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5 十二月三十一日(前) 再会 


 大みそか。

 一年をしめくくる、十二月最後の日。


 昨晩からの雪で路面が凍結していたようで、朝の町はやや混乱していた。

 ネットのニュースでは、通行人がすべってケガをした、車が坂道をのぼらず立ち往生したなど、おきまりの記事がトップに並んでいた。だがそれも午前中までで、午後には大みそかや三が日に関する情報に戻っていた。


 今日が終われば、明日は次の年。

 家でのんびり年越しをむかえる。カウントダウンイベントにくりだす。人によって年越しの過ごし方は異なるが、だれもが今日は心の中で一年をふり返り、また新たな気持ちで来年にのぞむことだろう。


 だが、俺にはそんなヒマもなく、あいかわらず職場で深夜残業――


(終わったーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!)


 ――と、俺は心の中でさけびつつ、職場のパソコンの前で小さくこぶしをにぎりしめていた。


 時刻は二十二時二十三分。

 なんとか年越しを会社で過ごすという最悪のシナリオは回避できそうだ。俺はひとしれず喜びをかみしめていた。

 本来ならここまで残業していること自体を悲しむ必要があると思うのだが、すでに連日残業だった俺の感覚は完全にマヒしていて、午前零時をまわらなかったことだけでも幸せを感じる特異な思考状態になっていた。


 最後の追いこみをかけた今日。

 残る仕事は山積みだったが、目の前の作業ひとつひとつに集中し、コツコツとこなしていった結果、気がつけば俺はゴールラインを突破していた。

 寝不足ではあったが、目標がはっきりしていたためか、今日はいつになく作業がはかどった。自分で自分をほめたいと思う。


 よし、仕事も終えたし。今日は家でのんびり年越しをむかえよう。そうだ、年越しそばも食べてないぞ。帰りに買っていくか。今年の思い出にひたりながら、テレビから聞こえる除夜の鐘で新年を――


 ――という気分には、まだなれなかった。

 なぜなら俺の横で、箱崎さんが一心不乱に仕事をしているからだ。


 年越しを前に、箱崎さんは俺の席のとなりで、ずっときびしい顔のままパソコンとにらめっこしていた。


 どうやら数日前の仕事のミスがここにきて響いているらしい。箱崎さんは昼食も夕食もとらず、席に座ったまま一日じゅうディスプレイにむかっていた。

 目のクマはさらに増え、寝不足なのは俺の目からみてもあきらかだった。たまにウトウトとしており、作業の能率が上がっているようにはみえない。

 この会社唯一の同期。となりで苦しんでいるのをみて、俺だけが「じゃあお先に!」などとなれるはずもない。


 とはいえ、箱崎さんには「深夜にひとりで叫んで暴れる前島くん」という深刻な誤解をあたえてしまっている。

 今日も俺が話しかけようとすると、箱崎さんは身をひくどころか席を立ち、職場の入り口にある一杯五十円のバリスタコーヒーをいれに逃げるくらい怖がられていた。

 話しかけようとするだけで箱崎さんに五十円を消費させてしまうことを考えると、俺も少し凹む。


 それとなく、俺はとなりの箱崎さんを見た。俺のほうに気づく様子もなく、ただ目の前に映る画面と悪戦苦闘している。

 ふとその画面をみると、俺の使っているソフトとまったく同じものであることに、俺は気がついた。

 このソフトは便利だがクセが強く、使いかたの勘所がわかるまでにやや時間がかかる。いきなり使い始めても、連日残業するような人間でないと、数日では使いこなせない。俺もさんざん苦しめられたから、箱崎さんが苦労しているのもわかる気がする。


「箱崎、さん」


 俺は勇気をだして、箱崎さんに声をかけた。

 案の定、箱崎さんはガタッとイスから腰をうかせ、怪しむような目つきで俺の顔をみつめてくる。


 腰がひけ、警戒モードに入っている箱崎さん。俺はこれ以上誤解させないよう、できるだけやさしい口調で告げた。


「手伝おうか?」


「えっ……」


「あの、それって『シーサイト』だろ。もし使いかたでつまってるんだったら、教えてあげられるかも」


「………………………………本当に?」


 俺は自分のイスを箱崎さんの席に移動させる。警戒した箱崎さんはやや後ろに下がり、俺との距離を一定にたもちながらも、状況を簡単に説明してくれた。やはり操作方法がわからず、なかなか先へ進めずにつまっていたのだった。

 俺がソフトを動かしてみせる。ほどなくして、箱崎さんの希望通りの結果が出せた。


「これでいい?」


 俺があまりにあっさり作業を片づけてしまったことに、箱崎さんは目を丸くしていた。


「あ、ありがとう……」






 三十分後。

 箱崎さんの仕事にもほぼ目処がついたころ、俺は一杯五十円のバリスタコーヒーをいれて席に戻った。

 カップは二つ。そのうちのひとつを、箱崎さんに渡す。


「はい、コーヒー」


「えっ……いれてくれたの?」


「うん。まだ仕事続くだろうから」


「じゃあ、お金――」


「いいよ、そんなの。それより、ちょっと休憩しない?」


「でも、先にこれを終わらせないと……」


「朝からずっと作業続きで疲れてるだろ? 日中、かなりウトウトしてたし。少し休む時間もつくったほうが、仕事の効率がよくなるよ」


「そうなの、かな」


「うん。残業マスターの俺が言うんだから、まちがいないって」


 俺が自虐的にいうと、ようやく箱崎さんは笑ってくれた。


 それから俺たちは、暗い職場でコーヒーをすすりあった。

 だが俺は、会話のきっかけがなかなかつかめずにいた。俺の深夜の怪奇行動をどう説明すべきか、迷っていたからだ。

 いつまでも躊躇ちゅうちょしていると、さきに箱崎さんが口を開いた。


「あの……前島くん。前から気になっていたんだけど、いつも夜中になると、その……」


 言葉をにごす箱崎さん。

 むこうから訊いてきてくれた。ここだ。誤解を解くチャンスはここしかない。俺は思いつきの言いわけでとりつくろおうと笑顔をふりまいた。


「あ、ああ! あれ? あれはその、深夜の体操っていうか、なまった体をときほぐそうとして――」


「だれかと話してたんだよね」


 思いもよらず、箱崎さんがいきなり核心をついてきた。俺はあせって目をおよがせる。


「ええと、その、それは……」


「ごまかさなくてもいいよ。私も最初は、前島くんが残業のしすぎで頭がちょっとおかしくなってるんだと思ってた」


 ハッキリいわれると逆につらい……。


「でも、あとから考えて理解できたの。前島くんは、夜にひとりで職場にいるさみしさをまぎらわせようとして、ずっとだれかと話しているフリをしてただけなんだよね」


「それ、完全にイタい人じゃん……」


 え、そう? と不思議そうに首をかしげる箱崎さん。

 あれ。箱崎さんって、こんな天然キャラだっけ……。


「だから、私が誤解してただけなの。前島くん、ごめんなさい」


 頭を下げる箱崎さん。俺はやや胸をなでおろしながらも、複雑な心境だった。

 誤解がとけたかわりに新たな誤解がうまれてしまっているような気がする――。

 けど、箱崎さんからきらわれずにすむのなら、いいか。うん、そうだ。いいということにしよう。


「い、いいよ、あやまらなくて。俺もちょっと驚かせちゃったし……はは」


「でもよく考えたら、私も昔、同じようなことしてたな、って。そう考えたら、前島くんの行動も理解できるの」


「…………え?」


 衝撃の発言に、俺は耳をうたがった。

 同じようなこと、って――どのあたりのこと?


「ええと、それは……箱崎さんも、深夜にひとりでだれかと話してたり、してたってことかな?」


 俺の問いに、箱崎さんは平然とうなずく。まさかの展開にとまどう俺。

 すると箱崎さんは、ややはずかしそうに話し出した。


「信じてもらえないと思うけど、私が子どものころ、おしりにしっぽのある小さな男の子が家に住みはじめたの。その子は家族以外の人には姿が見えないし、声も聞こえないから、私がひとりでだれもいない空間とおしゃべりしている姿を近所の人に見られて、よく変な子だって言われてたの」


 ――ん?

 おしりにしっぽのある小さな男の子って……。


「だから、その子と話すのはまわりに両親以外のだれもいないときだけにしたの。そうしないと、ずっとひとりごとを話しているみたいにみられて、誤解されちゃうから」


「ちょ、ちょっとまって。それ、いまも?」


「うん。――でも、とても信じられないよね。こんなおとぎ話」


 箱崎さんの話に、俺はなぜか予感めいたものを感じた。

 席を立ち、職場を見まわす。自分たちの席以外は暗い空間。書類やファイルがデスクの上に立ち並んでいる、いつものみなれた光景。

 その中のどこかにいるはずのものへ、俺は声をかけた。


「出てこいよ! いるんだろ!」


 とつぜん大きな声をあげはじめた俺に、箱崎さんは驚く。だがそれを無視して、俺は呼びつづけた。


「隠れてるんだろ、キツネ! 昨日みたいにまた出てこいよ!」


 俺の声だけがひびく職場。

 返事はない。静かになり、それでも俺はまわりを見まわした。

 根拠はない。でも俺の中で確信があった。

 あいつはぜったい、俺たちのことをどこかで見ているはずだ。


 俺の目は、昨日まで勝手に現れて勝手に消える、自称・眷属の少年の姿を探しつづける。

 そのまま十秒ほど経過して――

 箱崎さんが、静寂にたえきれず口をひらこうとしたとき、角にあるデスクの裏から、小さな人影が出てきた。

 とても、とても小さな人影。それは、缶ジュースくらいの身長しかない、尻尾のはえた少年――。


 俺は口をひらこうとした。そのとき――

 さきに箱崎さんが、声をあげた。


「コンちゃん!?」


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