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「うん、ヒーロー……いや、ヒロインか。そんな感じ、なのかな?」
この牛型との戦いの後から、わたしは一人立ちが認められたらしく、アキナさんやトウコさん抜きで同期の「ディストキーパー」と共闘することも多くなりました。パサラの言うように、わたしのようなサポート型とも言うべき「ディストキーパー」は同期にはおらず、よく呼び出されていたのもそのせいかもしれません。
最初に組んだのは、「トパーズ」でした。
「浅木キミヨだよ。よろしくね、ミリカ」
オレンジがかったショートボブに、工事現場のヘルメットのようなものを被っていて、肩と胸それから腰にごつい装甲をまとっていました。服装も黒地に黄色なので、建設車両のように見えます。ショートパンツなので前衛型なのでしょう。はきはきとしゃべる、爽やかな印象の子でした。人当たりは柔らかく、わたしでも安心してしゃべれる雰囲気で、ホッとしたのを覚えています。
わたしなんかでも「キミちゃん」と呼んでいいことになりました。学校でもそう呼ばれているみたいで、聞けば隣のクラスでした。
キミちゃんの能力は「触れたものを重くする」というものでした。近づかないと使えないので、何かと不便なのだそうです。
「何かハズレっぽいなあとか、思っちゃうよねえ」
キミちゃんは武器のハンマーを肩に担いで言います。「スレッジハンマー」という、大型の金槌だそうです。一応、これで殴ったものを重くすることもできるようでした。
「とは言っても、これが重いからね。リーチはあるけど取り回しづらい。軽くもできたらよかったんだけど」
持たせてもらいましたが、確かにこれを何度も振り回すのは辛そうでした。「ディストキーパー」になって力が上がっている状態でこれなので、変身前のわたしでは持ち上げることもできないでしょう。
「だから結構、要援護対象だと思うよ、あたしって」
冗談めかして、キミちゃんは白い歯を見せて笑いました。
この二人で最初に戦った「ディスト」は、大きな魚の形をしていました。大体三メートルぐらいあり、口元に髭があるので「コイだね」とキミちゃんは言っていました。空中をゆったりと泳ぎ、体の両側面に三つずつある白い目がこちらをにらんでいました。
「攻撃当たんないよね、アレ……」
魚が泳ぎ回っているのは、大体マンションの五階くらいの高さでした。ジャンプすれば届くのですが、サッと逃げられてしまいます。
「風で周りを囲ってみようか」
「いや、もっといい方法があるでしょ?」
キミちゃんの言わんとしていることは分かります。わたしはそれを繰り返してきたのですから。けれど、キミちゃんを風に乗せるのは、さっき失敗しているのです。どうも今のわたしには、あのスレッジハンマーが重すぎるようでした。
「アキナから聞いたよ? 後ろに抱きついて一緒に飛べるんでしょ?」
キミちゃんの面倒を見ていたのは、アキナさんでした。二人は「ディストキーパー」になる前からの友達で、古い付き合いなのだそうです。
「それとも、あたしに抱きつくのは嫌?」
わたしは嫌とかそういうことを言える立場にはないのです。それくらいはわきまえています。だからわたしがそれを提案しなかったのは、どちらかと言えば「キミちゃんが嫌がるのではないか」と危ぶんだからなのでした。
コイが口から、黒い何かの塊を飛ばしてきて、わたしたちが飛び退って避けると、灰色の地面がじゅわりと溶けました。こちらに攻撃してくる気になったようです。うかうかしている暇はなさそうでした。
お許しも出たことだし、とわたしはキミちゃんの背に体をつけてぎゅっとお腹に手を回します。
「お、柔らかい」
のん気なことをキミちゃんは言い、わたしも赤くなりましたが、それはさておき風を集めます。背中の二対の布(これもトウコさんに『トルネードフィン』という名前を付けられました)がはためき、いつもよりも膨れ上がりました。行けそうです。
かかとを三度鳴らし、勢いよく地面を蹴って、コイよりも高く飛びました。
コイはこちらを見上げて、さっきの黒い塊を吐いてきました。意外と勢いよく飛んできて、わたしは大きく旋回してかわします。回り込むと、ハンマーの重さのせいか外側に引っ張られてバランスを崩しそうになりました。
コイも旋回して第三射を撃ちます。今度は風を起こして軌道を変えて凌ぎました。
「まずいって、避けたのが建物に当たってる!」
キミちゃんの言う通りでした。視界の端でビルと民家が溶けています。あまり避けるのはよくないようでした。また黒い塊が来る前に決着させたいところです。
しかし、コイは第四射を撃たずに突進してきました。当たらないと見たのでしょう。
「上!」
キミちゃんの指示でわたしは上昇してかわします。するとコイも滝登りよろしく、わたしたちを追ってきました。
「トーカして!」
一瞬何のことか迷いましたが、「投下」のことだと気付き、わたしはキミちゃんから体を離しました。キミちゃんは空中でハンマーを振りかぶると大口を開けたコイの脳天にそれを打ち下ろしました。
「重くなれ!」
墜落したコイと一緒に落ちて行きそうになるキミちゃんに、わたしは急いで追いついてキャッチすると、そのまま軟着陸しました。
「ありがと、着地のこと考えてなかった」
一つ息をついて、キミちゃんはわたしの頭を撫でました。わたしは撫でられたところに手を触れて、ちょっと赤くなりました。もうちょっと撫でてほしいのは、もにょもにょでした。もにょもにょなのです。
コイの方に目をやると、地面に体を横たえてそれこそ本物の魚のようにぴちぴちと尾を動かしていました。体が重くなって飛べなくなったのでしょう。
「よし、このまま倒すよ」
「ちょっとかわいそうだね」
「優しいね、ミリカは」
そう言われながらもわたしは「羽カッター」を取り出していました。コイは肉厚で、貫通させるのが大変でした。わたしが何とか半分に切った片方を、キミちゃんはハンマーで砕いていきました。わたしは残された方をざくざくと刻んでいきます。
アキナさんやトウコさんがいれば、炎や光で簡単に消滅するのですが、どうにもこの二人だととどめを刺すのが大変でした。
「もっとこうアニメの敵みたいに、殴れば爆発するようなのだったらいいのに」
「そういうものなの?」
戦いは作業になっていました。半分の半分ほどを崩したキミちゃんはそうボヤいてハンマーを下しました。最早コイは、ぴくりとも動きません。このまま放置してもいいんじゃないだろうか、とわたしはよからぬことを考えました。
「昔見てなかった? 日曜の朝からやってた、子ども向けの」
「見てなかった、かなあ……」
そんなような番組が幼稚園の時に流行っていたような記憶はあります。わたしもその当時は見たがっていたように思います。やっぱり幼稚園児と言えども、周りと話が合わないのは辛いものです。確か、母に「昔見てたんだよ? でも『敵が怖い』ってあんた泣いて嫌がったんじゃない」と言われてあきらめたのでした。
このころもまだ「敵が怖かった」というわけではなく、わたしのために見せていないのであったら、それを訂正してまで観る必要を感じなかったのです。何かを変えるのは、この頃から大の苦手でした。
「あたしらってさ、今ああいう感じなのかな?」
「アニメの人、ってこと?」
わたしは「羽カッター」を手に持って、「ディスト」を斬り刻みながら問い返しました。「ディスト」の体は硬いゴムのような感じでした。トイレの詰まりをどうにかするアレの、カップ部分みたいな手触りでした。輪郭がぼやぼやなのは、ばらばらにしても同じでした。
「うん、ヒーロー……いや、ヒロインか。そんな感じ、なのかな?」
「でも、誰も知らないよ。わたしたちがこうしてること」
「それもさ、秘密のヒーローって感じじゃん」
秘密だなんて、いかにもトウコさんが好きそうな響きでした。キミちゃんが言うには、ヒーローというのは人知れず活動するものなのだそうです。そして正体がバレると、犬やオコジョに変えられるのだとか。
「あたしたちは正体がバレても、パサラが『インガ』を改変して、なかったことにするらしいけどさ」
少しホッとしました。人間でも落ちこぼれているわたしが、動物になんてなってしまったらもう野垂れ死ぬしかないのでしょうから。
「まあ、ああいうのって町の中で戦ってるから、こういう灰色の中でやり合ってても、実感は薄いか」
「そうだね。空を飛んでも、景色が灰色でちょっとつまらないもん」
「ああ、やっぱり?」
ドカッとハンマーを振り下して、キミちゃんはこちらを向きました。
「ね、一回飛んでみない?」
「え?」
振り向くと、キミちゃんの分はもうほとんど終わっているようでした。大きな部位はもう残っていなくて、風船の破片みたいな黒いものが散らばっているばかりでした。
「こんな『インガの裏側』じゃなくてさ、あたしたちの町を」
いいな、と思いました。鱶ヶ渕は、海が近い以外は自慢できるようなものは何もないような町でしたが、それでも空から見ればきっと感慨深いでしょう。
「その時はさ、あたしも呼んでくれると嬉しいな……なんて」
ちょっと照れくさそうで、キミちゃんをこれまでより近くに感じました。だからわたしも少し恥ずかしかったけれど、こう応じました。
「うん、一緒に飛ぼうよ」
そのためには、と目の前の仕事を片付けるのが先決でした。