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「葉山さん、『ディストキーパー』だったんだ」
こうしてわたしは、六人の「ディストキーパー」の内、五人と知り合いました。
最後に顔を合わせることになったのは、「サファイア」でした。
よく知っていて、よく知らない、知りたくない。そういう不思議な相手です。
あの女と組むことは「避ける」とパサラは言っていましたが、どうしてものっぴきならない時というのは来ます。
例えば、キミちゃんとオリエ先輩が同時に出てこられない時に、大型の「ディスト」が二体、それぞれ離れた地点に出現した時です。
どちらもが、一人だけでは太刀打ちできないレベルの「ディスト」でした。
スミレとトウコさんで、東側の一体、わたしとアキナさんと「サファイア」で西側のもう一体。それがパサラの判断でした。
『戦力比や相性から考えると、これがベストなんだ』
組分けをテレパシーで全員に伝えた後、パサラはわざわざ謝りに来てくれました。西側の一体は大きな鳥型で、人を飛ばせるわたしが必要になるのだそうです。対して東側は、前のヒトデと同じような群体タイプで、トウコさんやスミレが適任なのだそうでした。
「いいですよ、別に」
言ってしまってから、ちょっとひねた風に聞こえたかな、と後悔しました。
「いつかは会うかな、なんて思ってました」
気を使ってみても、わたしの乏しいコミュニケーション能力ではこれが限界でした。
「あの子は、わたしが来るって知ってるんですか?」
どういう反応なのか、気になりました。パサラは意味を取りかねている様子で、わたしは「同じクラスの葉山ミリカが『エメラルド』として来るのを知っているのか」ということだと説明しました。
『「サファイア」は君が「ディストキーパー」だとは知らない』
だろうな、と思いました。キミちゃんには事情を話しているし、アキナさんはわたしが「サファイア」と同じクラスだとは知らないので話題にしないでしょう。トウコさんは余計なことは言わないし、オリエ先輩とは最初の戦い以来組んでいないそうなので。
「なら、わたしも知らないふうでいきます」
『どうして?』
「そういうものだから」
わたしは一つうなずいて、「ホーキー」を取り出しました。
「人間には色々あるんです」
賢い毛玉でも、それは分からないようでした。
集合場所になったのは、「ディスト」出現地点近くの運動公園でした。
わたしがやって来た時には、アキナさんが一人で腕を組んで立っていました。
「よ、久しぶり」
わたしが近くに着地すると、アキナさんはそう挨拶してくれました。前の牛型以来だったので、本当に久しぶりでした。
「お、お久しぶりです」
お変わりなく、というのもおかしい気がして、わたしはそう言うに止めました。
「ずっとキミヨと組んでたんだって? どう、あの子は?」
「いい子です。仲良くしてくれて」
「だろ? あたし小学校一緒でさ、結構知ってんだ。面倒見もいいだろ?」
わたしは深く深くうなずきました。ついでに言うなら、根気強いとも思います。だってわたしと友達付き合いしてくれようとするのですから。
「ああ見えてキミヨって社長の娘なんだぜ。小さい会社だって話だけど、今日もそれで海外旅行らしいな」
それは知りませんでした。多分育ちがいいのだろうな、とは感じていましたが。
「他はトウコとかだっけ? オリエさんとは会った?」
「あ、はい」
「オリエさん、新人の教育失敗してるよな……」
またわたしは深く深く深くうなずくことになりました。「アレは始末に負えんわー」とアキナさんも呆れた様子でした。
「結構いつも、そうなんですか?」
「ん、何? いつも?」
スミレのことを、トウコさんと組んだ時に尋ねたことがありました。すると、トウコさんは「オリエはいつも新人教育を失敗する」といつもより苦めな表情で言いました。「大抵死ぬのが早いのは、あいつが育てた『ディストキーパー』」とも言っていました。
それがあっての「いつもなんですか?」でした。しかし、アキナさんは不思議そうな顔でこう言うのです。
「いつも……? いや、オリエさんが新人の面倒見るの、初めてじゃないかな? あたしとトウコがなった時は、自力でやれって放り出されたし」
トウコさん話が違うんですけど。わたしはまずトウコさんを疑いました。しかし、ここで「トウコさんが言ってた」と誰かの名前を持ち出すことができないのもわたしです。それにもう一つ、言えない理由ができました。アキナさんは続けてこう言ったのです。
「と言うか、新人が来るのが、ミリカたちが初めてだ」
わたしはオリエ先輩の言葉を思い出します。あの人は確かに「あなたたちの前にもたくさんの『トパーズ』や『エメラルド』がいた」と言ったはずです。それに、仲間の「インガ」を閉じ込めた琥珀も持っていました。
そこまで考えて、ようやく気付いたのです。
アキナさんには、前の仲間の記憶がない。どうしてだか分からないけれど、この人だけ「インガ」を修正する時に、一緒に記憶を消されている。
もしかしたら、望んだのかもしれません。過去を振り返らないから、縛られないから強いのかもしれません。ともあれ、そうであるならば話題を逸らさねばならないようです。
「いや、ほら、クラブとか、そういうことですかね」
「ああ、トウコから聞いたのか」
我ながらひどい言い訳でしたが、アキナさんは一人で納得してくれました。
「部活でも、ねえ……。でもトウコの言うこと、あんまり鵜呑みにしちゃダメだ。あいつは悪い奴じゃないけど、変わってるからな」
それは大いにそうでしょう。悪い奴じゃないが変わっている、というのはトウコさんを的確に表現した一言だと思います。
「何せ、スミレの一番ダメなところは『ジャッジメント・サンダー』って技名がダサいことだ、って言うんだから」
わたしもそのことについては、この間こんこんと聞かされたところでした。ちなみに、トウコさんなら「トールハンマー」あるいは「ムジョルニア」と名付けるそうです。
「今日はあの二人でコンビ組んでるけど……」
「技の名前でもめるから危なさそうですよね」
「それはあるな。キツく言われてスミレが泣きそうだ」
自分で言って笑ってから、「アレは本当に困るよな」とアキナさんは溜息をつきました。やっぱり煩わされたことがあるそうです。
「そういや、ランとは面識あんの?」
ラン。水島ラン。
それが「サファイア」の名前でした。わたしを虐げ傷を負わせ、今も生き残っている女の名前でした。友達と呼んでいた人を殺して、のうのうと生きている人間の名前でした。
「いえ、まったく……」
「そうか。水島ランって言うんだけど」
「え?」
わたしは精一杯の驚いた演技をしました。自然にできたと思います。
「何? 知ってんの?」
「同じクラスです」
その時、水の跳ねるような音がしました。そちらを振り返ると、青い髪の女が立っています。白地に水色のラインが入ったノースリーブと、同系列のデザインの膝までのスカート。額を出した髪型は、髪の色は違えどあの女のものでした。
「ごっめーん、遅くなったあ」
媚びたような口調から察するに、水島ランはアキナさんを自分の上の人間だと見ているようでした。わたしが消した×××××に対する声音と同じものです。
「いいさ、ちょうどランの話をしてたとこだ」
「その子が『エメラルド』? って……!」
水島ランは目を見開きました。わたしは自分の感情を押さえて、ぺこりとお辞儀をしました。どうにも苦手だったり嫌いだったりする相手には、丁寧になってしまいがちです。近づいてほしくないからかもしれません。丁寧さとは、壁を作ることと同じ意味なのです。
「葉山さん、『ディストキーパー』だったんだ」
「水島さんこそ……」
初耳であるという演技は自然にできたようでした。水島ランは疑うことなく「ちょっと? え? マジ? 何かテンションあがってきた!」などとバカ丸出しのリアクションを取っています。こういう女なのです。
「ラン、はしゃぐのは後だ。先にアレを何とかしてしまおう」
アキナさんの見上げる先には高い鉄塔があって、その先端に「ディスト」はとまっていました。十メートルはありそうな、巨大な鳥でした。猛禽類というのでしょうか、鷹か鷲のようなシルエットでした。
鳥型はこちらの視線に気づいたのか、大きく羽を広げました。二枚の翼の内側に一つずつ、「ディスト」の白い目があり、こちらをにらんでいます。
「来るぞ」
アキナさんは拳を顔の前で構えました。水島ランも、腰のサーベルを抜き放ちます。
わたしも風を用意しました。アキナさんと水島、二人の体にまとわせます。いくら嫌いな相手であっても、仕事の時には手を抜いてはならない。それぐらいはわたしでもわきまえているのです。




