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深淵少女エメラルド  作者: 雨宮ヤスミ
[五]琥珀の時間
23/31

5-1

「これからの『新しい世界』に協力するならね。そしたら、君の罪を赦そうじゃないか」

 

 

 水島を殺した感慨を抱え続けているわけにはいきませんでした。ほどなくして、聞き慣れた声が響いたのです。


「あれ? もう死んじゃってる」


 スミレ! わたしはどこかに飛ばされた「羽カッター」を探します。生憎と、校舎へ入る鉄扉の近くに転がっています。ちょうどスミレの足もとです。取りに行けませんでした。そうでなくても、固まって動けませんでした。


 何故なら階段を上がってきたスミレの持つ槍、その穂先に掲げられていたものを見てしまったからです。


「じゃーん。キミちゃんも死んじゃったよ」


 キミちゃんの頭でした。目は閉じられていましたが、苦しげな顔をしていました。何よりも脳天から突き出た穂先。見ていられませんでした。


「はい、どうぞ。あげるよ」


 スミレは無造作に槍からキミちゃんの頭を引き抜くと、わたしに投げてよこしました。


「よかったね。これで寂しくないね」


 とても楽しそうにそう笑うのです。わたしがもし、水島のような武器をたくさん作り出せる能力を持っていたら、スミレを滅多刺しにしていたでしょう。


「どうしたの、にらんじゃって? 自分だってランちゃん殺したくせに」


 ええ、同じでしょう。わたしとスミレは、やったことは同じでしょう。数が違うとか、そんな言い訳はしません。だけど、この大きな竜巻のような気持ちはなんでしょう。ぐるぐると回り、大きく立ち上るこの怒りは、わたしがおかしいから沸き上がるのでしょうか。


「でも、赦してあげるよ」


 水島の死体を踏み越えて、スミレはオリエ先輩の真似をして両手を広げて見せました。


「これからの『新しい世界』に協力するならね。そしたら、君の罪を赦そうじゃないか」


 こいつは何を言っているのでしょうか。まず、赦されるというのが、わたしにはしっくりこないのでした。何の権利があって、こいつは神さまのようなことを言うのでしょう。「インガ」を操るパサラだって、こんなにかさにかかっていなかったのに。


「ね、どうかな? 赦して……」

「うるさい!」


 何年ぶりでしょうか、こんな大きな声を人に向かって出したのは。スミレは一瞬きょとんとして、顔をしかめました。


「何だよ。怒鳴ることないじゃんか……」


 口を尖らせ、ぶつぶつと言います。半分泣きそうに見えましたが、泣きたいのはこちらです。怒っているのもこちらです。


「だから正義が足りない人たちは嫌いなんだよ。すぐそうやって大声で、黙らせようとしてくるんだから……」


 スミレの体から何かが爆ぜる音が聞こえました。


「せっかく赦してあげるって言ってるのになあ」


 ざわりと嫌な予感がしました。スミレが槍を空に掲げるのと同時に、反射的に横に跳ぶと、わたしが立っていた場所に雷が落ちました。近くにあったキミちゃんの頭が焼け焦げてチリになってしまいました。


「あはは、よく避けたね」


 手を叩いて喜んでみせ、スミレはまた槍を掲げます。今度はすぐ隣に落ち、大きく飛びすさるとその近くにもまた落ちました。


「ほらほら、逃げて逃げてー」


 また近いところに落ちて、わたしは衝撃にあおられるように転びました。地面を転がるわたしに、スミレは瞬時に近づいてのしかかってきました。


「捕まえた」


 馬乗りになって、にっこりとわたしの顔をのぞき込んできます。面白いおもちゃを手にした幼児のような顔でした。スミレは人差し指で、わたしの脇腹に触れました。


「ぎゃっ!?」


 痺れました。微弱な電流を流したようです。きゃっきゃっきゃ、とスミレは笑います。


「いいよね、この『バチィ!』っていうの」


 みんな、いい悲鳴あげるんだあ、と今度は反対の脇腹に触れてきます。


「キミちゃんと一緒の反応するんだね。やっぱり友達だね」


 こうやっていたぶって殺したのか。にらみつけようとしたら、今度は首筋に触れてきました。スミレの笑い声が耳をひっかき、わたしの意識はもうろうとしてきました。


「胸とかどうかな? ミリちゃん小さいけどね」


 人のこと言えない体型のスミレは、両手の指でその突端に触れようとします。


 その時、急に体が軽くなりました。スミレがいなくなったのです。身を起こすと、対面の柵にまで吹き飛んでいました。


 そして、わたしの前に立つ白い髪の「ディストキーパー」。頼れるその背中を、わたしは見上げました。


「トウコさん……」


 振り向かずに、トウコさんは髪をかき上げて言います。


「葉山、よく凌いだ」


 屋上をぐるりと見渡すトウコさんに、わたしは状況を説明しようとしました。


「いい、分かる。オリエでしょう」

「痛いなあ。乱暴なんだから、トウコちゃんは」


 首を振り振り、スミレが立ち上がりました。


「こんな奇襲を仕掛けるなんて、正義が足りないよ」


 何をバカな。前のヒトデ型の「ディスト」の時に、自分だって奇襲をかけたじゃないか。最早そんなツッコミも通じないとは分かっていても、そう思わざるを得ませんでした。


「正義なんて知らない」

「もう、そんなことだからオリエに閉じ込められるんだよ」


 オリエ先輩は、事前にアキナさんとトウコさんを結界に閉じ込めていたそうです。この二人が相手では、直接戦えばオリエ先輩もただでは済まない。そう判断したようです。


「オリエの方にはアキナが行った。革命ごっこはもう終わり」

「さあ、それはどうかな? まずボクに勝てないかもしれないとは、思わないの?」


 挑発のようなスミレの言葉を、トウコさんは鼻で笑いました。


「たとえ百回戦っても、あなた程度には負けないわ」

「そんなこと言ってられるのも、今の内だ!」


 言うや否や、スミレの姿が白い閃光の中にかき消えます。「フリントロック・ライトニング」とかいう、キミちゃんを刺した雷の速度で動く技でしょう。


 だんだん戻ってきた視界の中で、トウコさんはわたしの目の前から微動だにしていませんでした。スミレは、再び柵に叩きつけられていました。周りにいくつもの小さい穴が空き、そこから煙が立ち上っています。恐らく、トウコさんが拳銃を掃射したのでしょう。


「な、何故……『フリントロック・ライトニング』に追いつくなんて……」

「あなた馬鹿よね」


 ばっさりとトウコさんは斬り捨てます。


「速度で光の『ディストキーパー』に挑もうなんて、無謀が過ぎる」


 スミレの顔からは笑みが消えていました。顔を歪め、少しうるんだ目でこちらをにらんでいます。


「あなたの『ブリッツ・ライド』では、わたしの『アブソリュート・ヒット』には敵わないということ」


 勝手にトウコさんは自分好みの名前に付け替えました。


「クソッ! そんなわけ……!」

「かかってきなさい『ボウヤ』。年季の違いを教えてあげる」


 無表情に不敵さを乗せて、トウコさんは槍を構えるスミレを見返しました。


「バカに、するなあ!」


 スミレは叫んで、再び「フリントロック・ライトニング」を放とうとしたようでした。ようでした、というのは発動前につぶれたからです。トウコさんはいつの間にかスミレの背後に回ってその背中に何発もの銃撃を浴びせました。


「この!」


 振り向きざまにスミレは槍を横薙ぎに振りましたが、またもトウコさんは一瞬のうちにスミレの背後を取り、発砲。これが光の速さというものなのでしょうか。


「クソ! クソ、クソ!」


 スミレはもう滅茶苦茶に、やたらめったら槍を振り回し始めました。何もないところに当たり散らしているようで、はた目には滑稽でした。


「パターンにはめた」


 わたしの隣に戻ってきたトウコさんは、傷を治す光を当ててくれました。


「どういうことですか?」

「今、スミレにはこう見えている」


 トウコさんは人差し指でわたしの額に触れました。すると、目の前のトウコさんが何十人にも増えました。


「人間は目に光を取り込むことで物を見ている。それは『ディストキーパー』であっても同じこと。その情報を少しいじってやれば、わたしが無数にいるように見える」


 トウコさんがもう一度額に触れると、たくさんいたトウコさんたちは一人に戻りました。


「はあ、はあ……。何でだ、何でだよ!」


 虚像を突き、斬りかかり、手ごたえのないスミレは一層錯乱してきたようでした。


「さて、そろそろたたくか。『ムジョルニア』が来る前に」


 「ムジョルニア」は確か、トウコさんが名付けたスミレの雷を落とす技のはずです。何条もの雷が落ちれば、さすがに危険でしょう。


 トウコさんは拳銃の銃口をスミレに向けました。すると、スミレの両肩、両肘、両ひざと足首に丸の中に十字を書いたような照準のマークが灯りました。


「こうなったら……『ジャッジメ』……!」

「遅い。『アブソリュート・クロス』」


 遮る言葉と同時に灯った照準の中を光の線が貫きました。


「がっ!?」


 スミレは大の字に四肢を広げ、槍を取り落して仰向けに倒れました。ぴくぴくと動いています。死んではいないようでした。


「正義は足りても、速さは足りなかったようね……」

「ぐ……クソ! クソ!」


 関節を撃ち抜かれて、手足をバタバタ動かすこともできないようでした。その頭に、トウコさんは拳銃を突き付けました。


「! や、やめて!」


 ひどく震えた声を、スミレは上げました。キミちゃんみたいないい子を殺して、その首をさらしたくせに、何と醜い命乞いでしょうか。トウコさんの手から銃を奪って、わたしがその頭を撃ち抜いてやりたいくらいでした。


 やったら、やられるのです。穴だらけの骸をさらしている水島ランのように……!?


「葉山、下がれ!」


 そう怒鳴りながら、トウコさんがこちらに飛びのいてきました。それを追うように飛んできた琥珀が、光の軌跡を描きながら縦横に飛び、透明な壁を作り出しました。


「お、オリエ……来てくれた、よかった……」


「危ないところだったわね、スミレ」


 わたしたちとスミレの間に立ちふさがり、結界を作ったのはやはりオリエ先輩でした。哀れむような目でスミレのことを見下し、膝を折ってその頭を撫でてやっています。


「オリエ……アキナはどうしたの?」


「さあ? どうしたのかしらね?」


 まさか、とわたしは目を見開きましたが、それは心配のし過ぎだったようでした。すぐにわたしたちの背後の柵を越えて、アキナさんが上がってきたのでした。


「オリエ! 往生際が悪いぞ!」

「あら、残念。もう結界を出たの?」

「同じ戦法が何回も通用すると思うなよ」

「それは二回も閉じ込められた者が言うセリフではない」

「まったくだわ」


 トウコさんの冷静なツッコミに、オリエ先輩も同調してアキナさんはばつが悪そうに舌打ちしました。


「お前も一回目、一緒に閉じ込められてるだろうが」

「二回目はなかった」


 アキナさんはため息をつき、頭をがしがしかいて、気を取り直して尋ねます。


「それで状況は?」

「浅木が死んだ。水島も」

「そうか……」


 平坦なトウコさんの言葉に、アキナさんは目を閉じて長い息を吐き出しました。わたしより長くキミちゃんと友達だったのですから、その長い息には今のわたし以上の感情がこもっているのかもしれません。


「オリエ……!」


 開かれた眼は、横から見ているわたしでもビクリとなるほどに、怒りの色で燃えていました。しかし、向けられたオリエ先輩は「あらあら」と意に介した風なく笑います。

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