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深淵少女エメラルド  作者: 雨宮ヤスミ
[三]正義の味方
13/31

3-1

「やっぱり戦うしかないのか……」

 

 

 翌日学校に行くと、水島から声を掛けられました。昨日はどうかしてた、みたいなことを言い訳しながら改めて謝られました。パサラの改変はうまく行ったようです。大人の対応で受け入れてやりました。何となく優越感がありました。


 ただ、あまりに受け入れすぎたのか、やたらと話しかけてくるようになって、それにはうんざりしました。口では許した風なことを言いましたが、大体それはあの戦いでの水島の無礼な言動に対してであって、わたしが過去に傷つけられたことに関してではないのです。表面上は友好的に接しているように振舞っていますが、水島が許せないのは今も変わらないのです。もちろん向こうはそんなこと、知る由もないのですが。


 それに、焦りがあるようでした。わたしが願って消した×××××と、水島が殺したその腰巾着、このツートップがいなくなって、わたしのクラスの女子のパワーバランスは大きく狂っていたのです。


 元々わたしのクラスには、大きく分けて四つのグループがありました。まず、×××××や水島の三人からなるトップグループ。次いで、運動部の女子が中心になった中堅上位層、文科系の女子が集まる中堅中位から下位層と続き、最下層にはあぶれたイケニエ候補たちという構成でした。


 ちなみにわたしはどれにも属していませんでした。パッと見は最下層所属のようでしたが、この辺りの連中が話しかけてきても適当にあしらっていました。


 当初は本人の狙い通りに、水島がトップに立ったのですが、すぐにそのダメっぷりをあらわしたようで、水島のグループからは人が離れているようでした。代わりに、運動部の上位層と文科系の一部が手を組み、新たな政権を樹立したようです。


 水島のやり方は、×××××のやり方を踏襲したものでした。すなわち、何人かのイケニエ(一人はわたしです)を作り上げることで、それを食いつぶしながら自分たちの安定を図るというものです。これは階層社会を作るには有効な手段で、下層の人間はイケニエに落ちたくないがために上層の人間のご機嫌をとるようになるのです。ええ、何せスクールカーストは被差別民への「転落」があるのが恐ろしい部分なのですから。


 ただ、これを成立させるにはリーダー本人に相応の実力がなくてはなりません。×××××自身はぶっちぎりのカスでしたが、こいつには凶暴さで有名な不良の兄がいたのです。その兄の影をちらつかせながら、横暴を通していたというのが実情でした。


 しかし、水島にはそんな後ろ盾はありません。ただの自意識過剰なテニス部の幽霊部員です。それでは他の連中に足元をすくわれるのは自然の摂理というものでしょう。


 一転追われる立場となった水島は、「ディストキーパー」というつながりのあるわたしに、慌てて声をかけてきたという構図でした。新政権に対抗するというよりかは、最下層をまとめ上げて自分がリーダーのグループを作りたいだけのように見えます。


 何とも情けない都落ちでした。どれだけリーダーがやりたいのか、と呆れるしかありません。病気です、リーダー病です。大体、何故自分が失脚したのか、ということを反省する気もないようでした。


 オリエ先輩やスミレではありませんが、自分自身を変えなくては現状を前進させることなんてできないのです。「ディストキーパー」になったからと言って、自分より一つ上の階級の女が死んだからと言って、自動的に自分がトップに立てるわけではないのです。


 わたしも、人のことは言えませんが。前進など、望んでいないとは言え。



 その日の放課後、わたしが一人でそそくさと帰ろうとしていると、校門の手前で追いついて来て、水島はわたしの右側少し前を歩きだしました。そこからちょいちょい話しかけてきます。自分の方が上で、友達のいない可哀想な葉山さんに話しかけてやってるんだ、という立場にいるつもりです。


 話題は、まず今日あった漢字テストの話から入ってきました。そこは「ディストキーパー」トークでもすればいいのに、その発想はないようでした。そこからあまりに生産性のない話題が続いたので、わたしは変身して飛んで逃げたくなりました。何でいきなり愚痴に付き合わなくてはならないのでしょうか。


「もうあいつら、ホント言うこと聞かないのよね……」


 学校から充分離れたのを見計らって、話はクラスメイトへの陰口大会にその姿を変えましました。他に気にすることはないのか、と呆れました。視野の狭い女です。


「何でかなあ……。昔みたいにやってるはずなのに」


 その「昔」と「今」では、つながっている「インガ」が違うので、通用しない方法になっているのは当然なのですが、水島にそれを知る由はないのです。


 まず、どういう認識になっているのでしょうか。×××××が産まれていないことになったこの世界で、腰巾着と水島はどうやってクラスをまとめていたのでしょうか。スクールカーストの最上位にいる、という結果だけが残ったのでしょうか。その線が濃いように思います。


「あたしがいけないのかな?」


 そうだよ、全部だよ、徹頭徹尾だよ、違うよねと言ってほしがるそういう思考だよ、自意識過剰の水島さん。そう言える自分になれるようにパサラに願えばよかったのでしたが、何かを変えることに抵抗のあるわたしですから、そうはいかないのです。


 だから、この水島の気持ちはよく分かります。でも、それで憎しみが消えるような、模範的な物語の主人公とわたしは違うのです。割り切りのビジネスライクな関係でいたいと思いました。


「ね、ね、ミリカはどう思う? 外から見ててさ」


 遂に名前で呼ばれるようになりました。「わたし水島さんのこと、頭の中では名字呼び捨てなんだよ?」と言いたくなりました。


「う、うーん、外からじゃちょっと……、うん」


 こんなように生返事で適当に相槌を打っていくと、散々に愚痴る水島の様子が、だんだんとつまらなさそうになっていくのが分かりました。何で話を広げてくれないんだろうとか、どうして相槌のパターンが一つしかないんだろうとか、考えているのでしょうか。


「あれ、珍しい組み合わせ」


 そこへ、後ろから聞き慣れた声がかかりました。キミちゃんでした。家はこっちの方向じゃないはずですが、どうしたのでしょうか。そう思っていると水島が尋ねました。


「どうしたの? 家逆でしょ?」

「パサラが、ミリカとあたしに用があるって言うから、探してたんだ」

「何それ? テレパシー使えばいいのに」


 それにはわたしも同意見でした。


「あたしが、すぐ見つかるから、って言っちゃったからね」


 ミリカの行動は把握してるし、と冗談めかしてキミちゃんは笑います。行動が分かるというのが縛られているみたいで、ちょっともにょもにょでした。


「で、そのパサラは?」

「こーこ」


 キミちゃんは鞄を開けて、中から大きな毛玉を引っ張り出しました。出てきたパサラは明らかに鞄の容積より大きいようでしたが、その辺りは魔法的な力なのでしょうか。


「ちょっと、その持ち運び方はどうなのよ?」

「パサラがそれでいいって言ったんだよ」


 当のパサラはキミちゃんの手から離れ、水を払う犬のようにぶるぶると体を震わして、わたしたちをぐるりと見渡しました。

「ちょ、パサラ、あんたそんな扱いでいいの?」

『別に。この体は私の本体というわけではなくて、単なる端末だからね』


 君たちが電話を持ち運ぶのと同じさ、と耳をパタムと上下させました。


『ともあれミリカ、それにキミヨ。あと一応ランにも言っておこうか』


 何だというのでしょうか。ついで扱いで水島は少し不満そうな顔をしました。


『「人間界」での「ディストキーパー」能力の使用に関してなんだけど』


 昨日空を飛んだのがバレているようでした。キミちゃんの方を見ると、心配するなと言うようにちょっと笑って肩を上げました。


「使っちゃダメ、みたいな話?」


 何となく察したのでしょうか、水島はそう先回りしました。


『いいや、基本的には禁止はしていないんだ』

「そうなの!?」


 これには驚きでした。じゃあ毎朝飛んで通学しようか、とよからぬたくらみが頭をもたげました。


『ただ、推奨はしないよ。誰かに見られた時に「インガ」を改変しないといけないから』

「ああ、改変すると『ディスト』が生まれる、と」


 そういうこと、とパサラは体を縦に振ります。


「だったらもっと使おうかなあ……」

「お、何するの?」


 水島の能力を日常で役に立てるのは難しそうに思えました。


「水分を集めて剣にして、そこからまた水に戻して……」


 剣を水に戻したりもできるのだそうです。それが何の役に立つのかは知りませんが。


「お、いいじゃん、ラン。のどかわいた時飲めるよ」

「普通にコンビニ入るよ!」


 変な雑菌とか入ってそうだな、とふと思いましたが言いませんでした。


「こんな微妙な能力じゃなくて、ミリカみたいに応用が利くやつならよかった」


 馴れ馴れしい。こっちを見るな。顔に嫌悪感があふれて深いしわが刻まれそうになるのを何とかこらえました。ちょっとぐらいは出たかもしれません。


「何かあたしだけ貧乏くじ引いた感があるわ」


 水島お得意の「あたしかわいそう」が出ました。その肩に、ぽんとキミちゃんが手を置きました。


「重くしようか?」

「え?」

「重く、しようか?」

「ご、ごめん……」


 もっと日常で使いようのないキミちゃんに笑顔でそう迫られて、さすがの水島も引っ込めました。


「あたしも軽くする、いや、せめて手を触れずに重くできたらなあ」

『将来的にできるようになると思うよ』


 パサラによれば、「ディスト」を倒したり、使い込んでいくと能力は鍛えられていくのだそうです。


『あるいは、強烈な心の動きがあったりすると一気に目覚めたりとかね』

「強烈な、って具体的には?」

『死にそうになったりとか』


 お手軽そうだと思って食いついたのでしょう、そう返されて水島は肩を落としました。


「やっぱり戦うしかないのか……」


 日常で便利になるように戦って能力を鍛える、というのは何となく本末転倒な気がしてくるのは、わたしがひねくれているからでしょうか。


「やっぱりのどがかわくたびに水を作ってたら、早いんじゃない?」

「いやよ、そんなの。何の訓練よ」


 こうやって誰かにからかわれている方が、水島の身の丈に合っているとわたしなどは思うのですが、本人は不服なのでしょう。


『まあ、鍛えるなら戦闘だよ。アキナみたいなことをしたらいいんじゃないかな』

「アキナ? 何かしてんの?」


 キミちゃんはアキナさんとよく組んでいる水島の顔を見ました。知らない、と首を振り、パサラは少し意外そうな声音で言いました。


『おや、聞いてなかったのかい? アキナも「人間界」で能力をよく使ってるんだよ』


 きっとトレーニングか何かだろう、とわたしは見当をつけました。


『確か、今夜やるはずだから、ここに行ってみるといい』


 パサラの教えてくれたその場所は、駅の裏の繁華街の、あまり近寄りたくないでした。というのも、例の×××××の兄がリーダーをしている不良グループらのたまり場になっていると聞いたことがあるからでした。

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