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深淵少女エメラルド  作者: 雨宮ヤスミ
[四]生き方の二択
19/31

4-1

「こいつら、ゴミだからね。ボクが始末してるのさ」

 

 

 それから一週間ほどは、平和な日々が続きました。相変わらず「ディスト」はわいてきますが、苦戦するようなものはいませんでした。


 キミちゃんは何となく疲れた様子でした。パサラによれば、アキナさんの世直しを邪魔しているのだそうです。正しくは、アキナさんが人を殺さないように見張っているといったところでしょうか。毎日夜に外を出歩いているせいか、あくびばかりしています。


 アキナさんの方は、キミちゃんの妨害を喜んでいるような節もありました。トウコさんが言うには「稽古をつけてやっているつもり」とのことです。本人がぽつりと漏らしてくれたところによれば、「キミヨのしてくれることはありがたい」ということで、素直じゃないなあなんてわたしでも呆れてしまうぐらいのもにょもにょでした。


 スミレはあの夜以来、一向に見かけません。「インガの裏側」で出くわすこともありませんでした。オリエ先輩なら何か知っているかと思ったのですが、この人の方も学年が違うせいか学校でもなかなか会えませんでした。ただ、スミレは心身のバランスを崩している、ということでした。


 水島はというと、わたしにやたらと絡んでくるようになりました。これは仕方がないことで、この女は完全にクラスでの地位を失ったからでした。代わってリーダー格の地位に座った連中に追い落とされ、女子ほぼ全員から無視される存在にまで落ちぶれていました。


 「ほぼ」なのは、大変不本意ながらわたしが無視しないからでした。そのことに関して、リーダー格の連中に校舎裏に呼び出されたりもしました。久々にやってきた世界の死角はジメッとしていて、まるでわたしのホームのように居心地が良い……わけもなく、相変わらず嫌なことばかり思い出させる場所でした。


 リーダーグループはわたしに、水島を無視するように言いました。言外に「お前もイケニエにしてやろうか」という黒曜石のナイフがちらついていましたが、わたしが正直なことを言うと手を引いてくれました。


 正直なことというのはもちろん、わたしは水島と友達のつもりは一切なく、あいつの話になんて三パターンの言葉でしか返事をしておらず、したがってほとんど無視しているようなものだ、ということです。そこまではきはきしゃべったわけではありませんが、リーダーグループ連中は先々代の×××××や先代の水島ほどは性格が悪くないのか、若干怯えたような笑いと共に、それで引き下がってくれました。


 そういうわけで「ディストキーパー」周りは平穏でしたが、わたしのクラスは風使い的な表現をすれば、政権交代の大嵐だったわけです。本気のアキナさんと殴り合うよりかはマシですが、こちらもある意味命の取り合いには違いないのです。こちらは今回、わたしに大して火の粉がかかってこなかったので楽ではありますが。


 ただ、爆心地まっただ中にいる水島にしてみれば当然たまったものではなく、どんどんやつれたようになっていくのが目に見えて分かりました。同時に口数も減ってきました。いい気味です。いい気味です。何回でも言ってやります、いい気味です。


 そして遂に、学校に来なくなりました。そのお陰でわたしのクラスからは「いじめ」というものがなくなって、正常で平和なクラスになりました。こう考えるのは間違っているでしょうか。単に水島が世界と合わなくなって、勝手に脱落しただけだ、と。




 水島が学校に来なくなって三日ほど経った昼休み、わたしはトイレでキミちゃんと出くわしました。


「そう言えばさ」


 用を足して手洗い場に出てくると、トイレにはわたしとキミちゃんしかいませんでした。それを見計らうようにして、手を洗いながらキミちゃんはこう切り出しました。


「誰を消したの?」


 あの時。思いがけずアキナさんにバラされたわたしの「最初の改変」。これまでキミちゃんとは何度も顔を合わせてきましたが、その話題に触れてくるのは初めてでした。不意を打たれたわたしはびくりとなって、目を伏せました。


「ごめんなさい……」

「いや怒ってるんじゃなくてさ、単純に質問」


 きゅっと蛇口を締め、手についた水を払って、キミちゃんはわたしを見ました。わたしは鏡に映った自分の顔すら見たくありませんでした。元々大して好きではない子どもっぽい野暮ったいその顔に、異形の植物が深く根を張っているように思えたからです。


「まあ聞いても仕方ないのかもしれないけどさ、そいつはもうこの世にいなかったことになってるワケだし」


 キミちゃんはわたしに気を使って、言葉を選んでくれているようでした。わたしが、アキナさんとは違って弱いことを充分知っているからでしょう。


「どういう関係の人だったの?」


 どう言えばキミちゃんは許してくれるでしょうか。そのことばかりが頭をぐるぐる回ります。そう考えている時点で、やはりわたしは「世直し賛成派」かもしれません。キミちゃんからすれば間違っているのでしょう。そうでなければ、こんなに後ろめたいはずがないのです。


「……同じクラスの、水島さんの――友達」


 一瞬きょとんとなって、しかしすぐにキミちゃんは分かってくれたようでした。


「つまり、いじめてた人?」


 わたしは一つうなずきました。


「そっか。じゃあ――仕方ないのかもね」


 また無理をさせてしまいました。わたしは蛇口の下の、誰かの髪の毛が絡み合ってへばりついた排水溝ばかり見ていました。


「あたしもさ、別にその、アキナの『最初の改変』とかも悪いとは言い切れないかなって、思ってるよ」


 取り繕った言葉のように思えて、一層胸に何かを刺し込まれるようでした。きゅっと縮まって今の場所から追い出そうとする、柱に頭を叩きつけながら「死ぬから許して」と叫びだしたくなる、よく夜にベッドの中で湧き上がってくる慣れ親しんだ感覚でした。


「ランのとかはちょっとどうかなって思うけどさ。でもアキナもミリカも、事情があるなって言うか、かなり危なかったワケじゃん?」


 かばわれることは嬉しいばかりではないのです。久しぶりに思い知りました。キミちゃんは恐ろしい人です。優しさでわたしを殺せるのですから。


「大丈夫?」


 そう問われて、わたしはぎこちなく笑って、がくがくうなずきました。


「あ、あんまし大丈夫には見えないけど……」


 その時、大きな音と揺れが校舎を襲いました。キミちゃんは小さく悲鳴を上げ、わたしはその腕につかまりました。


「何なの、今の? 地震?」


 揺れはすでに止んでいました。地震ではないようです。ただ、音には聞き覚えがありました。雷が落ちるような……!


 気が付いたことを確かめるために、わたしは意識を集中させました。風を触角に変えて、辺りを手探りするように。すると肌の表面を、痺れるような感覚が走りました。「ディスト」の気配に似ていますが、少し違います。けれど、慣れ親しんだ気配でもありました。


 それは、想像した通りだということでもありました。


「スミレ……!」

「え? 今のが? 今日、学校来てるの?」


 それは分かりませんでした。わたしもキミちゃんもクラスは違うし、いちいち確認したりしません。


「とにかく様子見に行く?」


 うなずいて、わたしは制服の胸ポケットから「ホーキー」を取り出しました。


「なら、変身して行った方がいいと思う。あの時、スミレ『いいこと聞いた』って言ってた。アキナさんの真似をしようって考えたのかも……」


 「正義、正義」とうるさくて、自分は正しいと思っていて、それなのに学校で虐げられて不登校になっている。そんなスミレが「世直し」のことを知って最初に狙うのは? 同じくイケニエだったわたしには分かります。


 クラスメイト。


 わたしならそうしますし、したようなものです。


「あの時……って、十日も経ってから? それも、学校の中で?」

「すぐしなかったのは気になるけど、常識が通じる相手じゃないし……」


 大いにキミちゃんは納得してくれました。内ポケットから「ホーキー」を取り出し、鎖骨の下の「コーザリティ・サークル」に差し込みました。わたしも、左腿の内側に鍵を差し入れます。


 変身したわたしたちは無言でうなずき合って、廊下へ続く手洗い場のドアを開けました。


 廊下に出て、わたしとキミちゃんは呆然となりました。

 校舎の半分がなくなっていたのです。

 より正確に言うならば、校舎の二階部分の半分と、三階部分の四分の一ほどがなくなっていました。柱は黒い鉄骨がむき出しになり、無事な床にはコンクリートのざらついた瓦礫が転がっています。その下に見覚えのある色の布がのぞいていて、赤黒い液体がしみだしています。破れた天井からのぞく空の色がバカに青く見えました。


 そして、その惨状をバックに立ち尽くしていたのは、やはり「アメジスト」の「ディストキーパー」、スミレでした。


「やあ、いたんだ」


 槍を携え、スミレは明るい笑顔で言いました。その腕に、ぐずぐずに泣き崩れた女の子を抱えています。見覚えのある子でした。確か、一年生の時わたしのクラスでリーダーシップをとっていた子のはずです。


「今掃除終わるからね」


 スミレは抱えていたその子を床に転がすと、槍を無造作にその背に突き立てました。


「ひゃはっ!」


 無邪気な笑い声と共に、サイドポニーを揺らして、何度も。何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。


「ジャッジメント、サンダー!」


 ずたずたになった「人間だったもの」に電流を流すと、見る間にその子は膨れ上がり飛び散りました。肉の焼ける臭いがして、女の子は床に黒い焦げ跡を残すのみとなりました。


「あんた、何をしてるの!?」

「掃除だよ」


 キミちゃんの悲鳴に似た問いかけに、スミレは槍の穂先についた血を拭いながら、何気ない調子で応じました。


「こいつら、ゴミだからね。ボクが始末してるのさ」

「バカなこと言ってんじゃないわよ!」


 キミちゃんの声からは本気が伝わってきて、少し後ろにいるわたしもビクリとなるほどでした。しかし、スミレは不思議そうな顔で首をかしげます。


「どうして怒るのさ? アキちゃんと同じことしてるだけなのに」

「同じなもんか!」


 こうして人の神経を逆なでしてくるのは、さすがはスミレといったところでしょうか。


 らちが明かない、とキミちゃんはスミレの右、積み上がった瓦礫に腰掛けるその人に目を向けました。


「どういうつもりなんですか!?」


 あらあら、と言うように首をかしげ、その人――オリエ先輩が下りてきました。

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