七夕
時系列が少し戻って七夕です。
「あのさぁ、」
「…ハイ」
「明日は何の日でしたっけ、泉さん」
「…七夕ですね、要さん」
「よりによって七夕の日かよ…」
要はふくれっ面を隠さないで言う。
そう、俺は七夕の日に、祖母の家に行くことになっているのだ。遠い親戚の一周忌で、明日どうしても行かなければならない。
だから要が不満に思っても、俺にはどうしようもない。
「仕方ないだろ」
「泉は俺といたくねーのかよ」
付き合って初めての七夕だ。俺だって過ごせることなら要といたい。
俺の家は両親が厳しくて、あんまり家族と行動したいとは思えない。うっとうしい説教を聞くより、要といたいという気持ちはある。だらだらと、要と話している方が良いけれど。
どうすれば要が機嫌をなおしてくれるのかわからなくて、じっと見つめた。
目が合った要は、小さくため息をつく。
「…わかってるよ、仕方ない事くらい。終わったら、電話くれ」
「ん、わかった」
頷くと、大きな手が俺の頬に触れる。体温の高い要の手はわりと好きだったりする。
ごつごつした手がそろりと頬に触れる感触は、要が俺を大切に想ってくれていることをそのまま示しているようで、気持ち良い。
軽い力で顎をつかまれ、唇が寄せられる。ふに、と触れるだけのキスを数回繰り返した後、わざと音を立てて軽く吸われた。
「会えない分、今日付き合えよ」
今晩の泊まりは決定らしい。
軽く耳を噛むことで返事を返した。
窮屈なネクタイを外して、第一ボタンを外した。普段から着ている制服が、なんだか違うもののように感じた。気疲れからくる肩こりも酷い。地味に腰も痛い。
ポケットからスマホを取り出すと、21時を示していた。親戚達は何やら昔話に花を咲かせていたからその隙に部屋を出てきた。
誰もいない和室で一人、要に電話を入れようとして、スマホを弄る。
なのにいきなり、横から伸びてきた手に、スマホを奪われた。
「ちょ、おいっ」
「泉、誰に電話しようとしてんの?」
いつの間にかいた兄さんが、スマホのディスプレイを見てふぅんと呟く。
「また、要?」
「だからなんだよ、返して」
「泉は要が、大好きだね?」
「っ何言って」
兄さんは高1の俺よりも二つ上。同じ高校に通っているし、幼馴染でもあるからもちろん兄さんも要の事を知っている。恋人になったことは言ってないし、言うつもりもないけど。
「泉はわかりやすいね、顔真っ赤」
「からかうな、返せってば」
「はいはい」
意外と早く、スマホは俺の手に返ってきた。代わりにぐしゃぐしゃと頭を撫でられる。昔から兄さんは俺の頭をこうやって撫でるけど、二つしか変わらないのにガキ扱いされているようで気に入らない。そもそも、ボディタッチは好きじゃないのだ。要以外は。
「やめろって」
「要が好きなのはいいけど、俺もかまってよ」
「なんだそれ。家にいれば話すだろ」
「最近自宅にもいないでしょ。泉の世界は、要しかいないみたい、…まるで織姫様だね?」
恋は盲目というやつだ、彦星様の事しか考えられなくなった乙姫様は、離れ離れになってしまった。泉と要も、そうなるのかな?
そう言って、兄さんは柔らかい微笑みを浮かべる。相変わらず何が言いたいのか、さっぱりわからない。表情と言葉がかみ合っていない。しかも何でか、要との関係がばれてるっぽいし。
だけど一つだけ、言える事がある。
「離れ離れになんか、ならないよ」
俺の世界には、そもそも俺しかいないんだ。俺の世界と要の世界が重なり合って、今の関係がある。
どんなに頑張っても重ねあえない世界が、触れ合えない部分がある。そのことを忘れず、でも触れ合うことをやめなければ、要とずっといる事だって出来る、と思う。
要のことしか考えられなくなったって良いんだ。俺がそれを望んでいる。
「要と離れ離れになんてならない」
それだけ言い返して、俺は和室を出た。
ディスプレイを見ないまま、要へ電話をかけながら外に出る。
外は余計な街灯がないおかげで、天の川が綺麗に見えていた。
『おせぇよ』
「ごめん、兄さんにつかまってた」
かかるとすぐさま、不機嫌な要の声が飛んでくる。遅くなったのは本当のことだから、素直に謝った。
「遅くなって、ごめん」
『…おう』
「要」
『んん?』
聞きなれた声が、電話越しに耳をくすぐる。要の声だと認識すると、するりと言葉が勝手に出た。
「好き」
『へ…?』
「明日、帰ったらすぐに会いに行くから」
『え、なに突然?』
要の混乱している声が聞こえたが、かまわず電話を切った。頬が赤いのが自分でもわかる。
火照った顔が冷めるには、時間がかかりそうだ。もうしばらく、家の中に戻ることは出来なさそうだった。
電話の時間は短かったけど、泉が珍しくデレデレだったので要的には満足。
次の日には
要「昨日のもう一回
泉「言うわけないじゃん」…」
即答。
基本泉は好きとか言いません。むしろ要の方が言うと思う。




