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100 『彼方よりの穿孔』

「ついにこの町にもやってきたか……」

「魔族――いや、バディがこれをやったのか?」


 アシュリーが腰に差した二本の剣を抜いた。

 しかしあたりを注意深く見回しても、バディの姿はどこにもない。


 民家に突き刺さった巨大な杭。

 杭が動く気配はなく、それ自体がバディということはなさそうだ。


「稀名さん!」「ご主人様っ」「今の地響きはどうしたことだ?」


 ネミッサとウルと隊長さんが慌てたように屋敷から出てくる。なんか足りない。


「レルミットは?」

「寝てて起きないから置いてきました……」


 ネミッサは言いづらそうに答えた。さすがだ。


「見ておったんじゃが」


 屋敷の屋根の上にいたクーファは、地上に降りてきて言った。


「突然杭が突き刺さったのじゃ。一瞬じゃったぞ」

「バディらしき姿は?」

「どこにもおらん」


 突然の巨大な杭の来訪に、町は混乱していた。ところどころでパニックの声や悲鳴が上がっている。


 ドガァッ!


「ぬおおおっ!?」


 また轟音と地響きが響いたと思うと、巨大な杭がもう一本町に突き刺さった。


「杭が飛んできて刺さった!? どこに……どこにバディはいるんだ!?」


 アシュリーもどう動いていいかわからず、


「上――ずっと上にいるのか!?」


 二本の剣を握ったまま空を探している。


 だが空には不審な影は見当たらない。太陽と雲と、鳥籠があるのみだ。


「いや、鳥籠があるから、こちらが認識できないくらい上空には位置取りできないんじゃないかな」

「じゃあどこに?」

「そうだな……たぶんだけど」


 あくまで推測ではあるけれど。


 斜めになった杭の角度……見えない敵……着弾間隔……。


 それらを考慮すると、答えは、おそらく一つだ。


「超長距離から、杭でこの町を狙撃しているんだと思う」


 俺は数キロ先に見える山々を指さす。


「あのへんの高いところから、クロスボウで的を穿つようにしてね」


 姿が見えないのは、最初からそこにいないからだ。


「そんなことができるのか!?」


 隊長さんが驚いたように声を荒げる。


「透明になれる敵が近くにいるんじゃないのか!?」

「透明になれる能力の可能性は低いと思います」

「なぜそう思う?」

「杭はやや斜めに深々と突き刺さっています。もし敵が透明になれて直接杭を刺しているのだとしたら、もっとまっすぐ杭は刺さるはずだし、刺すためにはとてつもない力も必要なはず。だったらそのとてつもない力そのもので町を破壊した方がたやすい」


 それをしないのは、町を破壊する機能よりも、杭を発射する機能の方が優れているからだろう。遠くからでも正確な射撃ができるくらいに。


「……敵は超高性能なバリスタみたいなものと考えるとわかりやすいかもしれません。かなり距離はありますが、山を利用した高低差なら飛距離を伸ばすことができるし、発射角や弾道を調整すればうまいこと刺さるように届く……と思います」


 突き刺さった杭の角度から、山の連なる方面から来ていることがわかる。突き刺さった二本とも同じような角度だ。


「なるほどな」

「敵は、こちらの攻撃の届かない安全な位置から、確実に町を破壊しようとしています」


 耳を澄ますと、ジェット機が風を切るような音が聞こえてくる。


「――気を付けて! 第三射がきます!」


 言うが早いか、また轟音と地響き。

 からくりがわかったからか、少しは目視で確認できた。やや遠くの位置に、巨大な三本目の杭が突き刺さっている。


「『門』を使って移動しますか?」


 ネミッサが霊符を構えるが、俺は首を振った。


「いや、具体的な位置がまだはっきりしない。それに、地上からだとあの杭が町を攻撃し続ける。ここは空から、杭をはじきつつ接近する」


 それに、空からならバディを探しやすいだろう。

 ネミッサは愕然としたような顔になる。


「そ、そんなことできるんですか?」

「ウルと黒竜に防御は任せる。クーファ、また乗せて行ってくれる?」


 ウルと黒竜は頷き、クーファは「しかたないの」言いながら、白竜の姿へと戻った。


「ネミッサ、敵のはっきりした位置がわかったら『門』による奇襲を頼む」

「はいっ。それくらいなら、わたしにも」

「相手が長距離から攻撃するのは、逆に考えれば近距離での攻撃を苦手としているか、近づかれた時の対処方法を持っていないってことだ。近づければ、たぶん問題なく倒せる」


 俺とウルとネミッサは、クーファの背中に上がりこむ。


「稀名、僕も!」

「だめだ! アシュリーはこの町の人たちを避難させるんだ!」

「でも――」

「騎士になりたいんじゃないのか。だったら、まずやらなきゃいけないことがあるだろ!」


 俺が声を張り上げると、アシュリーは立ち止まったまま目を見開いた。


「バディは俺たちが必ずやる。アシュリーと隊長さんは、住民の被害をできるだけ抑えるために動いてくれ。それが一番いい役割分担だと、俺は思うんだ」

「……わかったよ」


 アシュリーは表情をやわらげて頷いた。


「わかったけど、絶対に生きて帰って来てよ」

「そっちこそ。怪我しないようにね」


 お互い笑い合ったのと同時、クーファは空へと舞い上がった。町がみるみる小さくなっていく。


『夜を共にしてからさらに仲良くなったわね』


 男の友情だよ。

 心の中で不機嫌そうなチェルトにそう返してから、俺は山の方を見やった。

 クーファは山に向けて飛翔する。

 しかし山に向かって進んですぐに――


「――四発目じゃ!」


 突如クーファが大きく旋回する。


 俺たちは落とされないように必死にクーファの背中にしがみつく。

 巨大な杭が、猛スピードでこちらに迫りながら、朝日に反射して光ったのが見えた。


 ――と、いきなり杭は何もないところで、なにかにぶつかったように跳ね返った。


 ちょうど旋回する前にクーファのいた位置だ。


「……おお、さすがウル!」


 何が起こったかはすぐにわかった。


 ウルが魔法で、杭が飛来する軌道上の空間を固めたのだ。新しくウルの使い魔になったバルジーノの魔法だった。

 例によって、アデルバートさんが使っていた時より範囲が広がっている。

 そういうわけで、さすがウルとしか言いようがないのだった。


「おそれいります」


 ウルの手枷の周りに浮かんでいた魔法陣が消えると同時に、失速した杭が地上へ落ちていく。


「フン、俺の出る幕はなかったな」

「――出てくるでないわ。重いのじゃ。重すぎて振り落とさざるを得ないのじゃ。一生出る幕なくてもいいのじゃ」

「…………あるじよ」


 防御するために人間モードで出てきてくれて早々、黒竜はクーファになじられて俺に助けを求めた。仕方ないから黒竜の側につく。


「クーファの飛行はこれだけの人数乗ったくらいで支障が出る程度の貧弱さなの?」

「――そんなわけなかろうが! あと百人は余裕じゃ!」


 クーファの飛行速度が見る間に上がった。


「そしてここが俺の出る幕だーッ!」


 いきなり黒竜は叫んで、クーファの背中を蹴って飛び出した。


 身の丈より大きな黒鱗の大剣を中空で振るうと、瞬間、杭を砕きながら弾き飛ばしていた。


 いつの間にか第五射が来ていたのだ。


 俺たちが反応できないタイミングで、黒竜だけが杭の到来を察知してくれた。


「黒竜ナイスだ!」

「うむ」


 落下する途中で黒竜が竜の姿に戻って、クーファと並行して飛ぶ。


 あっという間に、山が近づいてきた。さすがに速い。


「だんだん発射位置が絞れてきたな――あれか!?」

「見えました!」


 山の頂上付近だった。


 少し森林の禿げたところに、戦車に矢がくっついたような見た目の巨大な塊があった。


 巨大な杭を飛ばす機能だけを備えた発射台……それがコンスォを襲うバディの正体だ。今まで見てきた中でもかなり巨大な部類だった。


「ネミッサ、奴の注意をこっちに引き付けるから、その間に『門』での奇襲を!」

「はいっ」


 発射台型のバディは、ゆっくりと移動して発射位置を修正すると、巨大な杭をこちらに向けた。


「クーファ、止まって! 下がって!」

「――どうしたんじゃ!?」


 クーファが前進をやめホバリングする。


 バディが投射しようとしていた巨大な杭は、いつの間にか複数に分かれて針の束のようになっていた。


 ショットガンみたいに、分裂させた杭を放射状に飛ばすつもりだ!


「これ以上近づくとまずい! 俺たちを引き付けてから回避できない攻撃を仕掛けるつもりだ!」


 俺は『黒妖鱗アウフホッカー』と『森羅創生ロウダンデ』を同時に発動する。


 クーファの背中で、黒い鱗の塊がある形・・・へと増殖し、そこに樹木が絡まる。


「しゅわちゃん!」


 印の中で待機していたしゅわちゃんに叫ぶと、


『しゅわっ!(心得た)』


 数秒後、『黒妖鱗』で作ったものから轟音が轟いた。 


「――なんじゃ!? どこに被弾したのじゃ!?」

「ごめん、クーファ。俺の仕業だ」


 クーファの背中には、黒く長大な砲塔が取り付けられていた。


 黒竜の鱗の魔法『黒妖鱗』で二本の鉄製レールを作り、チェルトの『森羅創生ロウダンデ』の樹木でレール間を埋め、筒のようなものを形作った。


 しゅわちゃんがそこに電流を流して、電磁誘導で『黒妖鱗』の弾丸を撃ち出したのだ。


「背中にレールガン作っちゃった」

「――は!? れーるが……なんじゃ!?」


 発射した時の轟音と反動で、クーファを驚かせてしまった。


 とっさに作ったレールガンは、砲塔の樹木の部分がプラズマによって焼け焦げて煙を上げている。これじゃもう次弾は撃てまい。


 弾丸は分裂した杭の束に無事直撃し、針のような細い杭がばらばらと周囲に砕け散ったところだった。


「ネミッサ! 今のうちに!」

「行ってきます!」


 霊符を使って、ネミッサは空間に開けた穴の中に消えていく。


 そして間もなく、バディの周囲の地面が針状に隆起し、突き出した針によってバディは串刺しにされた。


 ネミッサとバンナッハがやってくれたのだ。


 新しい杭を作り出そうとしていたバディは身体中を穴だらけにし、沈黙して、やがて風化するようにバラバラと崩れた。


「ぶ、無事に倒せたか……」


 気が抜けた俺は深呼吸しながらクーファの背中に座り込んだ。


 空間に開いた『門』から、ネミッサが帰ってきた。


「なんとかなりましたね!」


 無傷で帰ってきたネミッサはわりと元気だった。


 手には、巨大なメイスのような鈍器が握られている。バンナッハとの『心枢霊轄』で変化したクォータースタッフだ。

 バンナッハの地面を隆起させる魔法を使って倒したらしい。


「いや、毎度毎度だけど、死ぬかと思ったよ」


 羽ばたくクーファの背中に寝転がる。風が気持ちいい。鳥籠と青空が視界に広がって、体全部飲み込まれそうな錯覚を覚える。きれいな空なのに、鳥籠の檻のせいで台無しだ。


「……あのですね、稀名さん」

「ん? どうしたの?」

「ええと」


 ネミッサは少しよそよそしく、指をもじもじさせていた。


 様子がおかしい。

 バディは倒せたというのに、表情を曇らせている。

 トイレだろうか。

 それはあれだろうか、質問して確かめてもいいものなのだろうか。


「何か言いにくいこと?」

「そうでもないんですが」


 違うのか。とりあえず俺は微笑して、ネミッサが何か言い出してくれるのを待った。

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