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105 スミラスク城精霊族誘拐事件(後編)

 心が折れかけた。

 それでも俺は立ち止まるわけにはいかない。

 俺にだってゆずれないものがたくさんできた。

 ここまできて、こんなことで足を止めるわけにはいかないんだ!

 もうやだああああ! 帰りてえええ!


「ハァ、ハァ……」


 肩で息をするヘルムートさん。


 その荒い息遣いをやめろ。疲れてるからだよね? ただの息切れだよね?


「……ていうか、今更だけどあなたも敵に回るとは心底意外でした」

「裏切った、などとは考えないでいただきたい。きみがウィズヘーゼルを滅ぼしたと聞いてね、事情を伺ってみたら、いろいろと腑に落ちたのだよ。やはりきみは私たちの敵だ」

「腑に落ちた?」


 ヘルムートさんは亀甲縛りの格好で立ち止まったまま、牽制に草を切り上げて空中に舞わせた。

 快楽で眠気を上書きし、さらに風の軌道を読んで直撃を避ける二段構え。

 やってることはアレでも、ヘルムートさんの洞察力にはいろいろな意味で脱帽する。


「得心がいったのだよ。――君こそがこの非常事態の黒幕……教団の指導者『雷侯』であるとね」

「へっ!?」


 何言い出してんのこの人!


「どっ、どういう理屈ですかそれは!?」

「とぼけないでくれ」


 ヘルムートさんはなぜか自信満々だ。


「私にはすでにわかっている。本物の『神無月稀名』は、すでにこの世にいないということに」

「俺、死んだの!?」

「私の推理が正しければ、」推理って言っちゃってるけど何ですか!? 何が始まるの!? 「『本物』はすでに死んでいるはずだ。勇者として召喚された神無月稀名を人知れず殺して魔法師マホツシとかいう得体のしれない者の奇術を使って能力を奪い、きみはまんまと神無月稀名に成り代わって王への謁見を受けようとした。勇者の権限が目的でね。だがその目論見は失敗に終わり、腹いせにあらかじめ騙していた白竜に王都を襲わせた。それからスミラスクを落とそうとして失敗し、今度はウィズヘーゼルにまで。そこで魔女ネミッサを味方にしてようやく破壊活動を完遂させたというわけさ」

「すっげー壮大だ!」


 でも亀甲縛りされながら展開するもんじゃなくない?


「つまり私の友人に『精霊兵器』のレシピを提供したのもきみの差し金だったわけだ。『スプリガン』を使わせて精霊狩りをさせて、最後には完成したものを奪って教団の戦力を増強させようという計画だったわけだろう。ははっ、まんまと騙されたよ。本当、自分の見る目のなさが情けない!」

「よくそんな考えが浮かびますね」


 いろいろツッコミどころ満載だけど、この人のペースに乗ったら負けな気がする……。


「少女!」


 ヘルムートさんは大仰にレルミットの方を向いて叫んだ。


「はーい」


 能天気な様子のレルミットはダブルピースで答える。


「私と勝負だ! 少女は私のことをいくらでも殴ってもいい。私は抵抗しない。そちらの体力が尽きるか、私が力尽きるかの勝負だ」

「んー、いいけどそれだと私が勝っちゃうよ」

「騙されるなレルミット! その人はただ女の子に殴られたいだけだ!」


 だめだ。ペースに乗ったら負け、ペースに乗ったら負け……。


「なんなら蹴るだけではなく好きなだけ罵ってもいい!」

「ちょっといい加減黙れよぉぉぉ! 頼むからあ……!」


 眠らせるための風を吹かせるけれど、ヘルムートさんには効かない。


 それでも何度も風を当てていれば眠るかもしれない。


「いくら吹かせてもその風は効かんぞ!」


 だがヘルムートさんは俺の考えを読んで笑いながら答える。


「そういうことだ!」


 感電してしびれていたガルムさんも、もう復活して立ち上がった。


 そしておもむろに腰に巻いている鎖帷子に手をかける。


「オレは脱いだ方が強い。ここで最後の切り札を切り、真の実力を発揮する!」

「やめろおーっ! それはダメだー! やめてくれ! その実力は一生閉じ込めてろ!」


 取り乱すと、それを好機と取った二人は俺に同時攻撃を仕掛けてくる。


「全て脱げないのは残念だが――チャンスは逃さん! 波動極光流甲冑拳法『天空海闊』!」

「これで終わりだ! 稀名君! いや、『雷侯』と呼んだ方がいいかな!?」


 二人同時にかかってきたところで、チェルトのイワトガラミのツルが二人を縛り上げた。


「ナイスだチェルト!」


 振り向いたけれど、チェルトは青い顔をして今にも泣きだしそうだった。


「あ、が、がんばったね」

「うん……」


 そして『黒妖鱗アウフホッカー』がツルを包むように展開し、壁のようになって二人を閉じ込めた。


 鱗で作った壁の中に、二人はツルで簀巻すまきにされたまま固定されている。


「射手も片づけた。ちゃんと殺してはいない」


 黒竜も帰ってくる。


「こ、これしきのことで……!」

「締め付けが足りんなあ!」


 ツルと鱗で圧迫されるように拘束された二人は暴れようとするが、首以外の全身が動けなくなっていて力ずくでは破れないようだ。


「この二人はいいけど、あれはどうにもならないわよ」


 チェルトは余裕そうに佇んでいる不動を指さした。


 そうだ、忘れていたけど不動もいたんだった。


「チッ、オッサンどもで体力を削って俺がとどめを刺す手はずだったのに、大して消耗してねえじゃねえか」


 赤い大剣を担ぎながら、不動は億劫そうに前に出た。


「精神は魔法使う以上に消耗したよ。もうツッコミを入れる気力がない」

「そりゃ結構なことだな。――こっちの動ける兵も少なくなってる。半端な数で戦うより個の力においての最大戦力を一気にぶつけた方が被害が少なくて済むし効率的だってヘルムートの意見は、多少は的を射ていたわけか」

「ていうかお前前衛だろうが普通に考えたら」

「抜かしてろ! 今日はあの白竜やネミッサどももいねえみてえだし、楽勝でケリをつけてやるよ」


 赤い大剣から、細かい赤い金属のかけらのようなものが無数に出現して不動を包んでいく。


「…………!」


 不動がまとった赤い鎧は、また形状が変化していた。わりとコテコテ感が増していた。甲冑というよりはもはやロボット的な兵器に近い。


「驚いてるな? ガルムのオッサンと修行したことで、俺はまた成長し、新たな力を手に入れたんだ!」

「……新たな力?」

「なんと! 物理攻撃や魔法攻撃を跳ね返すことができるようになったんだよ! しかも三倍に返してな!」


 また自分で説明しちゃってるし……。

 無効化から三倍返しへ進化したってことか。

 使うの難しそうな能力だけど大丈夫か?


「どこからでも攻撃してくれてもいいんだぜえっ! この俺の力に震え――」


 剣を正面に構える不動。


 俺はイワトガラミのツルを地面に生やして、あらかじめ盗んでおいた鞘を不動の剣にかぶせた。


「ろ……?」


 革製の鞘で赤い剣を収めると、とたんに不動の身に着けている鎧が霧散する。


「お前が鎧出す前に鞘を盗んでおいた。剣は鞘に収まっている状態なら能力は発動できない」

「――!? ――!?」


 わけもわからない様子で戸惑う不動を、ツルで縛り上げ、尻を突き出すような恰好をさせる。


「そっ、そんなの知らねえよ! 卑怯だ!」


 不動は暴れようとするが、ツルの触手ががっちり手足をつかんでいる。もう何をしようとも遅い。


「俺が今から何をしようとしているかはわかるね?」

「ま、待てよ! 話せばわかる!」

「で、何か思い残すことは?」

「……お、お尻はやめてお尻だけは!」


 俺はツルを束ねて拳のようにすると、突き出された尻に狙いを定めた。


「お尻はやめてお願いだからお尻はやめアッー!」




 尻に一撃入れられ気絶した不動の拘束を解いて、俺は息をついた。身体を丸めるようにして体育座りする。


「嫌な戦いだった……泣きたい」


 この悲しみと精神的疲労を何と形容したらいいのか……とにかくすごく疲れた。


「社は破壊してきたぞ」


 俺が休んでいると、黒竜が川から戻って来た。


「助かったよ黒竜」


 黒竜の元気が余っていて助かった。


「くそっ!」

「締め付けが足りんぞ!」


 ガルムさんとヘルムートさんは口惜しそうに……一人悔しそうじゃないけど、とにかくもう抵抗する様子はないようだった。


 しかし何が起こるかわからないので、俺たちが安全に逃げるまでこのまま拘束させてもらう。


「じゃ、長居は無用だしすぐ撤収しよう。みんなお疲れ様」

「空見て稀名君!」


 レルミットがテンション高めに俺の肩をばしばし叩く。


「?」


 言われるままに空を見る。鳥籠がだんだん薄くなってきたというか細くなってきたような気がする。


「空がハゲてきてるよ!」

「その言い方やめてレルミット。でも、まだ完全じゃないな……」


 中途半端に弱くなったのは、ほかの場所の社がまだ完全に破壊できていないせいだろうか。


「空の檻が……どういうことだ?」


 ガルムさんは呆然と空を見上げた。


「…………」


 ヘルムートさんは説明してほしそうにこちらを見ている。


 この人のことだからある程度のことは勘付いているんだろうけれど、説明したらわかってくれるだろうか?

 いや、すぐ逃げたいから説明はまた今度だろうか。


 考えていると、


「――そこまでだ、神無月稀名」


 俺と壁に埋まった二人を挟むように『門』が開き、そこから躍り出た人物がいた。


「誰だ――って、アデルバートさん!?」


 上半身裸の隆々とした体つきをした浅黒い大男――アデルバートさんが、父であるガルムさんを守るように立ちはだかった。

 今回、武器は持っていないようだ。


 鳥籠が出現したときに、空を飛ぶクーファの上から自ら身を投げたはずだ。

 あの高さから落ちて生きていたのか。


「少しの辛抱だ」


 言いながら深く息を吸ったアデルバートさんは、「ぬあああっ!」まるでサンドバッグをそうするように壁になっていた黒い鱗へ掌底をたたき込んだ。


 掌底を受けた黒鱗は、砕けなかったものの固定していた地面ごと持ち上がってひっくり返る。

 川に向かって。


「うおおおっ!?」


 飛沫を上げて、黒い鱗は拘束していた二人ごと、川へ落ちて沈んだ。


「なっ!?」


 拘束している鱗もツルも重い。

 二人は川に落ちたまま浮かび上がってこない。おそらく水中で吐かれたであろう息が、泡沫ほうまつとなって浮上してくるのみだ。


「どうする? 魔法を解かねば二人はおぼれ死ぬぞ」


 アデルバートさんは平然と言ってのける。


 なんて奴だ。

 俺が魔法の拘束を解除するとわかっていてやりやがった。


「そうか、不動たちに俺たちが来ると情報を提供したのはあんたか」


 魔法を解くと、ガルムさんとヘルムートさんはすぐに岸から上がってきた。


「アデルバート、王都と連絡はついたのか?」


 せき込みながらガルムさんは言う。


「親父、話はあとだ。ここは撤退して態勢を立て直せ」

「お前とオレならば敵を討ち果たせる!」


 闘志を燃やすガルムさんをアデルバートさんは手で制した。


「勇者殿がやられたんだ。いったん退け。ここは俺が食い止める」

「しかし!」

「勇者殿を……希望を失わせるな。彼は俺たちの希望なんだ」

「…………!」


 ガルムさんは渋い顔で、気を失っている不動を抱え上げた。


「生きろよ、アデルバート。生きて再び盃を飲みかわそう」

「ああ」


 ガルムさんはアデルバートさんと頷き合うと、不動を抱えたまま川に飛び込み、向こう岸まで渡っていく。


「…………」


 ヘルムートさんは俺たちを一瞥すると、ガルムさんを追って川に飛び込んだ。


 二人が川の向こう岸に行ったのを確認して、俺は溜息交じりに肩をすくめた。


「いやいや美しい親子愛ですね、とでも言っておきましょうか。こっちとしては本当、次から次へといろんなことが起こって迷惑千万だ。茶番もいい加減にしてほしい」


 すごく本心なんだけれども、セリフが悪役っぽくなった。


「ちなみに『スプリガン』のティーロさんに精霊兵器のレシピを渡したのはあなたですか?」

「そうだが、そんなこと今となってはどうでもいいことだ」

「それもそうか……もっともらしいことを言ってあの人たちを撤退させて、どういうつもりです? 全員でかかれば勝てたかもしれないのに」


 挑発しながら、すぐにでも飛びかかりそうな黒竜としゅわちゃんを目で制す。


 倒しちゃだめだ。

 せっかく釣れたんだからもう少し泳がせないと。


「町を襲っていたバディたちを倒して回っていたのはお前たちだな?」

「だったらどうだっていうんです」

「お互い邪魔で、お互いコソコソ動かれて迷惑している。お互い手っ取り早く後顧の憂いを絶ちたいところだろう?」

「それもそうですが……」


 アデルバートさんもここで争う気はない様子だ。


言霊コトダマは、王都に封じてある。場所は王城の地下だ」

「!」

「王都で待つ。決着はそこでつける」


 アデルバートさんはそう言ったきり、霊符を使い『門』を開けて去っていった。


「……罠だろうか?」


 と隊長さんは言う。


「でしょうけど、こちらとしても望むところです」


 それに、嘘を言っているようにも見えなかった。


「見て稀名、空が……」


 チェルトが俺の服を引っ張って言う。俺もレルミットも、空を仰いだ。


 うっすら見えていた鳥籠は、ついに見えなくなっていた。


「空が完全にハゲたね!」

「だから言い方! ていうかこれが普通の空だからね」


 みんながやってくれたのだ。

 コントロールの補助に使っていた魔力がなくなり、見る限りだと鳥籠は消滅した。


 今まで国を守っていた方の結界もなくなったのだろうか?

 見えないのでそこまではわからないが、本体はまだ破壊されていない。言霊をを開放して初めて、結界を完全に消失させることができる。


「急いで皆と合流しよう。――次は、王都を攻める」


 これで名実ともに王都襲撃犯か、なんて思いながら、俺はまた溜息をつく。

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