120 風変わりな客と依頼
「ところで妙な、というのはどういうこと?」
妙な客が待機しているという部屋へ行く途中、俺はメイドさんに尋ねた。
「ええ、その、雰囲気というか見た目が稀名様に似ているようでして」
「見た目が? それは人種的な特徴が似てるってこと?」
「はい。それと、クロキというお名前を言ってくれればわかると」
「!」
黒木さん……俺や不動や杏さんと一緒にこの世界に召喚された一人だ。
この前の戦いでは、過去のあらゆる出来事を再現できるというとんでもない能力を持った短剣を使って、俺たちの前に立ちはだかった。
しかし黒木さんなら、たぶんこの場所を暴いても不思議はないかもしれない。
「でも黒木さんがどうして……」
黒竜としゅわちゃんとチェルトを連れながら、俺は対応をどうするか考える。
……だめだ、どう対処していいかわからない。なるようになるか。
部屋に入ると、スーツのような外行き用の礼服を着た黒木さんが、本当に一人で待っていた。
ソファに大人しく座っていた黒木さんが、立ち上がって近づいてくる。
「やあ、久しぶりだね」
「……お久しぶりです」
じつにあの『教団蜂起』の大戦以来の再会だった。こちらはどうも気まずいが、黒木さんはにこやかだ。
「元気かい? これ、この辺の特産らしいいんだ。お土産にどうぞ」
自然な愛想笑いで果物が入ったバケットや鉱石のつまったケースを渡されて、
「ど、どうも……」
俺はぎこちなく返すしかなかった。
「そう硬くならなくていいさ。あの戦いのことはもう私は気にしていないよ」
「そ、そうですか」
「まあ、まさか刺してくるとは思わなかったけど」
「は、ははは……」
俺は笑ってごまかすしかない。なるようになると思っていたけど、これはちょっと難しいかな。
「きみが対応してくれるということでいいのかな?」
「はい。ウル……じゃない、レーシィ様は多忙なもので。でもまさかここがわかるなんて思いませんでした。……なにが望みですか」
弱気な口調で言ったあと、チェルトに背中を肘でつつかれた。
そうだ、弱気になるのは要件を聞いてからにしよう。
「よほど自分の血が見たいとみえる」
と黒竜が、自分の鱗を増殖させて作った大剣を構えて、黒木さんを威圧する。
「この場所を知ってしまったのは間違いだったな、人間」
「まあちょっと待ってくれ。私は戦いに来たんじゃないんだよ」
諸手を上げて苦笑した黒木さんはやんわりした口調で言った。
「私は神無月稀名を殺せと命じられてここまで来たわけじゃない。どうせもう戦いは終わった。私が戦ったのは命じられて仕方なくで、他意はない。そしてきみはあいかわらず指名手配されてはいるが、ビルザール騎士団や私兵団たちは動かない。挑もうとするのは身の程知らずの取るに足らない賞金稼ぎくらいだろう。これは、きみという一個人が白竜と同等かそれ以上の『どうしようもない厄災』だと国に認められたことと同じだと、私は思うね」
「こっちが表立って行動を起こさない限り、放っておく方が被害が少なくて済むと?」
「それは謙遜かな? きみの持つ戦力は、もはや人間がどうこうできるレベルを超えているってことだ。下手に手を出すと、国ごと滅ぼされかねないくらいにはね」
「それこそ過大評価ですよ」
「白竜を使い魔にしたという噂もある」
果たしてそんな根も葉もある噂の出所は隊長さんで、俺が広めてくれるよう頼んだのだが、
「そんな噂が? へえー」
俺は素知らぬ顔で相槌を打つ。
「まあこの本部ときみの居場所がわからないのも騎士が動けない一因ではあるのだろうね」
「あなたに知られちゃいましたけどね」
「私だって騎士たちと同じだよ。挑んだところで到底かなわないと理解している。だから戦う気はないと主張するために、こうして身一つでやってきた。武器も防具も持っていないよ。調べてもいい」
「どうでしょう? この前の戦いでも俺たちを出し抜いたわけだし、あなたはなんだか底が知れないから」
「今日はビルザールとは関係ないんだ。本当だよ。少し私的な相談をしようと思ってね」
「私的な相談、ですか?」
俺はソファに座って、黒木さんも対面に座るように促した。
すかさずメイドさんが淹れたての紅茶を持ってきてくれる。
「ここはどこだろうか? という話だよ」
黒木さんはティーカップに口をつけて、警戒の解かない黒竜たちを一瞥してから言った。
「ここはビルザールのはずれにある山奥ですが」
「そういう話じゃなくて、この世界はどこにあるかってことだ」
「……なるほど」
なんとなく、『相談』の目的が見えてきた気がする。
「ええと、そうですね。……平行世界? もしくは別の銀河とか宇宙の、地球とは少し違う現象が起こる星といったところでしょうか? なんだかそう考えると不思議ですね」
「ああ、どうやって我々がこの世界に来られたのか、つくづく不思議だ」
「前置きはいいとして、実質的な話をしますか。――『転移の魔法陣』を解析しようとしてますね? たぶんそれが元の世界へ帰れる唯一の手がかりだから」
言うと黒木さんは、にんまりと笑顔で答えた。
「そう、転移の魔法陣を使って、正確にはどういったプロセスで我々がこの世界に来たのか、それを解明しようとしている。国には内緒でね」
「なるほど、プロセスですか……たしかにそれを解明すれば、似たような効果を出せる魔法を作ることができるかもしれませんね」
もう少し情報を引き出せないだろうか、と考えていると、
「きみは『ワープした余剰次元理論』を知っているかい?」
黒木さんは俺に質問した。
「?」
「われわれのいた世界と、とある重力の強い高次元世界とは隣り合ったように近くにあって、重力子という素粒子はその高次元世界からわれわれのいる世界へ来ているのではないかという理論だ」
「なんかよくわかりません」
「世界間移動の可能性の話さ。ほかには、平行世界が存在するとして素粒子ほどの小さいサイズなら平行世界同士を行ったり来たりできるんじゃないかって説もある。そしてその素粒子くらいのサイズの量子的存在は、この世界ではとても馴染みのあるものとして存在している可能性がある。そう仮定して考えると、世界間移動――つまりわれわれのいた世界とこの世界を行き来する方法が見出せるのではないか、というのが私の考えだ」
あえて難しい言い方で語っているような気がする。俺のことを試しているような。
隣にいる使い魔たちはちんぷんかんぷんな様子だ。
俺もそうなんだけど、頭の中で整理しながら考える。
「ええと……ものすごく小さい存在なら世界間を移動できるのでは、ってことですか? 『魔力』がそういう特殊な素粒子かもしれないと? 俺たちも精霊が死ぬ時みたいな魔力の光になれば日本に帰れるかもしれないってことですか、つまり」
「死んだら帰れるというのは極論だが、だいたいはその通りだ。あくまでここが以前いた世界とは別の世界だと仮定したうえでの話だがね」
「でも魔力の粒子が世界間を行き来できるなら、俺たちのいた世界に魔力がないのはおかしい」
「微弱すぎて感じられないか、我々の世界では別の粒子に変化するとか、もしくは能動的にアクションを起こさないと移動できないのではないかな? 普段は通り道が閉まっているから無理とか」
「通り道を開けるのが『転移の魔法陣』だと?」
「そういうことだ。それが考えられる二つのプロセスのうちの一つ」
「もうひとつは?」
「『門』のように空間に穴を開けて直接こちらへやってきた」
「そっちのほうが理屈が簡単そうでいいですね」
「まあそうだな。……現状でわれわれがこの世界にやってきた方法で考えられる説としては、『門』の魔法のように空間的に直接繋がってそこをそのまま生身で通って来たのか、いったん魔力のような量子的な存在に分解されて空間を転移してきたのか、そのどちらかなのではないか? ということだ。前者だとわれわれが門を通った時の記憶がないのがおかしいし、後者は仮説の域を出ていなく実現できるかどうか怪しい」
「なんか後者の説よくよく考えるとやたらと怖いんですが」
「一度魔力の粒子に分解されたと考える方が、こちらの世界に来てすぐに魔法の剣が出せたのにも納得がいくと思わないか?」
確かに、そもそも俺たちが出せるあの剣は、収納されている特殊な武器というよりも、自分の中にある魔力そのものの具現化といっていい。
実際のところなんなのかはわからないけれど、丈夫で刃こぼれもしない。そしてたぶん俺が死ねば剣も勝手に消えていく。
「魔法陣の描かれた石板は復元済みなんですか?」
「ああ、私の能力は自然現象か無機物ならほぼ制限なく再現できる」なにそれ強すぎない?「転移の魔法陣は復元済みだ。ところが復元しても何一つ解析できない。私の知識では再現するまでが限界だった」
「それで結社に解析をお願いしようと来たわけですか」
「その通りだ」
と黒木さんは頷いた。
「あの石板はこちらの世界へ来るだけの一方通行だという話だったが、それが本当かどうかも確かめたい」
「なるほど」
「我々はどうやってこの世界に来たのか、それさえわかればきっと異世界間を自由に行き来できる」
「……! ゲームとか持ち込めますね」
「うーん、そういう問題じゃないが、まあそういうことにしておこう」
「なんにしてもそういう依頼なら承諾させていただきますよ。まあ幹部たちと一度協議する必要はありますが、どうにかして通します」
というか、この場所を知られた以上、断ることなんてできないといっていいだろう。戦うのではなく協力関係を築きたいというのなら受けるしかない。
「そのかわりこの場所のことは内密にお願いします。決して口外しないでください」
「もちろんだ。私も今日のことは国に知られたくないから、お互い様だよ。それに、私も命は惜しい」
黒木さんはちらりと殺気立つ黒竜を見た。
「解析、よろしく頼んだよ」
「はい、お互いのために」
黒木さんは手を差し出した。俺はその手を取る。なんだか悪魔の契約のように思えて気がひけるけれど、まあなんとかなるだろう。
「本当なら消されているところだぞ、人間」
黒竜がまた余計なことを口走って、しゅわちゃんに小突かれた。
でも黒木さんはあまり意に介していない様子で終始にこやかだ。
「いやいや、怖いことだねえ」
「こいつの言うことは気にしないでください」
「……もし私が向こうの世界から武力を持ち込もうとしていたらきみはどうする?」
握手をしながら、心を見透かしたように黒木さんが小声で尋ねた。
「……そうだとしても、俺たちが持つ戦力の方が上であることに変わりはありませんから」
「たいした自信だな」
「事実ですから」
言霊や精霊たちが味方についているので、そのへんは問題ないと思いたい。
転移の魔法陣は、ものすごくゆっくり解析していくことにしよう。そもそも解析できるかどうかわからないわけだし。
……また俺の心労が増えそうな気がしてきた。




