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116 白竜迎撃戦~決戦編~(2)

 ……だめだ。戦うという選択肢はない。

 今のクーファの状態で戦ったら、俺のことを自分を殺しに来た人間の一人としか思わない。


 やはり必要なのは説得だ。

 クーファに自分のことを思い出してもらうために動くべきだ。


「クーファ、俺は敵じゃない!」

「――死ね、人間」


 クーファは、羽ばたきながら殺気立った目で俺をねめつけた。


 でも、説得するとして、どうやって説得をする?


 最終的な目的は、この我を忘れて暴走している白き竜に、自分のことを思い出させなければいけないということだ。

 でもクーファを止めるのはそう難しくはない。

 俺にはこの風がある。

 最初に会った時みたいに、風で冷静にさせて説得できれば。


 俺は小太刀から風を吹かせる。竜巻のように渦巻くそれは、上空を羽ばたくクーファを飲み込む。


「――小賢しい!」


 クーファの苛立った声とともに、突然風が掻き消えた。

 同時に、何か光るエネルギーの奔流のようなものが、衝撃を伴って放たれていた。

 衝撃は俺のすぐ横をなぎ払って消える。俺は突っ立っているだけで、まったく反応できなかった。


「かっ、風が、かき消された?」


 あの膨大なエネルギーの光みたいなものに巻き込まれて、風が消滅した?


「…………!」


 立ちくらみがした。そういえば、ここは俺の意識の中だ。

 直撃はしなかったものの、ここで暴れられると何かしら俺の精神に影響がでるようだ。


「なんだよ、こんな隠し玉があったなんて知らなかったよ」


 隙を伺いながら、俺はクーファに言った。クーファはどこか得意げだ。


「――この世のもので、この魔法に勝てるものは存在しない。その気になればこの星さえも破壊できる」


 クーファは冗談みたいなことを堂々と言う。

 我を忘れてるとはいえ、適当なことを言っているようにもみえないのが怖い。


 たしかに隕石を破壊したというエピソードを聞いて、どうやって銀細工で破壊したんだろうという疑問はあった。そのタネがこれだろう。


 俺は隠れる場所を探そうとしたけれどやめた。

 クーファの言い分を信じるとすると、隠れるとか隠れないとか、防ぐとか防がないとか、そんな次元じゃないような気がした。


「――この光に出会ったものは、モノだろうと魔力だろうと生物だろうと跡形もなく『消滅』させられる。だからおとなしく死ね」

「いやだ。連れて帰るって決めたんだ」


 じっとしていると、またあれが来る。

 俺は逃げ回るように走りながら、何か策を考える。


 飛びのいた場所に、すぐさま銀細工のナイフがとんでもないスピードで飛んでくる。

 寸前でそれを見極めて飛び退く。さらに追撃のナイフ。後ろへ跳びつつ、それをとっさに叩き落す。

 そのせいで、さらにクーファとの距離が遠のく。

 ここままでは、クーファに近づくことさえできない。


「降りてきて、俺と話す気はないの!?」

「――くどい」


 『森羅創生ロウダンデ』の樹木でダミーを作った。木の彫刻のような、俺に似せた動かない人型だ。

 クーファは気をとられて銀細工の刃でダミーを破壊する。

 続けざまにダミーを作って、クーファの目をそらす。


「――チッ、わたしにもう少し魔力が残っていれば……」


 銀細工のナイフを召喚し、ダミーを破壊していくクーファ。

 木屑が飛び散る。できるだけちょこまか動く俺はその次々破壊されていくダミーの間を縫うようにして駆け回る。


 俺の動きは小太刀の力で強化されているとはいえ、クーファに捉えられないような速度じゃない。

 転んだりよろけたりすれば、クーファはすぐさまその隙をついてくるはず。ミスはできない。

 樹木の砕ける音がすぐ近くで俺の鼓膜を叩くたび、心臓の鼓動が跳ね上がり、焦燥が募る。


 先ほどの光る何かも警戒するが、クーファはなかなか出してこない。

 あの光は魔力が豊富にないと立て続けに使ったりできないらしい。

 ただ俺にトドメを刺すくらいの余裕は残しているはずだ。おそらくここぞという時に使ってくる。油断はしない。


「よし、ここだっ!」


 クーファの目をごまかしながら、飛び交う銀細工の刃をくぐり抜けて、ようやく俺は飛んでいるクーファのすぐ下までたどり着いた。

 そこから樹木を伸ばしてクーファの足を絡め取る。


「――くっ!」


 脚の自由を奪われ、羽ばたきながらバランスを崩すクーファ。


「降りた方がよかったんじゃないか? こんな死角を晒すなんて」

「――黙れ!」


 飛んでいるクーファをそのまま地上近くまで引き寄せる。


「俺はクーファと話がしたいだけなんだ」

「――くどい! 人間と話す気はない!」

「だったら無理にでも聞いてもらう!」


 話を聞かないなら、聞かせるまでだ。

 俺は小太刀から風をほとんどゼロ距離でクーファに吹かせた。

 最初に戦った時と同じ、否応なく怒りを鎮め冷静にさせる安息の風。


「――!」


 風はクーファを絡め取りながら舞い上がっていく。

 暴れようとしていたクーファは抵抗するのをやめておとなしくなった。


「話を聞く気になった?」


 俺は樹木でからめとっていたクーファの足を離してやる。

 クーファはゆっくりと地上に降りると、俺の方に視線を向けた。


「――おぬしは何者じゃ」


 口調が戻った?

 でもまだ俺のことは思い出せないらしい。


「――わしの敵じゃないのか」

「違う」

「――敵でないことはどうやって証明する? 証明してみせよ」

「ええと、俺は神無月稀名で、クーファの仲間だ」


 そういえばどう話すか決めていなくて、俺はたどたどしくなりながら答えた。


「――ほう? カンナヅキマレナ?」


 おお、意外と名前に食いついた。


「――じゃがそんな宣言だけではなんとも言えんな」

「クーファが忘れてるだけで、今まで一緒にいたじゃないか」

「――一緒にいた? わしはそんな覚えないのじゃ」

「そりゃ長い年月を生きるクーファにとってはほんの一瞬の期間かもしれないけど……」

「――一瞬だけ一緒にいた人間など腐る程おるわ」

「そういう意味じゃなくて、少なくとも二、三ヶ月はいたっていうか」

「――だからそんな記憶ないのじゃ」


 埒が明かなかった。


「ああもう!」


 もうほとんど八つ当たりだった。俺はクーファに駆け寄ると、腹に思いっきり頭突きをくらわせた。

 クーファはびくともしないし、俺の額に鈍い痛みが走る。


「いい加減、目を覚ましてくれよ……またクーファと話がしたいんだ」

「――話……それだけのためにわしに近づいたとでも?」

「それ以外になにがあるんだよ! それだけのために会いたくてなにが悪いんだ!」

「――!」


 俺が言うと、クーファの白い鱗が砕け散るように霧散して消えた。


 目の前には幼い少女の姿になっていたクーファが、俺を見上げていた。


「稀名……」


 少女はともすれば泣き出しそうになるのをこらえるように顔をしかめた。

 俺は全身が脱力しそうになるのを我慢して、


「やっと思い出したかクーファ。死ぬかと思ったよ、自分の妄想の世界で」


 平静を装って冗談めかした。


「馬鹿。死んでも約束を守るやつがあるか」


 クーファは俺に抱きついて、頭を腹に押し付けるようにした。


「どうしても果たしたかったんだ」

「無茶するな馬鹿者が」

「馬鹿で結構だよ。……みんなも待ってる。すぐに戻ろうか」


 クーファの頭を抱きしめながら優しく言うと、クーファはそのままの体勢のまま首を振った。


「いやじゃ」

「なんで」

「あんな大見得切って、結果的に死んだとか、恥ずかしくて皆に顔向け出来んのじゃ」

「そんなこと誰も気にしないから」

「復活してもまた皆に迷惑をかけるかもしれないのじゃ」

「そのときは俺がツッコミを入れて――もとい止めに行ってあげるよ」

「勝手にどこかに行くかもしれないのじゃ」

「たとえどこで迷子になっても、俺が見つけ出してみせる」


 俺が言うと、言い負かされて悔しくなったらしいクーファは、ボフボフと俺の脇腹を力なく殴った。


 クーファは顔を上げる。目元が少し赤くなっている。髪もくしゃくしゃだった。

 ぼろぼろだけれど、それでも瞳には決意の色が戻っていた。


「戻るにやぶさかではないが、そもそもどうやってもどるのじゃ。わしは今稀名に食べられたみたいになっとるんじゃろ?」

「たしかに俺の中にクーファの魔力を取り込んだことになってるみたいだけど」


 俺は小太刀を取り出して、


「でも俺たちにはこれがあるだろ?」


 刀身に刻んであるミトラの印を示した。宿しゅの盟約――精霊と人間が、魔力的につながるための契約。

 俺の中にいるクーファが現実世界に戻るためには、小太刀に刻んだ印による通り道しかない。


「盟約か。ふん、仕方ないのじゃ」


 契約を交わそうとして、俺は大事なことを思い出して訊いた。


「……そうだ名前、ちゃんとしたのをまだ聞いてなかった」

「クーファ・ズィルヴァール・スズカ」


 俺が言うと、クーファはぶっきらぼうに答える。


「……スズカ? なんか日本的な名前だね」

「おー、字も書けるぞ。教えてもらったからの」


 クーファは地面に指で文字を書いていく。

 崩し字のようなわかりにくい字だったけれど、それは確かに『鈴花』と読めた。クーファはかなり得意げだ。


「漢字!? どうしてクーファが?」

「人間の少女と旅をした時があったと話したじゃろ? その少女に名前をもらったのじゃ」

「もらった? 名前を?」

「漢字の書き方も教えてもらった」

「その少女って」


 いや、みなまで言わなくてもわかった。

 彼女はこの世界でいう異世界人……たぶん、俺と同じ日本人だったんだ。


「少女の名前は鈴花といった。わしにくれたのと同じ名前じゃった。……おぬしの姿をよく見たときピンときたのじゃ。鈴花と同じところから来おったのだとな」

「そうだったんだ」

「わしはずっとおぬしに鈴花の影を探しておった。おぬしと一緒におれば、鈴花とまた一緒にいられるように感じられると思った。じゃが違った。おぬしはおぬしじゃった」


 黄色い肌で真っ黒い髪は、この世界では珍しい。

 似ているかどうかじゃなくて、そういった人種的特徴から、俺に鈴花さんの面影を見たんだろう。


「戻っても、また一緒にいてくれる?」

「……言うまでもないわ」


 クーファは頰を赤くして目を逸らした。それを聞いて安心した。


「我、神無月稀名は汝クーファ・ズィルヴァール・スズカと、使い魔の盟約を結ばん。ミトラの契りよ、疾く成せ」

「いにしえの理にもとづき、クーファ・ズィルヴァール・スズカはここに盟約を結ぶ」

「いにしえからの理を捻じ曲げて復活させるのになんか変な言い方だよね」


 のんきに言っていると、刀身に新しく印が刻まれた。これで盟約は完了だ。


「じゃ、はやく戻るのじゃ」

「へいへい」


 戻る決意を固めると、体が浮くような感覚とともに周りが崩れていき、視界が暗転した。

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