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114 響く月夜の大嵐

「約束したんだ」


 俺は腕を掴む黒竜の手を振り払った。


 思考を止めても、もう一度クーファに会いたい気持ちだけは残っていた。


「命が危ない時は助けに行くって。だから!」

「おい、貴様の耳は腐っているのか? さっきも言ったが死んだものは――」

「死んだものは生き返らないのが理なら、俺は俺のためにその理に反逆する!」


 考えた。そこにつくための道のりを。


 戦うか逃げるか、そんなことは今はどうだっていい。可能か不可能かはやってみてから考える。

 だから俺は、クーファにまた会えるまでの道のりを画策する。


「……チェルト、力を貸してくれ。チェルトの加護が必要だ」

「また何か面白いこと考えついたの?」

「とびきりのやつをね」


 俺が得意げに言うと、沈んでいたチェルトは相好を崩した。


「私はいつでも稀名に力を貸してるわよ」

「風を吹かせるよ」

「えっ」


 明るくなったと思ったら、チェルトは慌てたようにさっとフードをかぶる。


「言霊、あれの動きを止めておくことってできる?」

『止めるだけなら』


 言霊は即答して頷いた。


『ただしどれくらい止められるかはわからない。ずっとは保証できない』

「それでもいい。よろしく」

『うん、わかった』


 言霊は鳥籠を解除し、地上を爆撃していたパトリックの動きを封じた。同時に、光の爆撃も止まる。


「ウル、ネミッサ」

「はい」「な、なんです!?」

「やってくるのはたぶんさっきのバディだけじゃないはずだし、パトリックも分身して反撃するかもしれない。俺が用事を済ますまで、俺のことを守っていてくれ」

「……わかりました」


 ウルが涙を拭って、笑顔を作った。


「私も了解ですが、用事って?」


 ネミッサは首をかしげる。


「ちょっとクーファを連れ戻そうと思う」

「連れ戻しって、まさか」

「いや自殺はしないからね? 後を追うわけじゃないから」


 俺は小太刀を抜いて風を吹かせた。

 まずは自分自身に風を吹かせる。『限界深域マージナル・ゾーン』……自分の意識を超集中状態に持っていく。


『稀名』


 金髪をたなびかせながら、言霊が俺の前に出てきて言った。


『忠告するけど、生き返らせるなんて絶対に無理。わがままを通すのとはわけが違う。この世の因果……古からの理、それは絶対に覆らないし、捻じ曲げられない』

「やってみないとわからない」

『白竜の魔力は、もう散らばってこの世界に溶けて同化した。どうやっても無理』

「そう、世界に溶けて同化したんだよな。それ・・を見つければいい」


 俺は吹かせる風を強めた。

 風は暴風になって王都を包むが、まだ威力が足りない。


 他者の意識を感知する感覚は、今までの戦いでつかんできた。それを魔力に対しても行うだけだ。


 俺の風とチェルトの加護でクーファの意識を探り当てる。範囲は――全世界。


『この世界の全てから彼女の魔力を見つけ出すなんて、人間にできることじゃない』

「人間だからできることもあるし、もし無理なら人間やめるよ」


 俺はさらに風を強めた。……が、俺の魔力だと王都とその周辺を包むくらいが限界か。


 王都にいる人たちの意識が俺の中に入ってくる。

 逃げ遅れて怯える人、半壊した城に籠って機をうかがう人、倒れている兵士たち。


 でもまだ足りない。全世界にはまだ全然。

 自身が回復しやすいように周囲を『森羅創生ロウダンデ』で樹木に変えた。

 魔力が足りない。それにもう少し、知恵を絞らなければ。


「馬鹿か!? こんなの無意味だ!」

「できるはずがねえだろが!」


 バラムとコルが身を小さくして風に耐えながら忠告してくる。


「稀名さん、やっぱり無茶では――」


 風で乱れる髪を押さえながら、ネミッサが忠告してくれるのが聞こえる。


「私は、信じています……!」


 ウルが、近づいて俺の手に何かを握らせた。『ドロースフィア』で抜いた魔力の玉だった。ウルと、ウルの使い魔たちの数はある。


「じゃ、じゃあ私の分も持って行ってくださいよ! 私の使い魔たちの分も!」

「はあ!?」


 ネミッサたちの分も加わったその魔力の玉を地面にぶつけて一斉に割る。

 みんなの魔力が、俺の中に流れ込んでくる。普段通りの魔法を使うなら、十分すぎるほどの魔力がみなぎる。

 風は、さらにその強さを増していく。


 ……でも、まだ足りない。


 俺は鞄から、ウィズヘーゼルにいた時に不動から奪った魔力の玉を取り出してそれも割り砕いた。


「うお……!?」


 みんなの分を足してまだ余るくらいの魔力量が俺の中に吸収される。

 魔力の量だけなら俺の何十倍もありそうだ。さすがチート剣持ってるだけはあるな。


 俺は上空を見上げる。日はとうに沈み、月明かりと夜空が広がっている。


 ――地球には、上空に大気の循環で絶えず吹いている風がある。偏西風や貿易風などがそうだ。

 もしこの星にも大気循環があって常に上空を吹く風があるなら、そこに俺の風を乗せることができる。

 普通にやるより少ない魔力量で、世界に風をばらまける。


 俺は上空に向けてありったけの風を吹かせた。

 風は大気の流れを巻き込みながら世界へ、強風となって吹き荒れるのを感じる。


 風音が耳をふさぐように大きくなる。

 この大陸や、この大陸からほど近いやや小さめの大陸、島国、前人未到の土地や陸地、言霊や精霊とはまた違った魔法が発達した大陸の国々、森や山や海――そのすべてを、なでるように波及していく。


 世界の各地で植物の葉や折れた枝が散り乱れ、海や湖でしぶきが舞い上がり、砂や小石が踊り、動物の毛や人の髪がなびき、干してある洗濯物がはためき吹き飛び、ある所では樹木や家が倒れ、雲を高速で流した。あらゆる生き物が突如安らかな心地に浸り、同時に不思議な気持ちになったり戸惑ったりした。


 俺はそんな世界の機微を感じ取り、否応なく認識していった。


 でも、これは、本当に、人間の処理能力の限界を超えている。

 入ってくる情報量が多すぎる。頭がどうにかなりそうだ。

 けど、それでもやめるわけにはいかない。

 感じる気配から、散らばっているクーファの魔力を一つ一つ見つけ出さなければならない。

 そしてまだ範囲は全世界まで至っていない。時間をかけて風を行き渡らせるしかない。


 今の状態をできるだけ持続させてクーファを見つけ出す。

 脳が焼き切れても、精神がおかしくなっても、身体のどこかが壊れても、俺はまたクーファに会いたい。だから――


「荒ぶれえええええ!」


 俺は世界に大嵐を巻き起こし続けた。

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