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103 奇襲作戦-そして一番会いたくないと思われる人たち-

 朝――太陽が昇り始めた早朝、俺たちは支度を済ませて部屋に集まっていた。


「準備はいい?」


 俺が訊くと、みんなそれぞれうなずいてくれる。


 一拍遅れて、レルミットとクーファは揃ってあくびで返した。呑気か。


「手筈通りに、霊符で移動し次第、各自で破壊工作を始めるよ。東は俺、南はウル、西はネミッサ、北はクーファがそれぞれ担当する。霊符での移動先は目的地からやや離れた地点。回収場所も同じだ。敵に連携を取られる前に一気に破壊し、離脱ポイントまで戻ってくる。あとはネミッサに回収してもらって、次の行動が決まるまでどこかに身を隠す」


 北には道案内としてバンナッハが同行することになった。

 隊長さんとレルミットは、いざとなったら『黒妖鱗アウフホッカー』の鉄の鱗で守れるので、俺と一緒に行動してもらう。


「『門』の準備できましたー」


 ネミッサが霊符を使って、四か所の『門』を開けてくれる。


「よし、じゃあさっそく出発――」


 言おうとしたところで、勢いよく部屋のドアが開かれた。


 憤怒の形相で立っていたのは、アシュリーだった。


「アシュリー!?」


 メイドさんとクローディアの制止を振り切り、ずんずん部屋の中に入ってくる。


 手には、俺の手配書が握られていた。


「神無月稀名! 王都襲撃の凶悪犯……!」


 アシュリーは静かな怒りを表情にはらませてつぶやいた。


 結局俺の正体を言いそびれたので、朝にこっそりアシュリーの机の上に俺の手配書を置いておいたのだ。

 俺たちが行く前に起きて手配書を見てしまったらしい。


「なんだ、結局話したのか?」


 と隊長さんに言われる。


「朝に弱いって話だったからこっそり置いて出ていこうと思ってたのに」


 ばしんと音がしたと思ったらアシュリーが手配書を床にたたきつけた音だった。


「稀名! きみは本当に大馬鹿者だ!」


 詰め寄ってきたアシュリーに、両手で胸倉をつかまれる。これは、殴られるのもやむなしか。


 これから俺たちが何をやるか、アシュリーには伝えてある。それに加えて今朝置いておいた手配書である。怒るのも仕方がないことだ。


「だからなんでさっさと勝手に行こうとするんだ! 別れの挨拶くらいさせてって言っただろ!」


 アシュリーは柳眉を逆立てながらこちらを睨んだ。

 ……少し怒りの矛先がおかしくないか?


「そうやって黙って行って、もう二度と僕らに会いに来ないつもりか?」

「会いにって、え?」

「また遊びにこないと許さない!」

「あ、あそびに……?」


 殴られ騎士の前にでも突き出されるのかと思ったけれど、アシュリーは手配書の罪状について追及することはなかった。


「僕らはいったんここから避難はするけど、鳥籠が消えて平和が戻れば、いずれこの町に帰ってくる。だから、その時は絶対に遊びに来てほしい」


 力なく俺の胸倉をつかみながら言うアシュリー。

 うんざり気味ではあったものの怒りは収まってきているようだ。


「怒ってたのは俺たちが挨拶もなしに行こうとしたから?」

「それ以外になにがあるんだ? きみが指名手配されてるとか、そんなの今更どうだっていいんだよ」

「アシュリーの立場からしたら結構重要な気がするけど」

「ぜんぜん重要じゃない」


 そうだろうか?


「たぶんきみたちがこれからやることは、誰もわかってくれないだろうし、感謝も称賛もされないだろう」

「承知の上だよ」

「……でも、ほかの誰も信じなくても、僕たちだけはきみたちを信じてる。きみたちのやることを信じてる。だから」


 ここでアシュリーはようやく胸倉から手を離した。


「だから、絶対また来てよ」

「……ありがとうアシュリー。またみんなで遊びに行くよ」

「歓迎の準備はしておくから」


 お互い、はにかみながら顔を見合わせて笑い合い、拳を合わせた。

 とたんに、今までのアシュリーと過ごした期間が感慨深く感じられてくる。


 親友っていうのを持つと、こんな感じになるのだろうか。わからないけれど、きっとまた遊びに行こう。


「ウルちゃんも、またお話ししようね」

「はい、クローディアさん」


 クローディアも涙ぐみながらウルとハグをしていた。

 だが男だと思うと光の速さでウルから引きはがしたくなるけど、そこはまあ大目に見よう。


 アシュリーとクローディアに見送られながら、改めて俺たちはネミッサの作った『門』をくぐった。




 俺と隊長さんとレルミット、そしてチェルトたちは、門を通ってネミッサの住んでいた家の近くに到着する。


 相変わらずここは木々が密集し、鬱蒼と茂っている。

 葉のにおいと土のにおいが混ざり合って、俺とチェルトにとってはすこぶる心地のいい空間だった。


「位置はだいたいわかっているし、さっさとやっちゃおう」

「楽勝ね」「うむ」「しゅわっ」


 チェルトたちは口々に頷いた。


「隊長さんたちも周囲を警戒していてください。熊とか出るので」

「ああ、了解し」「まっかせてよ!」


 隊長さんの声に被せるようにしてレルミットが敬礼みたいなポーズをとる。隊長さんが渋面を作った。



 一つ目の社に近づいていくと、ウィズヘーゼルの兵士が見回りしているのを見つけた。


 騎士のガルムさんには、社の位置を教えている。どうやらしっかりと管理しているみたいだ。

 おまけにウィズヘーゼルの町はもう破壊されているので、バディがやってくる危険も少ない。社の護衛と研究にある程度人員を当てられているらしい。


 小太刀の風で見回りの兵士を眠らせて、社に近づく。


 社の周りには周囲の風景と同化して見えなくさせる魔法が施されている。


 俺たちはネミッサにもらった霊符でその魔法を無効化した。


 黒い鱗で難なく社を潰すと、大きな音が響く。


「よし、兵たちに勘付かれる前に残りもさっさとやっちゃおう」


 俺たちは見回りを眠らせながら、次々に社を破壊していく。


 周囲に教団の雷侯派はいなかった。


「私たちの出番はないねえ」


 レルミットがつまらなそうにつぶやいた。


「ほかの場所は順調にいってるかしら」


 チェルトの質問に、


「大丈夫だとは思うけど……」


 俺は答える。


 ほかの場所はおそらく誰にもバレていないはずだ。

 西側と北側に至っては近くの都市はすでに壊滅している。騎士が守っている心配もない。

 きっとこちらよりは滞りなく破壊できるだろう。


「こちらも急ごう」


 同じようにして、森の中の社四つは全て破壊できた。


 残る社は、あとひとつだけだ。


 俺たちは森を抜けてクェルセン川に近づく。

 クェルセン川には、最後の社がある。


「あとは、この川の底に隠された社だけだ」


 俺が霊符を構え、黒竜が鱗で作った大剣を担いだところで――


「待てい!」


 聞き覚えのある怒号が響いた。


「あ、あなたたちは……!」


 声のする方を振り返ると、川沿いにたたずむ三人の影が伸びている。


「なぜまた来た……? お前たちはいったい何がしたい?」


 その一人、ウィズヘーゼルの騎士ガルムさんが、巨大な体躯を怒りに震えさせていた。

 拳を力強く握ったのか、腕につけているガントレットが少し傾く。


あいつ・・・の言っていたことは本当だったみてえだな」


 そのもう一人、赤い大剣を背中の革製鞘に収めた不動ふどうが、腕を組みながら不敵に笑う。


「あいつ?」


 あいつって誰だ?


「いや、それよりも、なんであなたが……!?」


 俺は目を見開きながら、残りの一人――馬に乗っている鎧姿の人物へと視線を向けた。


「久しぶりだな、稀名君」


 長めの茶髪をなびかせながら、スミラスクの騎士ヘルムートさんは、凛として馬の手綱を握っていた。


「ヘルムートさんがどうしてここに……!?」


 なぜこんな場所で、こんな時に、こんな人物たちと一緒に俺と対峙しているんだ。

 彼は味方のはずだ。少なくとも俺たちと別れたときは、味方だったはずだ。それがどうして。


「もうこれ以上、きみたちの好きにさせるわけにはいかないからね。スミラスクを我が私兵団『スプリガン』たちに任せ、応援に駆け付けたわけだ」

「……しゅわしゅわ?(こいつらは手ごわいのか? そうは見えんが)」


 俺の浮かない顔をみてとって、しゅわちゃんが悠然としながら尋ねる。


「いろいろな意味で手ごわいっていうか、まず間違いなく一番出会いたくない人たちだよ。しかも雁首そろえて集結だよ!」


 仁王立ちする豪傑三人。しかも全員護衛の兵士なしという大冒険。

 もうこの時点で普通ではない。

 こういうのって兵たちを引き連れて待ち構えているもんじゃないのか。その余裕はどこから来るんだ。考えがまったく読めない。


「はっはっはっ、会いたくないとはこの上なく心外だな!」


 ヘルムートさんは笑いながら、しかし瞳は真剣そのもので、腰に差していた剣を勢いよく抜いた。

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