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121 そして俺たちは約束を重ねる

 今日も疲れた。


 黒木さんを無事に帰し、日が暮れて夜になっても結社の仕事は終わらなかった。

 ようやくひと段落して本部内の自室へ戻れたのは夜も遅くなったころだ。


 俺は部屋の隅に設置された簡素なベッドに突っ伏した。

 毎日夜遅くまで結社の運営をして、夜は眠るだけの生活。社畜か。


「しゅわっ(では黒竜と本部の見回りへ行ってくるぞ)」

「よろしく……」


 しゅわちゃんたちが日課の見回りに行くのを力なく見送る。


 死んじゃう。このままでは忙しさで死んじゃう。早くなんとかしないと。


『…………』


 チェルトも印の中へ入って休んでいるようだ。

 虫の鳴く声だけが、薄暗い室内に響いている。

 眠気が泥のように襲い掛かってくる。目を瞑ればすぐに意識が途切れるくらいに。


「あ、そうだ」


 半分くらい瞼が下りてきたところで、大事な約束を思い出した。


 俺は起き上がって、


「…………」


 部屋に置かれているクローゼットを静かに開けた。


「見つけた」


 そこには、釣り下がる服と服の間に体育座りをして、むすっとした表情をする少女――クーファがいた。


 さらさらな銀色の髪に落ち葉が一枚ついている。


 最初は本部の外にある森の中に隠れていて、誰も探しに来ないから俺の部屋のクローゼットに移動したってところか。


「稀名よ」

「ん?」

「なんでもっと早く探さないんじゃ!」

「今日はちょっと忙しくて」

「わしがどれだけこの中に隠れていたと思っとるのじゃ!」

「知らんがな」


 ツッコミを入れてから、俺は苦笑して謝罪した。


「ごめん」

「まあよいわ。そのまま寝たら殴り倒していたところじゃがな」

「それはないよ。約束したからね」


 したり顔で言ったが、クーファは「ふんっ」と返しただけで目も合わせてくれない。

 今日一日完全に相手にされなくてすねているみたいだ。


 クーファはずっと窓の外を見ている。今夜も星空がきれいで、つられて俺も見てしまう。


 最近のクーファはずっとこんな調子だ。

 クーファの行動の意味はなんとなくわかる。元気がありあまっているんだ。ずっと家の中なんて落ち着かない、そんな気分なんだろう。本当はもっと遠くまで行きたいはずだ。

 彼女は、ふらふらと気の赴くままにどこか自分の知らない場所へ行くのが好きなんだ。


 でも、だからこそ、心配になる。

 書置きを残して消えるクーファの行動を最近はなんとも思わなくなってきた。ああいつものことだなって呆れる程度になってしまった。

 人知れず近くに隠れているクーファを見つけることに、あまりに慣れてしまっていた。

 いつか本当に、盟約を反故にしてどこかに行ってしまう日が来てしまったら……。そんな思いがよぎることがある。だいたい杞憂なんだけど……


「クーファ」

「なんじゃい」

「落ち着いたら、旅にでも行こうか。ビルザールを出て、いろんなところを」


 クローゼットに寄りかかるように腰を下ろし、二人で窓から見える星空を眺めながら、俺は囁くように言った。


 クーファはずっと黙っていて、返答はない。


 普段ならすぐ行くとか行きたくないとかストレートに返事が来るのに、今はそのどちらでもない。少しクーファらしくなかった。

 絶対すぐにうなずくと思っていたんだけどな。


 ……答えたくないことなのだろうか?

 だったら答えたくないと言うはずだ。たぶん、クーファなら。


 それとも、あえてか。あえて答えないのだろうか。

 今日ずっと放置された腹いせだろうか、いじわるをしているのだろうか。

 だったら、もうひと押ししてみよう。


「どうしても行きたいんだ、俺が」

「どうしてもか」

「どうしても」

「本当にか?」

「本当の本当」

「……そんなに行きたいのなら、付き合ってやるのにやぶさかではないのじゃ。わしはいささか興が乗らんがの」


 数秒ほど間があったあと、心なしか弾む声でクーファは返した。

 このへそ曲がりっぷりである。素直じゃない。


「で、いつ行けるんじゃ」

「……え?」

「いつ旅に出れるんじゃ」

「えっと、そのうち?」

「そのうちじゃわからん。具体的に言わんか。明日か?」

「明日は無理だな」

「明後日か」

「明後日とかすぐにはちょっと」

「いつならいいんじゃ!」


 脇腹にするどい頭突きが飛んできて、俺はうめいた。ツノが刺さるんだよ、角が。


「結社の運営ももう少ししたら軌道に乗ると思うから、そうしたらかな」


 すぐにでも逃げるように旅立ってもいいかもしれないけれど、全部投げ出してしまうのもどうかなと思う。せめてこの忙しさがひと段落したら、だ。


「それはいつなんじゃ」

「わかんないけど、でも必ず行こう」

「絶対じゃぞ」

「うん、絶対に」


 さらに遠のくニート生活。

 でもきっといいことなんだと思いたい。

 俺と彼女を縛る約束事が、もう一つ増えたのだから。

無事に完結しました。

ここまでお読みいただき、感謝の念に堪えません。本当にありがとうございました。

そのうち活動報告にあとがきと番外編を乗せるつもりなので、よかったらそちらもご覧いただけると嬉しいです。

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Special Thanks!

・作品のレビューを書いていただいた、きりふ風丸様

・作品について感想、ご指摘いただいた皆様

・ブックマークや評価をしてくださった皆様

・お読みいただいたすべての皆様

・「小説家になろう」運営様

・情報の発信で利用させていただいた「twitter」運営様

・ブラックな労働環境をいまだに耐えてくれているうちのパソコン様

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お知らせですが、新作を投稿し始めました!

『魔導図書館の細胞はゆゆしげに踊る』(URL:http://ncode.syosetu.com/n3412eg/)

異世界のとある図書館で働く新人の女の子のお話です。

こちらも、よかったらぜひお読みください。

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