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深淵少女エメラルド  作者: 雨宮ヤスミ
[四]生き方の二択
22/31

4-4

(もう、暴れんなって! 抵抗するから苦しいのよ。受け入れろっての!)

 

 

 うずくまるわたしに、水島は両手に持ったサーベルを叩きつけるように振り下ろしてきます。まるで和太鼓を叩くかのようでした。風のバリアを通してでも、冷たく硬質な痛みがわたしを鳴らしました。


「やっぱ、かったいわねー。嫌になってくるわ」


 言って水島はわたしを蹴り転がしました。仰向けに倒れたわたしのお腹に、水島は足を載せました。


「あんたバカだよね。演技につられて、唯一の武器を簡単に投げちゃうなんてさ」


 ねえ、とわたしの頬をサーベルの刀身でぴたぴた触ります。冷たい感触に背筋の毛が立つようでした。


 狙っていたのです。何ということでしょう。隙を見せたのは作戦だったのです。


 水島はお腹から足をどけて、わたしの髪をつかんで起こしました。そのまま引きずるようにして、屋上の柵にわたしの体をもたれかけさせました。そしてまたサーベルを作り、わたしの腕と足に突き刺して柵に固定しました。


「いいね。最後のクラスメイトだし、派手に処刑にしたかったのよね」


 柵にはりつけにしたわたしを離れたところかながめて、水島は満足そうに言います。そしてサーベルを振って、また水の剣を作り出しました。十字を描くように並んだ刃の切っ先は、すべてこちらを向いています。


「全身に穴をあけてあげる。それぐらいしないと『ディストキーパー』って死なないって言うしさ」


 これがそのまま飛んで来たら、わたしの体にまんべんなく突き刺さって、ハリネズミのようになることでしょう。


「じゃあね、葉山ミリカさん」


 水島の浮かべた酷薄な笑みが、あの日のそれに重なります。



(もう、暴れんなって! 抵抗するから苦しいのよ。受け入れろっての!)



 ペットボトルをわたしに蹴り入れながら、水島がそう言ったのが思い出されます。


 ならば、抵抗しなければいけないのです。防ぐ? そらす? それではダメなのです。またずたずたにされてしまう。それも同じ人間に。


 嫌でした。絶対に、嫌でした。何のために痛みを残したのか。覚えておくだけじゃない。やり返すためなのです。やり返す。そう、やられたことをやり返す。


「バイバイ」




 剣の舞う屋上に一陣の風が吹きました。




 その風がやんだ時、穴だらけになっていたのはわたしではありませんでした。


 立ち尽くした水島ランの眉間に、右目に、大きく開いた口に、のどに、腕に肩に乳房に腹に腰に腿に脛に、全身のあらゆる場所に、無数のサーベルが突き刺さっていました。


「……え?」


 無事だった左目は大きく見開かれ、文字通りこぼれ落ちそうでした。何が起こったのか、きっと理解できなかったことでしょう。


 サーベルは水に戻り、水島ランは水たまりの上に仰向けに倒れました。わたしを縫いとめていた剣も、水になってばしゃりと落ちました。


 わたしは転びそうになって、屋上の地面に手を突きました。荒い息を整え、穴だらけの水島の様子をうかがいましたが、ぴくりとも動きません。


 ゆっくりと、わたしは立ち上がりました。サーベルを刺されていた場所は、既に塞がっていました。水島の体はぐちゃぐちゃのままでした。


 死んだ。死にました。


 サーベルも水に戻ったし、確実でしょう。


 だからと言って、何か感慨がわくものでもありませんでしたが。ただ、とても疲れていました。何とか息を整えて、わたしは柵にもたれました。


 先ほど水島は、わたしのことを「バカだ」と評しました。確かにわたしの頭は、大して褒めるべきところはないでしょう。テストの点も中の上がいいところです。


 ただ、水島もバカだとわたしは思います。知る由もないことでしょうが、わたしは背中の二枚の布、トウコさん命名「トルネードフィン」で風をコントロールしています。これがたなびかなければ、風を起こせないのです。だから地面に仰向けに倒されると、風で防壁を作れなくなるので、一番危険でした。


 そのままにしておけばいいのに、わざわざ加虐性を見せたことが仇になりました。はりつけにされても、「トルネードフィン」は自由に動く状態でした。


 ただ。風でこの一撃を後ろにそらしたとしても、また同じ一撃が来るのは目に見えています。持久戦になって、有利なのはどちらでしょうか。一対一ならともかく、スミレやオリエ先輩が合流してきたら?


 もちろん、武器のないわたしに勝ち目はありません。攻撃を防ぐかそらすかしかできないわたしが、この状況を打破する方法……例えば、後ろにそらすのではなく、風に巻き込んで前に飛ばしたら?


 今までにない風がわたしの頬を撫でました。ちりちりとした感覚と共に、迫ってくる剣をすべてつかんだように思えました。それを投げ返す。そっくりそのまま。穴があくのはわたしじゃない。


 「守り」ならぬ、「反撃の風」。


 この風はわたしの指。手。息。憎しみで、痛みでした。


 二度と使える気はしませんでしたが、この一度さえ果たせれば充分です。充分なのです。



 思えば、この時既にわたしの戦いというのは終わっていたのかもしれません。水島ランは傷の原因、宿命の敵、まさしく「インガ」を巡る相手ですから。


 ただ、わたしに理由はなくとも戦いは続くのです。世界はいつもわたしを置いてきぼりにしていて、それに追いつく気が起きないほどに遠くへ行ってしまっているのです。あきらめて、「やめた」とゲームを降りたのに、巻き込まれるのがわたしですから、その辺りは慣れたものですが。



 とは言え、一番の間違いは――この後生き残ってしまったことに他ならないでしょう。

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