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 猛スピードで狭い通路を戻りながら、俺は自分の中でわだかまる胸騒ぎのようなものを否定する。

 あのクーファだ。人間に遅れをとるなど、あるはずがない。


『上で魔法陣が展開されてる』


 言霊が浮遊しながら走る俺についてくる。


「魔法師の?」


 俺が訊くと言霊は頷いた。


『今、それを解除した』

「か、解除?」

『魔法師の魔法――言霊は、私の力を借りて行使されている。私から魔法陣をコントロールして、発動を解除することもできる』

「魔法師の魔法なら発動もキャンセルも好きにできるってこと?」

『そゆこと』

「それはもう魔法師相手なら敵なしじゃなかろうか」


 ただ敵の魔法陣が発動してクーファがそれに引っかかった可能性は低いかもしれない。

 もうすでに戦いは終わって、倒れる魔法師たちの山を足蹴にしながら「遅かったのう」なんて肩をすくめているに違いない。

 そうに決まってる。


 ――穴を出る。


「ごっ、ご主人様、それ……」


 遅れてついてきたウルは何かに気づいて指差した。


「?」


 ウルが指差した先、それは俺のカバンだった。

 ツルで縛ってストラップのようにしていたクーファの鱗が、光の粒子みたいになってボロボロと崩れてきていた。


「……なんだ?」


 ホタルの光みたいに儚く輝いて少しずつ質量を減らしていっている。


「広場に、広場に急ぎましょう」


 ウルは見ないような慌て方で駆け出した。俺も広場へと急ぐ。


「クーファ!」


 広場へと着くと、そこには尋常じゃない量の血の中に倒れて動かないクーファがいた。


「クーファ! しっかりしろ!」


 駆け寄って鱗をペシペシ叩く。


「お? おお、やはり来おったか……」


 クーファは薄目を開けて消え入りそうな声で言った。


「来るよ。約束したじゃないか」

「そう、じゃったな……」


 口から血を流しながら、クーファは弱々しく笑う。

 目の焦点が合っていない。たぶん、目が見えていないんだ。それほど苦戦していたらしい。


『この魔法陣は、魔力と重力で縛る効果』


 言霊が広場に刻まれた魔法陣を眺めてつぶやいた。長い金髪を穏やかに中空に漂わせながら、しかし視線は鋭く周囲を観察する。


「魔力と重力――まさか、それで?」


 重力。重さ。……そうか、これほどまでに血を吐いたのは、内臓が潰れたからか。


「くそっ、そういうことか。外側から傷つけられないなら、内側を直接一気に破壊すればいい。クーファの体を重くして、内臓を潰して自滅させたのか。それが団長さんの言っていた弱点……白竜の倒し方」


 クーファは普段、不規則で短い睡眠時間で、よく昼寝もしていた。ずっとそういう習慣だったと以前聞いてはいたけれど……。


 本かなんかで読んだことがある。ゾウが二、三時間の短い睡眠を一日に数回ほどとっているのは、何時間も続けて眠ると自重で内臓が潰れてしまうからだって。たぶん、クーファも同じようなものだったんだ。内臓に負担がかかるから、短い睡眠にならざるをえなかったんだ。

 そもそもなんで水浴びにあんな喜んでいたんだ。湖に入るのが好きだったのは、体にかかる重力の負担が軽くなるからではないのか。

 なんですぐに気づかなかったんだ、俺は。


 それでも人間の姿になれば重力の魔法は軽減できたかもしれないし、あるいは魔法が使えれば危機をしのげたかもしれないが、魔力で拘束されていたということはそれさえままならなかったんだろう。


「でも、間に合ってよかった」


 俺は横たわるクーファの身体を撫でながら安堵の息をついた。


「もう少しだったのに」


 舌打ちが聞こえた。


 アデルバートさんと雷侯――パトリックが、クーファを観察するように見下ろしていた。


「しかし魔法が使えなくなった……これはどうしたことだ?」


 戸惑いを見せるアデルバートさん。


 そしてパトリックは、ドロドロの体を気持ち悪くうねらせながら両腕を高く掲げ、


「じゃーい!」


 よくわからないことを叫んだ。


 なんかキャラ違くない?


「クーファ、魔法で回復して休んでいてくれ。――あいつらは、俺がやる」

「おお……頼んだのじゃ」


 すぐに済ませる。

 そしてネミッサと合流して、レルミットや隊長さんやレーシィ派の教団たちと合流して、逃げて終わりだ。


「ウルはクーファが回復するまでクーファを守っていてくれ」

「…………はい」


 俺は小太刀を抜く。

 そばには、心配そうな顔をするチェルトがいる。黒竜としゅわちゃんは、一歩前に出て俺の命令を待っている。


『あれをやればいいの?』


 空中を遊泳しながら、言霊は尋ねた。


「協力してくれるの? もうきみは自由なんだから、俺たちのいさかいに関わらないでいいんだ」

『稀名は命の恩人。頼まれれば、いくらでも力を貸してあげる』

「そっか。じゃあ遠慮なく」


 言った瞬間、アデルバートとパトリックの足元に魔法陣が浮かび上がった。


「ぐっ、これは魔法師の魔法だと……!?」

「私たちは動くことができない!」


 パトリックが解説した通り、浮かび上がった魔法陣の光で二人をその場に拘束しているようだ。


『はい』

「早い」


 言霊は自慢げに胸を張っていた。

 魔法師の魔法は文字を書いたり言葉を発したりと事前に準備が伴うけれど……言霊にとって、そんな準備は不要のようだ。


『魔力での縛りは基礎の基礎』

「今度俺も習おうかなぁ」


 言霊だけで十分だったな。

 なんて思いながら小太刀をしまおうとすると、民家の屋根に泥のような人影が立ち上がった。

 なかなかしぶとい。人影はすでに分裂して逃れていたパトリックだった。


「残念だがお前たちが拘束したのはただの私だ!」


 民家の屋根だけじゃない。

 広場の隅にも、


「そしてこちらも私だ」


 路地の隙間にも、俺たちを中心に周囲を囲むように複数のパトリックが立ちふさがっていた。数にして二十近くいる。


「お気づきだろうか。いっぱいいるが、どれも私なのだ。すべて同じ私なのだ。つまり――」


 そしてそれらは俺たちに向かって一斉に飛びかかってくる。


「すごくいいよね! おそろいってさ!」

「なにその結論!」


 ていうかあの冷徹な感じのパトリックはどこにいったんだ。

 顔もなんかぐにゃぐにゃしてるし、完全に自分のことを忘れてしまっている様子だ。


 一斉に飛びかかって来たたくさんのパトリックは、当然ながらすべて言霊が拘束してくれた。


『すべてその場に固定した。とどめはお任せ』


 言霊はまったり見ていた俺の背中にタッチする。防御特化で攻撃は得意でないのは変わらないみたいだ。


 任されたならやらせてもらおう。

 俺は黒い鱗を増殖させて触手状のものを何本も作った。


「そんなもので流動する私が倒せるかい!」


 動きを止められながらパトリックはせせら笑う。

 構わず、俺は触手を鞭でも使うようにパトリックにぶつける。


「すり減らしてやる」


 まるで俺が本部でパトリックにされたように、触手状に増殖させた複数の鱗がパトリックを穿ち、蒸発させる。


「不可思議!」


 沸騰しながら気体になって消えるパトリックの一人。

 ほかのパトリックはにわかに戸惑いの表情を見せる。


「なぜ鉄ごときがこのようなお熱が高い!?」

「黒い鱗の塊に高圧電流を流して熱を持たせた。パトリック、お前が熱に弱いのはわかってるからな」


 鱗の鞭をさらに増やす。

 目配せをすると横にいるしゅわちゃんが頷いて微笑する。


 削り取るように、何本もの鞭は次々パトリックに食らいつき、


「ああああっはー!」


 笑いながら絶叫していた最後の一人を蒸発させた。


「最近やたら疲れる嫌な戦いが続くなぁ」


 パトリックの水蒸気で煙る中、俺はため息をついた。

 まあ、あとは逃げるだけだ。


「……稀名」


 隣にいたチェルトが消えいりそうな声で言った。


「…………」


 見ると、黒竜もしゅわちゃんも難しい顔で黙っている。


「どうしたの?」


 これで終わったというのに、どうにも空気が重い。


 鞄を見ると、クーファにもらった鱗が、蒸発するように光の粒のようになって消えた。


「……何が」


 あったんだと言う前に、俺はクーファの元へ駆け寄った。


「ウル、クーファは回復した!?」

「ご主人様……」


 ウルが涙を流しながら顔を上げた。


「…………」


 クーファはぴくりとも動かなかった。何かを言うことさえなかった。

 血の溜まる広場の石畳に体を横たえ、だらりと下がる首についた頭部も溜まる血に濡れたまま起こすこともなく、瞳孔の開いた瞳は何も見ていなかった。


「……クーファ?」


 クーファの体が、周囲に溶け出すようにほのかに光りながら崩れていた。

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