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104 望まざる戦い

「こちらはきみに会える日を心待ちにしていたぞ!」


 ヘルムートさんはあぶみを踏み台に、ひらりと地上へ降り立った。


「って降りるんかい」


 騎士らしく馬に乗って戦わないんかい。


 よく見ると、持っている剣のリーチが前見た時より少し長くなっていた。

 馬に乗って戦うならリーチの長い武器を選ぶのは当然かもしれないけれど、すぐに降りたのが解せない。

 そして自信に満ちた顔。


「……お願いします、俺たちに社を壊させてください」

「断る!」

「あなたならわかってくれていたと思ったんですけどね……」


 彼は、王都に俺の無実を進言しに行ってくれていたのではなかったのか。


「どの口が言う!」


 と口を挟んだのはウィズヘーゼルをかつて守っていた騎士ガルムさんだ。


「本当にお前たちは何がしたい!? オレに社の位置を教えたことといい、国幸くにゆき殿に聞けば今までその社を守っていたと言い、今度はそれを壊しに来た」


 ガルムさんの怒りは、俺がウィズヘーゼルを壊滅させた頃から鎮まってはいない。衰えてさえいない。

 俺たちに一番振り回されているであろう彼にとっては、それも当然か。


「俺が殺そう」


 と黒竜が前に出る。

 黒竜に任せると本当に殺しそうだな。


「黒竜は、俺たちを狙ってどこからか飛んでくる矢を防いでくれ。たぶん集中力が途切れた瞬間や戦闘中の隙を狙っての一撃必殺が来る」

「ふむ? そんなものがあるのか。よかろう」


 ガルムさんがいるということは、どこかに絶対弓兵のソローさんが隠れて援護に回っているはずだ。


 見えづらい場所からの狙撃が絶対に来る。


「我々がきみを止めるか、きみが我々を止めて押し切るか、二つに一つだ。無論、結界は壊させないがね」

「くっ……」


 一歩も引かないヘルムートさんたちと相対しながら、俺は小太刀を召喚して三人に向け風を吹かせた。

 気付かれないようなるべくそよ風で。


 説得はやはり時間がかかる。ヘルムートさんたちには悪いけど、目的のために迅速にいかせてもらう。

 このやっかいな人たちは、眠らせて終わりだ。


「…………!?」


 しかし、妙だ。

 風はたしかに当たっているはずなのに、誰も一向に眠ろうとしない。


 赤い剣を抜いた不動は当たり前だとしても、ガルムさんやヘルムートさんまで眠らないのは妙だ。


「風が効かない……!? 確かに当てているはずなのに」

「もう終わりか?」


 なんて微笑するガルムさんは、なぜか甲冑を脱いで裸になっていた。


「!?」


 いつの間に。

 見たくない。

 けど間違いない。この人甲冑脱ぎやがった。戦闘が始まっているのに! なんで!?

 鎖帷子の腰巻で、どうにか最後の砦は守れている。それだけは安心した。


「やはり眠気よりもオレの開放感のほうが勝っていたようだな」

「……開放感で眠気を吹き飛ばしたの!?」


 目の前の状況に理解が追い付かないまま、ガルムさんは真面目な顔でとうとうと語る。


「オレは甘かった。脱がない状態でウィズヘーゼルを守ろうなどと、おごっていた。結果がこのざまだ。この動乱が終われば、オレは責任を取らされて騎士の座を降りることになるだろう。オレは失うものはほとんどなくしてしまった……」

「感慨にふけっているところすいませんがちょっと待ってください。なにこれ。そんなんで眠気って吹き飛ばせるの?」


 ナルコレプシー並みに抗いがたい力だと思ってたのに。


 ……本当に?


 え?


 このひとの開放感がすごいだけだよね? そうだよね?

 開放感がすごいってなんだろう。不思議。


 そもそも俺のこの剣も勇者の力なわけだし、そうそう破れないはずだよね?


「すべてを捨て去る用意は、すでにできている! これはその覚悟だ!」

「服は捨て去らない方がいいと思うな! 鎧も!」


 叫んで、俺はハッと気が付いた。


「まさか……ヘルムートさん……」


 俺が震える声で言うと、ヘルムートさんはにやりと笑った。


「やはり君は冴えているな。そうだ、私も君対策は万全なのだよ。きみの風で眠らされないように私は――」


 ヘルムートさんは剣をその場に刺すと、おもむろに鎧を脱ぎ始める。あんたもか。


 重そうなフルプレートががしゃんがしゃんと音を立てて地面に落ちる。


 すべて脱いだヘルムートさんは、上着の上から全身を亀甲縛りで拘束していた。


 ――ぜぜっぜ全身を亀甲縛りで拘束していたああああああ!


「自らを極限まで縛り上げ、痛みで眠気を塗り替えているのだ!」

「うわああああああ!」


 なんでじゃあああ!


「雷侯でさえ漫画の主人公みたいに自分の足傷つけて痛みで眠気を遮ったのにあんたたちはー!」


 戦慄。


 それはもう戦慄というほかない。


 しかもボンレスハムみたいに肉が膨れるほどきつく縛っている。


「私だって痛みに耐えているのだ! 見てわからないか!」

「痛みっていうより快楽だろそれ!」

「嫁の腕は確かだ」

「だから快楽だろそれ! もうやだこの人の発想!」


 しかも嫁に縛ってもらったということはスミラスクからウィズヘーゼルまでの旅路をその恰好で踏破したことになる。馬に乗りながら。

 妻もウィズヘーゼルまで連れて行き現地で縛ってもらったのだろうか。いや、そんな緩いプレイをこの人がやるわけがない。


 恐怖で膝が笑いだした。


 教団の本部で雷侯と相対したときのようなどうしようもない絶望感が押し寄せる。


 膝をついて「もうやめてください」と叫びたい。戦うにしてももっとこう、なんかあるだろう。何が悲しくて亀甲縛りの男とほぼ全裸の男を相手にしなきゃいけないんだ。しかも今は戦闘中だ。視線を外したら手痛い一撃をくらうこと請け合いだろう。本当は見たくないのに見なければいけない。こんな地獄あるか。


 この人たちの心の強さはハンパなかった。正直舐めてた。

 吸引力の強い掃除機が戦意を容赦なく吸い込んでいくみたいに、俺の心が負け始めているのがわかった。


 もうやだこのまじめにふまじめな人たち。


「では行くぞ!」

「その姿ではやめて!」


 ガルムさんはその巨体に似合わない突進力でまっすぐ向かってきた。


 同時に、ヘルムートさんも動く。


 ヘルムートさんは雑草を切り付けるように足元へ向けて剣を振るう。

 そこには何もない。

 草が巻き上がっただけだ。ていうかこんな時に草刈ってどうするんだ。


 しかしヘルムートさんは迷いなくその意味のない行動をして、こちらへ回り込んでくる。


 それでいて不動は後衛で剣を出したまま動かない。


 もはやわけがわからん。


 あれか、俺たちを混乱させて、まず心を折る作戦か。

 だったら作戦は大成功だよ。この上なく大成功だよ。


「私あの人たちやだ」


 チェルトは一歩下がって脱力した。

 俺もやだよ。

 逃げたいよ。


「しゅわっ(ゆくぞ、マスターよ)」

「あ、ああ、わかった!」


 そよ風で済ませようとしたのがいけなかったのかもしれない。

 風量を増やしてみよう。


 俺は風を二人に吹かせながら、平然そうなしゅわちゃんと連携して前に出る。


 風はまっすぐ二人に当たろうとするが、二人はとっさにステップを踏んで直撃を避けた。


 って、嘘だろ。


 信じられない光景だ。


 足の運びだけで器用に風の軌道から体をそらし、直撃を回避したのだ。


「か、風を避けてる!?」


 ――そうか、ヘルムートさんが剣で切り舞い上げた雑草で、風の軌道を読んでいるのか!


 俺たちと対峙しながら、素早い動きでそれをやってのけている。そしてそれを実行に移せているのがすごい。

 馬に降りたのはそのためか。


 それでも完全に避けることはできないはずだが、かろうじて身体にかかる分は性癖で打ち消している。

 ……ということで納得できないけど無理やり納得するしかない。


 突然、まばゆい稲光が迸った。


「しゅわ(まず一人……)」


 稲光と共にガルムさんの隣りに一瞬で現れたしゅわちゃんは、ガルムさんの首筋をつかんで電流を流していた。

 ガルムさんは体中から湯気を出しながら重い体を横たわらせた。ズゥンという象でも倒れたみたいな音がする。

 速い。そして容赦ない。一瞬の出来事だった。


「うおおおお!」


 俺はヘルムートさんの剣をどうにか受け止める。

 剣戟が響く。


「ぐっ、重っ」


 体重を乗せた一撃は、俺の腕に芯から響く。

 どこからか、俺を狙って矢が三本放たれていた。それを黒竜が防ぎ、そうこうしているうちに、ヘルムートさんは囲まれる前にその場から離れる。


「あるじよ、射手の位置が特定できたが」

「無力化して来てくれ。殺さなくていいよ」

「お優しいことだ」


 黒竜は竜の姿に変じると、咆哮を上げながら川の向こうへと突進していく。


 俺はなおも風を吹かせる。

 相手は、風は効かないけれど雑草で風の軌道を読んでいる。これは保険だ。どれだけ直撃を受けきれるかわからないから、できるだけ避ける考えなのだ。

 何度も当てていれば、さすがに倒れるはずだ。


「なかなかやるようだ。この短い期間で急激に成長しているな!」


 距離を取ったヘルムートさんは、息を整えながら俺のことを讃えた。


 いいから鎧つけてくれ……!

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