夏→秋 要視点
お久しぶりです。今回は泉の出番がありません…。
夏の暑さも大分おさまり、そろそろ秋だなぁ、なんて言い始めた頃。
滅多に鳴らない俺の部屋のチャイムが鈍く響いた。泉は合鍵を持ってるから、チャイムを押すことなんてしない。そもそも、今日のこの時間はバイトだと聞いている。
だけどなんとなく、確信をもって俺は玄関を開けた。
「いらっしゃい、暮兄」
そこには予想通り、泉とよく似た顔の青年が立っている。作り物のような綺麗な顔に、貼り付けたような笑顔を浮かべて。ころころと表情の変わる泉に比べると、暮兄はまるで本物の人形のような印象を受ける。だけど実際は、優しげな微笑みを浮かべながら、内心は何を考えているのかわからない。
泉の二つ上の兄、暮斗はそういう人だ。
「お邪魔するよ、要?」
泉とよく似た声で、綺麗な顔にやっぱり貼り付けたような笑顔を浮かべて、暮兄はそう言った。
室内に上がるように促すと、何回か来たことがある暮兄は、好きに腰を落ち着ける。それを見届けて、冷蔵庫から新商品の紙パックの口を開けた。勿論俺が飲むのではなく、泉用に買い置きしてあるものだ。
暮兄と泉の嗜好は良く似ているから、泉が最近ハマりだした物を出して、外れる事はないだろう。
グラスをテーブルに置くと、中の色を見た暮兄が目を細めて笑う。
「何、この飲み物。すごい色してるよ?」
「最近の泉のお気に入りなんすよ」
泉の、と聞いた瞬間、笑顔の種類が変わる。偽物のそれは温かみのあるものになり、泉への愛情の深さを示す。暮兄がこんな風に笑うのは、泉の事に関してだけだと思う。
楽しげにグラスに口をつけ、奇妙な味を試す姿は、本当に泉とよく似ている。
…俺だったら、唐辛子オレ、なんてわけわからない飲み物は、一口だって試したくない。
「へぇ面白いね、これ」
やっぱり暮兄も、お気に召したらしい。俺は匂いだけでも嫌になる。
泉とよく似ている事を再確認した俺は、グラスにもう一杯注いでやり、本題に入る事にした。
「それで、今日は何の用?暮兄が俺の部屋にくるなんて、明日は雨か?」
「要、俺の可愛い泉に手出したでしょ?」
沈黙が流れた。聞き方が直球すぎた事や、暮兄の表情から笑顔が消えて無表情になった事など、理由は複数あるが。
「俺の泉、ね」
一番の理由は、その発言に、酷い苛立ちを感じたからだった。
暮兄がブラコンなのは、すぐにわかることだ。だけど実は、泉もブラコンである。少し乱雑な態度を向けるのは兄が許してくれる事を知ってのことだし、新商品に手を出し始めたのは暮兄が買い始めたからだ。味覚や色の好み、初対面の人への笑い方なんて、暮兄の貼り付けた笑顔とそっくりそのまま。
泉と暮兄はよく似ている。それもそのはずで、泉が暮兄に憧れて、真似ているのだ。
二人の距離は、思わず羨んでしまう程、近く感じる。
俺の、というのなら。
「…じゃあさ、頂戴。泉を俺に」
「俺がそう簡単に、あげると思うの?」
「思わない。けど逆に、暮兄は俺が泉を諦めると、思ってんの?」
ずっとずっと、幼い時から泉ばかりを見てきた。泉がたまらなく欲しくて、耐えて、耐えられなくて、ようやく今の状況にたどり着いたんだ。
今更、諦められるはずがない。
それに。
「…だいたい、暮兄も、どうにかするつもりなんだろ?」
「まぁね。どうにかしないといけない。でも泉を要にあげられるかどうかは、まだわかんないでしょ?」
まぁせいぜい、頑張れば。笑顔を貼り付けそう一言残して、暮兄は帰宅していった。
相変わらず怖い人だな、と小さく呟いて、戸締りをする。残念ながら今晩は泉が訪ねてくる予定がない。
不意に無邪気に笑う泉の顔が浮かんだ。それだけで肩に入っていた力が抜けていく。少し子供っぽい泉の笑顔は、最近になってみる機会が増えてきている。暮兄とは似ても似つかない、俺の好きな表情だ。
「俺がお前を、手離せるわけねえじゃんな?」
独り言をこぼして、小さく笑う。
もっと、あの顔を見ていたい。誰よりも、暮兄よりも近いところで。
少しフラグ立ての回でした。