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落書き

作者: 氷室柚香

フィクションです。

試験中に、何気なくみた机の端には一言、落書きが残っていた。

「あなたは本当にこの学校で後悔しないのか?」

なぜ消されていないのかと不思議に思いながら消しゴムで消した。

こんなことで不正行為を疑われるのはまっぴらごめんだ。

しかし、油性ペンかなにかで書いてあるのだろうか、なかなか消えない。

途中で諦め、問題を解くことに集中した。



今日は調子がよく、問題がサクサク進む。

落書きの他には何事もなく午前の教科が終わり、残りは午後の2教科となった。

昼は持ってきた弁当を食べた。

すると、急にあの落書きのことが気になりだした。

「自分は...どうしてこの学校に決めたのだろうか。」

最初は特に考えていなかった。

ただ、普通が嫌でこの学校を志願校に決めた。

人から話を聞いたり、調べていくうちに、校則が緩いと知った。

携帯に対してでさえ特に規則もなく、授業中に使用しない限り罰則もない。

こんなに条件のよい学校などないのではないか、と思った。

オープンキャンパスへ行ったときには交通の便が悪いと思った。

なぜなら丘の上だったからだ。

それでも、自由さへの憧れが衰えることはなかった。

第一志望校をその学校と決め、受験のために勉強の量を増やした。

去年まで、自分は常に学年30位以内に入る成績優秀者だった。

春はそれもあってあまり勉強をしなかった。

そうしたら、夏休み前の試験で成績がいきなり落ちた。

やばいと思って、夏休みには塾に通い、次の試験ではそれなりの順位で落ち着いた。

秋が過ぎ、受験シーズンとなった。

初めてその学校の過去の問題を解き、愕然とした。

結果は、散々たるものだった。

それでも、自由に憧れ、普通が嫌で、がむしゃらに頑張った。

..そのおかげもあったのか、午前中は上手くいった。

ただ、今、疑問が急速に大きくなった。

どうして、この学校に決めたのだろうか。

なぜ、この学校を選んだのだろうか。

なにゆえに...自分はここにいるのだろうか。

そんなことを考えているうちに、昼の時間が終わった。

一つも復習していないことを後悔した。

それでも大丈夫だと自分に言い聞かせた。



ーー午後は、落書きに気を取られながらも、なんとか終わらせることができた。

自分の全てをぶつけたはずなのに、気分はちっとも晴れやかではなかった。



電車に揺られながら、ひたすら自問し続けた。

「あなたは本当にこの学校で後悔しないのか?」

答えの出ぬまま、時間は過ぎ、合格者発表かあったのを見に行った。


番号は、なかった。


自分の全てを否定された気分だった。

自分の足元に穴が開き、その底の見えない穴の中に落ちていくような気分だった。

なんだか、全てがどうでもよくなった。

あのとき、見栄を張らず、勉強すればよかったのだろうか。

それとも、あのときあの落書きを、見つけなければよかったのだろうか。

受験票を握りしめ、帰路についた。

合格者発表を見るために来たその学校には、まだ早い、桜の花が咲いていた。



学校に顔を出す気にならず、家に帰ると、自分宛に郵便が届いていた。

送り主は、さっきまでいた、あの学校だった。

嫌みかと思って封を切ると、そこには合格通知が入っていた。

絶叫した。

なんの冗談かと思った。

なんども、なんども見返して、ようやく本物だと理解した。

そして、疑問を持った。

どうして、番号が書いていなかったのだろうか。

合格通知の番号に見覚えがなかった。

もしかして...と思い、握りしめてしまった受験票の番号を見ると、合格通知と同じ番号だった。

自分が覚えていた番号がどうも間違っていたみたいだ。

それがなんにせよ、合格したことがうれしくて、嬉しくて、落書きのことなど頭から消えていた。



それから2年の月日が過ぎた。

留年の危機にさらされ、時期外れの桜の花を見て、あの落書きのことを思い出した。

あのとき、この学校に入学しなければ、こんなことにはならなかったのだろうか。


「あなたは本当にこの学校で後悔しないのか?」

「...さて、どうだろうね。」


いまだに答えは見つからない。

一足早く咲いた時期外れの桜の花が、風に煽られ、散っていった。



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