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101 帰りはあえて遠回り

「……稀名さん、聞いてもいいですか?」


 ネミッサは横になる俺の隣りに腰を下ろしながら、静かに尋ねた。


「ん?」

「あの、なんで稀名さんはここまでよくしてくれるんですか?」

「というと?」

「鳥籠を破るだけならともかく、人工精霊――バディのことはこの国の問題じゃないですか。今までのバディ退治のこともそうでしたけど、この国と直接の関係がない稀名さんにとっては、あまりやるメリットはないのでは……」

「この前の黒竜の言葉を気にしてる? 俺たちは何も間違ったことはしてないと思うけど」

「でもよく考えたら、稀名さんが私に手伝ってくれるメリットってないんじゃないかって」

「メリットならあるよ」


 横になる俺は、空を眺めながら言う。


「ネミッサが安心してくれる」

「……え?」


 俺がやらなくても、正義感の強いネミッサなら一人でもバディを撃退しに回るだろう。

 たとえ犯罪者だと人から蔑まれても、彼女ならやっただろう。


 理由を挙げようと思えばいくつか思い付きはする。

 ただ少しでもネミッサの手助けになるなら、そういう思いがあって彼女のバディ退治の提案に乗ったのだ。


「いや、ネミッサ一人だと俺が心配ってことか」

「そういう言い方はずるいですよ、もう……」

「あと、無関係ってわけじゃないよ。いろいろお世話になった人たちもいるし、雷侯の思惑通りに事が運ぶのはなんか納得いかないってのもあるし、いろいろあるよ」

「なんていうか、稀名さんらしいですね」


 ネミッサの笑う声が聞こえた。それから消え入りそうな小さな声で、


「私も、迷っている場合じゃないな……」


 自分に言い聞かせるように呟いた。


「ネミッサ? 何か悩んでることでもあるの?」

「そうでもないんですが……その、私、鳥籠のこと、わかった気がするんです。まだ憶測でしかないんですが……聞いてもらえますか?」


 意を決したように張り詰めるネミッサの声。


 俺は緩めた表情を引き締めて、上体を起こした。


「ちょうどよかった。俺も鳥籠について報告があったんだ」


 言ってから、町へは遠回りして帰ってもらうようにクーファに伝えた。




 俺はアシュリーと一緒に見た夢のことを話した。


 はじめこそウル以外には怪訝な顔をされたけれど、次第にまじまじと俺の話を聞いてくれるようになった。


「あの鳥籠が精霊兵器だというのは、私も同じ意見です。私もそう言おうと思ってましたから」


 とネミッサは言った。魔法師の彼女が保障してくれるのなら一気に信憑性が高くなった。


「でも……」

「でも?」

「精霊兵器の力は、兵器になっている精霊の魔力に依存はしますが、使えるかどうかは持ち主の素質にもよります。人間一人の魔力制御で、これだけの範囲のものを維持するのは、ちょっと難しいのではないでしょうか」

「たしかに精霊兵器は、融合具合や使う人によって効果はまちまちみたいだけど……」

「それを補うには、どこかで何かしら補助してくれるものが必要になってきます。たとえば、魔力が強い土地の魔力を借りるとかして」

「たしかにそうだな。……ってそれさ、この国の結界を維持する社みたいなのが結局必要ってこと?」


 そこまで言って、俺はある疑問に気付いた。


 だとしたら、結界も、鳥籠と同じようなシステムで成り立っているのだろうか?


「ええ、ですね。でもそんなものは、私がここ最近探した限りだと見つかってはいません。……結界の社を除いては」


 ネミッサは俺の口には出さない疑問を察して頷いた。じつに明瞭に、潔く、確信を持っているように。


「ちょっと待って。それは、もしかして……」

「はい。鳥籠は、たぶん結界が変化したものでしょう」

「…………!」


 そうだ。そう考えた方が、いろいろとつじつまが合うのだ。


 ――結界ガバガバすぎない? と言っていたレルミットの言葉が浮かぶ。


 魔法師の魔法は場所や条件によって効果はまちまち、魔力の高いものは直接なら境界線上を通り抜けられる……今までの結界は、結界としての機能をうまく発揮できていなかったんじゃないか。そして今の状態こそが、十分に効果を発揮できる状態なのではないか。


「でも結界は何百年も前からあるんだろ? 精霊兵器の所持者はさすがに死んでるはずじゃ……」

「『しゅの盟約』を行うときに術者の持ち物が必要なだけで、使う人や所有権は普通に変えられるはずですよ」


 たしかに羊皮紙には所有権については何も書かれていない。

 確認のために精霊兵器化したパトリックをネミッサに渡したら、普通に使うことができた。


「……だったら、不完全だった結界が完全な状態になったのが今の鳥籠ってこと?」

「そういうことです。そして、鳥籠はどうすれば破れるかも、もはや瞭然でしょう」

「ネミッサ、でもそれは……」


 ネミッサはずっと、ウィズヘーゼルで結界を守るために孤独にがんばってきたのだ。

 壊れる寸前の結界を一人で修復してきた彼女にとっては、その選択は酷だろう。


「どこかからか『魔族』がやってきて、町を襲う。それを防いでくれるのが、私にとっての結界でした。魔族がいないとわかってしまった時点で、存在意義なんてなくしてしまったようなものです」

「ネミッサ……」

「ほんとうは鳥籠が出た時から、なんとなく気付いてはいたんです。……覚悟を決めるための時間はいっぱいありました」


 俺は何か言おうとしたが、かける言葉が見つからなかった。

 ネミッサは笑顔を作っていた。重い覚悟を背負った笑顔だ。


「――私は、今まで積み上げてきた二年間の努力を、これからの未来のために無駄にします」

「…………」

「鳥籠を――結界を破壊しましょう」

「ネミッサはそれでいいの?」

「精霊を閉じ込めて強大な力を使おうなんて、そんなのは欺瞞です。魔法師は、言霊が昔捕まったせいで力を発揮できずに衰退していったんでしょうし……破壊したほうが、この国やそれ以外の国のためにもなります」


 結界を安定化させている魔力源――社を破壊すれば、鳥籠の力は弱まる。

 そうすれば鳥籠の外にいる教団と合流できるかもしれない。精霊兵器本体を探し出して破壊し、言霊を開放する効率も上がる。


 でも、ずっと守ってきた社を今度は壊すなんて、皮肉でしかないなあ。


「歴史に名を残すレベルの不名誉な役割になりそうだけど」

「もう私も稀名さんもそのへんは今更だと思いますよ」


 ネミッサは笑いながら答えた。

 ウルは俺の方をまっすぐ見て、目が合うとうなずいてくれる。チェルトも同じだ。


「稀名さん、お願いします、作戦を立ててください。稀名さんの考えなら、うまくいく気がします」

「……わかった」


 俺は首肯した。

 頭の中で、今までの情報をまとめていく。今後やるべき作戦は、まだまとまらない。


「空を這う鳥籠は精霊兵器だ。使われているのは『言霊』という精霊。そしてその鳥籠はこの国を守っていた結界が変化したもの。……精霊兵器の本体の場所はまだわからない。だから手始めに、東西南北四つの地域にあるやしろを襲って敵の出方を見る。詳しい方法は、もう少し待って」

「はいっ」


 ネミッサが弾む声でうなずいた。

 

「どんな命令でも、私はやります」

「わ、私だって!」


 ウルが言って、チェルトもそれに続いた。


 クーファはそんな俺たちを一瞥すると、


「――やはりおもしろいの、おぬしたちは」


 くつくつと笑いをこらえていた。


「……帰ってこの町を出ていく準備をしよう。今日中に考えをまとめる」


 国を守る結界の破壊なんて、また新たに罪状が加わるのかと思うと憂鬱だが、今更だなと思い直す。


 町が見えてくると、クーファは騒ぎにならないよう離れた位置を低空でゆっくりと下降していった。

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