができました」
「おお! そうか! 急な要件なのにご苦労だったなトーマス」
どうやら執事さんが呼びに来てくれたみたいだ。
「めっそうもございません。それと……少しお耳に挟んでいただきたい情報が」
「なんだ?」
トーマスと呼ばれた執事の人はヘルムートさんに近づいて行って耳打ちする。
ヘルムートさんの目の色が変わった。
「それは確かか?」
「はい。緊急の要件のため、詳しくは明日到着する使者にと伝書には」
声を潜めているが、最後だけかすかに聞き取れた。
なんだろう。
「どうしたんですか?」
「うむ、客人のきみたちには知らせておこう。今日――王都が何者かによって襲撃された」
「!」
な、なんだってー!
「きみたちは何か知っているか? 白竜も一緒にいたなんて情報もある。急な報で私もまだ詳しい情報を把握しきれていないんだ。何かの手違いだと思いたいが……」
ヘルムートさんはいぶかしげに尋ねた。
「し、知りませんね」
「まあそうだろうな。すまない、これから会食をするのに少々不謹慎なことを聞いた」
「いえ」
俺は急激に額にたまる冷や汗をぬぐった。
「わしも知らんぞ、全然知らん。ウルも知らんじゃろ?」
「え? は、はい……」
しらじらしいクーファに急に振られたウルは、慌てて答えた。
クーファは何食わぬ顔で続ける。
「だいたい、白竜なんて伝説上最強の竜とうたわれた幻の存在。そうそうお目にはかかれんし、本気になれば国の一つは軽く滅ぼせる。もし本当に怒りを買って襲撃されでもしたら王都などすぐに焼け野原になるじゃろ。滅んでないのはおかしい。情報自体に信憑性がないの」
さらっと流そう? 逆に怪しくなるから。
あと自分ヨイショしすぎだよ。