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99 決断力に全振りした鶏鳴狗盗の不思議な決断

 鳥の鳴く声で、俺は目が覚めた。

 朝だ。

 ゆっくりと目を開けると、朝日が部屋を照らしていた。


「もう朝か……」


 なんだか短い時間の出来事だったように感じられる。


 夢の内容はしっかり覚えている。ちゃんと起きたらみんなに伝えなければ。


 まどろみの中に身を置きながら、体にのしかかる何かがあることに気付いた。

 幽霊にでも取りつかれたかのように体が重い。


「重い……」


 目をこすりながら確認すると、アシュリーが布団と一緒に仰向けの俺に抱き着くようにのしかかっていた。


「アシュリー、寝相悪いな……」


 顎が首筋に当たってすこぶる鬱陶しい。


 俺はアシュリーの体を押しのけるようにしてどかした。


「……?」


 なにか、やわらかいものが手のひらに収まっているのに気付いた。


「なんだ、これ?」


 指先に力を込めると、少し指先がうずまりながら表面を滑っていく感触。


「ん……」


 アシュリーが切なそうに声を上げて身をよじった。

 拍子にアシュリーの肘が当たって、俺の手がそこから離れる。


「いや、待て。今のは……俺はどこを触っていたんだ!?」


 とたんに頭がすっきり覚醒した。


 曲げた両肘を正面に、アシュリーはまだ眠っている。すうすうと静かな寝息が聞こえてくる。

 俺はそのガードしたみたいになっている両肘をこじ開けた。


 そして胸を触った。


 ぷにぷにと。

 明らかに男のそれではない感触が指先を伝わる。

 ウルの胸を触った時があったがそれより小ぶりで弾力のある、しかし男の胸板と表現するには明らかに柔らかい何かがそこにあった。


「んっ、ん……」

「つ、ついてるだと……!?」


 はっきりと言ってしまえば女のおっぱいのようなものがアシュリーの胸についていた。


 ガードしようとするアシュリーの腕を片手で押さえながら、俺はもう片方の手で胸をまさぐる。

 間違いない。


 確認完了したところで、ガチャリと入り口のドアが開いた。


「アシュリー、朝だよー……。もう、相変わらず朝によわ――」


 クローディアが、部屋に入って来た。


 そして強張った表情で、俺を見た。

 ベッドの上でアシュリーの胸をもんでいる俺のことを。


「アシュリーになにするのおっ!」


 クローディアはベッドの上に乗り込んで、俺を取り押さえにかかった。


「いや、待って、誤解だ! いや、誤解でもないんだけど!」


 ふだん大人しい彼女にしては、取り乱していた。

 腕をつかまれる。クローディアは俺を取り押さえようとしているようだ。意外と力が強い。


「この変態!」

「だって何かついていちゃいけないものがついてて――」


 ベッドの上でお互い膝立ちのまま取っ組み合いのようになり、


「うーん……?」


 いまだに寝ぼけていたアシュリーの蹴りを、


「うげっ!」


 俺は背中に食らった。


「きゃあっ!?」


 押されるようにして、俺はクローディアの上に倒れ込む。

 変にバランスを崩したせいで、尻餅をついていたクローディアへ転がるようにのしかかる。


 つぶしてはいけないととっさに手を突こうとして、俺はクローディアの股間の位置に手をついてしまった。


 電流のようなショックが、俺の体を駆け巡った。


 スカート越しに伝わる、女性にはあるまじき感触がそこにはあった。


「こっちもついてる!?」

「いやあああっ」


 バシーンとやや理不尽な平手打ちを頬に受けたところで、


「なんだ!? 敵襲か!?」


 アシュリーはようやく、がばっと飛び起きた。


 なんだこの状況……こ、これも夢だと思いたい。


『殺すか?』


 黒竜の物騒な声が聞こえてくる。


 殺さなくていいけど、この状況の説明ができるならぜひ出てきてくれ。


『では二度寝しよう』


 黒竜の返事は是非もなかった。


「ど、どうしたの二人とも」


 目を丸くするアシュリー。

 おそらく目に入っているのは、涙をため赤面しながら自分の体を抱くクローディアと、膝立ちのまま固まる俺の姿だろう。


「どうしたもこうしたも……」

「ア、アシュリーの胸触ってた! 寝てる間に!」


 言い訳を口にしようとしたら、俺を指さすクローディアの悲痛な叫びが響いた。


「えっ」


 さっとアシュリーは青ざめる。それから自分の胸を押さえて、みるみる頬が赤く染まっていった。


「触ってたわね」

「しゅわしゅわ(触ってたな)」


 静かに顕現したチェルトとしゅわちゃんは、俺のフォローをすることなく援護射撃を敢行する。


 ――その時だった。


「気付いてしまいましたか……」


 開いたドアから、困ったような顔のコルドウェルさんが入ってきた。

 早くから仕事に出かけるのか、朝からスーツ姿で決めている。


「コ、コルドウェルさん!?」

「……ええ、そうです、どっちも存在してはいけないものがついている」


 彼の一言で、俺が寝ぼけていたときの幻覚というわずかな可能性が消失した。


「どういう……ことですか……!?」


 脱力していく体に抗うように、俺は声を絞り出した。


「昔話をしましょう」


 何劇場が始まるんだってくらいものものしい口調で、コルドウェルさんは話し始める。


「……ある日、その裕福な家には男の子と女の子がいました。その女の子はクローディア、男の子はアシュリーといい、二人はよく似た双子でした。クローディアは活発な子で、いつも男の子と遊んでばかり。髪を伸ばすのを嫌い、剣術や勉学に打ち込んでいきました。一方、アシュリーは大人しくしとやかな子で、女の子と遊んでばかりいました。髪を伸ばし口調も女の子のようになり、女の子のような恰好を好んでするようになりました」


 俺はアシュリーとクローディアを見たが、二人ともばつが悪そうに沈黙したまま動かない。


「男の子のように活発に育っていく娘、女の子のようにしとやかに育っていく息子。私は、どうにか性格を直そうと二人を説得するも、無理でした。娘を娘らしく、息子を息子らしく……やっきになって何度も更生させようとしましたが、ちっともうまくはいかない。悩んでお腹が痛くなって実務にも影響を与えてきたあるとき、私は閃きました」


 うつむきがちに話していたコルドウェルさんは、ここで誇らしげに顔を上げた。


「――『逆に考えるんだ。とっかえちゃえばいいさ』って」

「とんでもないことしたなおい!」

「苦渋の決断だったのです。アシュリーをクローディアに、クローディアをアシュリーに……我ながらよくやりました」


 つまりアシュリーの本当の名前はクローディアという女の子で、クローディアの本当の名前はアシュリーという男の子だったということだ。


「私はいずれクローディアを騎士にするつもりです。アシュリーには申し訳ないが、クローディアとしてクローディアの代わりに女の真似事をこのままずっとやっていってもらいたい」

「滅茶苦茶だこの人!」

「男は出世しなければ意味がないのです!」


 コルドウェルさんは悪びれもせず、拳を握り背筋を伸ばして主張する。

 俺と手を組んだことといい、この人の決断力には目をみはるものがあるが、盛大に間違った方向に寄っているらしいことが今回のことではっきりとした。なんなのか。この世界は変人じゃないと偉くなれない決まりでもあるのか?


 コルドウェルさんの言っていることを否定してほしくて、俺はアシュリーの方を見た。


「……そういうことだよ、稀名。黙っててごめん」


 目が合ったアシュリーは苦笑しながら俺に告げた。


「でもね、僕はこのままでいいと思ってるんだ。剣を振っているほうが性に合ってるし……ビルザール騎士団に入るのが、僕の夢なんだ。女の子としての人生なんて送りたくない」

「アシュリー……」

「……変、だよね、普通に考えたら」


 瞳を潤ませ顔を紅潮させながら上目づかいで尋ねるアシュリーは、なんというかすごく破壊力があった。


「……いや、アシュリーがそれでいいならいいと思うけど」

「本当に?」

「うん、そもそも……いや、なんでもない。そんなことで見る目を変えたりしないよ」


 そもそもやばいのはきみのお父さんだけだしね、と言おうとしたが本人の前なのでやめておいた。


「よかった……」


 弱気に返事をするアシュリー。

 かわいい。女でよかった。


 しかし男だと思っていたとはいえ胸を触ってしまったのは事実なので、どうにも気まずい。

 ここは俺が指名手配犯だとばらしてインパクトを上書きするか。それだともっと気まずくならないか。


 コルドウェルさんもコルドウェルさんで堂々としている。あんたは少しは申し訳なさそうにしてくれ。


 誰にどう声をかけていいか考えあぐねていると――


 ドガアッ!


 と爆発したようなけたたましい音とともに地響きが起こった。


「!?」


 屋敷は立っていれば一瞬よろけるほど大きく揺れる。


 机の上に積んであった書物が崩れて、次々に床を叩いた。


「きゃあっ」


 クローディアの悲鳴が部屋に響く。


「ちっ、敵か」


 黒竜が俺を守るために出現する。しゅわちゃんも表情を引き締めて俺を守るようにそばに寄ってくる。


「なんだ!? 何が起こった!?」


 コルドウェルさんは取り乱している様子だ。


「これは、外で何かが!?」


 アシュリーは真剣な表情で立ち上がる。


「稀名、外!」


 チェルトが険しい顔で俺の服を引っ張った。


 俺は頷いて、急いで屋敷の外に出る。アシュリーも後ろに続く。



「なっ!?」


 外に出ると、近くの民家の方角に、斜めにそびえたつ大きく細長い何かが目に入った。


 杭、のように見える。

 それは、送電線の鉄塔ほどはあろうかという巨大な杭のようなものだった。

 白い色をしており、陶器のような鈍い光沢がある。


 それが、町のど真ん中に突き刺さっていたのだ。


 突き刺さった衝撃で地面は大きく陥没しており、周囲の民家は余さず倒壊している。


「バディか!?」


 周囲を見渡すが、それらしい姿はない。


 ――姿はないが、どこかにいる。


 せわしなく鳴る鐘の音が、平和だった町に脅威の到来を告げていた。

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