10 そういう素質があったらしい
しばらくして枝にかかった服を触ってみる。
よし、だいたい乾いたぞ。
もしちゃんと乾いていなくてもそのまま穿かせてもらう。
茂みの中パンイチで服に風送りながらじっと身を潜めるのにはもう耐えきれないんだ!
服着たら山を下りて町まで行って……って結構難儀だな。小太刀で身体能力を上げていこう。
「あ、精霊さんいました」
隠れて着替えをしているところに、ウルから声がかかった。
「え? それ本当!?」
少し生乾きだったジャージのズボンを慌てて穿いて茂みから出る。
おおっ、本当だ。
なんかそこはかとなく神秘的な雰囲気を纏った、小さい馬がいた。
大きさはウルの膝くらいしかなく、透き通るような灰色の毛並みで、たてがみだけが青かった。
そいつがウルの足元にちょこんと立って、ウルの顔を見上げていた。
「小さい馬! これ何の精霊?」
「わかりません……無知で申し訳ありません」
俺が近づいていくと、ウルの後ろに隠れるように引っ込む。
おびえているみたいだ。
「う……俺がむやみに近づいたら逃げていきそうだな」
ずおおおおっ、とうなりのような寝息も聞こえる。
見ると、水辺のすぐ近くに白い巨体が横たわっていた。
マジで昼寝してたのかこの竜。
「――ん? ……お、おぉ」
クーファは何かしらの気配を感じたのか目を開けた。
「――ふああ……もう精霊を見つけたのか? このへんは精霊の気配が希薄じゃったのによく見つかったの」
小さい馬はクーファのことを怖がらなかった。
普通俺よりこのでかい存在を怖がらない?
「――うむ、ケルピィじゃな。よく水辺にいる精霊じゃ」
「へえー」
よく見るとなかなかかわいかった。つぶらな瞳がとてもキュートだ。俺は怖がられてるけど。
「――精霊というのは、人間にはそうそう自分から寄って来ぬのじゃがな。ウルよ、おぬしは精霊に愛されておるのぉ」
「そうなんですか?」
「――時々いるんじゃよ、そういう人間がの」
確かにクーファの言う通り、ウルにはよく懐いていた。
ウルはケルピィの目線になるよう、しゃがみこんで話しかける。
「精霊さん、よかったらご主人様の使い魔になってくださいませんか?」
「ウル……なんていい子!」
ジャージ一枚で交換できたなんて思えない!
ケルピィは少し言葉を理解するのに戸惑っていた様子だった。
数秒後、やがて理解したのかこくりとうなずいた。
「おおっ、つ、ついに俺も魔法使いに!」
ケルピィはウルの方を向いて、ウルがつけていた鉄の手枷へ鼻をつけるように触れた。
光が一層増していって、ウルを包み込むように照らす。
「え?」
「あ」
俺とウルは同時に声を上げる。
消えたと思ったら、ウルの手枷に印のような文字がひとつ刻まれた。
クーファは満足げにうなずいた。
「――うむ、本人の持ち物とかに精霊が憑くと契約は完了じゃな」
「いやいやいや! 俺は!?」
あの馬、言葉理解してなかったの? 馬鹿なの? いや、馬だったけど!
「――手枷に何か刻まれておるじゃろ? それが契約完了の証……『盟友の印』じゃ。契約がこうすんなりいくなどなかなかないぞ、ウルよ」
うん、まあいいや。いざとなったとき馬がウルを守ってくれそうだし。
「じゃあ、姿が消えたのは?」
「――その手枷に憑りついておるからの。必要な時は呼び出せるはずじゃ」
「へえ、便利だな。よかったね、ウル」
「わ、私、なんてことを……!」
ウルはがばっとひざまずいた。
「どうか私に罰をお与えください」
「いや、そこまで悔しいわけじゃないから、いいよ」
「では自害して契約を解除します」
ウルはそのへんに落ちていた尖った石を見つけて手に取った。
「やめて! そのままでいいから! おめでとう、俺もすごくうれしいから!」
本当にやりそうだから怖い。
「そうですか……?」
「でもその手枷、外す前に捨てられなくなっちゃったね」
一応両手をつなげる鎖だけクーファに切ってもらったけど、外してもらうの忘れてたな。
「いえ、いいんです」
ウルは手枷を大事にするようにぎゅっと握って微笑した。
「これで、きっとご主人様のお役に立てるはずですから」
「それは違うよ」
俺が言うと、ウルははっとして悲しげな顔になる。
「申し訳ありません……私ごときが自惚れて……」
「あっ、いや、役に立たないって意味じゃなくて。『役に立つ』というより、俺やほかの人を『助ける』って考えてほしい」
「同じではないのですか?」
「まあニュアンスの違いくらいだけど」
でも対等の立場で手を差し伸べるなら、助けるって言い方のほうがしっくりくる。
「とりあえずそう考えておいて」
「はい、ご主人様のご命令なら」
うーん、命令じゃないんだけど。
まあいいや。
「で、なんか魔法使えるようになった?」
「えっと……ケルピィさんっ」
ウルが呼ぶと、目の前に小さい馬が現れる。
「え? あ……そうですか」
で、二人が見つめあいながら何か二人だけの会話っぽいものをはじめた。
なんだろう、考えてることがわかるのかな。
やがてウルは顔を上げる。
「ご主人様、この子、魔法は使えないみたいです。でも泳げるし体力があるので、夜なべして水車小屋の水車をいつもより多く回し続けることはできるって言っています」
「あ、そういうパターンもあるのか」
戦闘補助とかでなく生活支援的なやつなの。
「それはそれで、まあ川を渡るときとかに期待できる、かな」
あとは濁流の中で溺れてる人を助けたりとかか。
ゲームだと実現しにくいようなシチュエーションだけど、むしろ現実ならそういう能力のほうが役立つ場面が多いのかもしれない。
「はい。すごくいい子です」
ウルは真面目な顔してうなずいた。
「いざというときは頼りにしてるね。……よし、じゃ、そろそろ俺は町に行ってくる」
俺は小太刀を召喚した。
体だけ壊さないように、屈伸運動くらいはしておく。
「――おう、行ってくるのじゃ」
「? う、うん」
あれだけ駄々をこねていたクーファが、今はあっさり納得して頷いた。
なんでだろう。あ、怪しい……。
疑問になりながらも、俺は山を下りるために走り出した。