お昼寝タイム 要視点
ちりん、と和室の窓においた風鈴が涼しげな音をたてた。窓は閉めて出かけたはずだから、おそらく恋人が来ているのだろう。
「ただいま、泉」
靴を脱ぎながら声をかけたが、返事がない。音楽でも聞いているのかと和室に行くと、そこには畳に直に横になって眠る、泉がいた。
このクソあちぃ中、扇風機も冷房も入れずに、窓だけを開けている。
ちりん、もう一度鳴った夏の音に、手招きされるような気分で泉の隣に向かった。
数週間前まで、親しい友人でしかなかった泉は、ぽってりと紅い唇を微かに開けて、穏やかな寝息をたてている。こうやって見ると、泉はまるでお人形のようだ。真っ白で滑らかな肌と、作り物のような端整な顔立ち。儚げで、今にも崩れ落ちてしまいそうに感じてしまう外見。そこらの女子が羨ましがるほど、泉は綺麗だ。
だけど俺は、このお人形の様な外面を好きになったんじゃない。むしろ、泉じゃなかったら嫌いな部類に入るだろう。
綺麗なお人形、作り物のような顔は、一言で言ってつまらない。それに尽きる。
指先でそっと、陶器のような頬をなぞってみる。
「んんっ…」
低く甘い声が、小さく唸る。素直な反応に思わず咽を鳴らして笑った。
「可愛いやつ」
その端整な顔に、泉の感情が乗るからこそ愛おしい。恥ずかしがり屋で、素直じゃなくて、意外と口が悪い泉だからこそ、同性でも諦められない程、好きになった。
告白したのは、俺からだった。俺の日常の一部だった友人に、いつからか恋情を抱いていた。友人で、同性を好きになる事に戸惑って、なのに泉だから仕方がないかとどこかで納得して、泉が他の男と話をする事に酷く苛立った。泉の事ばっか考えて、アレやソレをしたい対象が泉になって、一日中、泉の事しか頭の中になかった。
「俺はいつから、泉バカになったんかね」
泉は俺の唐突な告白にぽかんと口を開けて、固まった。だけどこいつは優しいから、拒絶することもなくクソマジメに考えて、考え過ぎて熱を出して、うなされながら、
『俺が要を好きになるように、要が仕向けてよ。要の事以外、考えられないように、して』
そう言った。
その場で食わなかった俺を、今でも褒めてやりたい。上目使いと熱のせいで潤んだ瞳、真っ赤な頬。そしてこの言葉。良く耐えたわ、俺。
そもそも俺たちは、互いに特別な存在だった。いつでも二人で行動して、一人になれば何かが欠けているような、そんな補い合うような関係だった。だからこそ、互いに互いを失いたくなくて、俺は告白することに悩み、泉は答えを出す事に熱を出すほど悩んだんだろう。
付き合い始めて、失いたくなかったからあんな答えを出したのかと尋ねると、意外にも返事は否だった。
『良いと思ったんだ。要以外の全てを失くしても。他に、何もいらないんだって、思えたんだ。…これは、親しい友人に抱く感情じゃないだろ?』
ちゃんと、俺は俺なりに要の事を想ってるんだよ。
泉はなんだか誇らしげに、笑って言った。
その言葉を聞くまで、俺は付き合っていても泉が俺を同じ想いを抱いていないと思っていた。
でも、そうじゃなかったんだ。
「泉」
起こさないように、そっと名前を舌で転がした。それだけで、頭の中がしびれて他に何も考えられなくなる。
「泉、いずみ」
愛おしくて、たまらない。指で前髪を払い、額を合わせる。目の前にある唇に甘噛みしたくなるけど、起きてから堪能すれば良い。少しの我慢だ。
名残惜しいが額を離して、今度は左胸に耳をあてる。
伝わる音が、今、泉が生きている証拠。今俺の、目の前にいる証。
離したくないし、離すつもりもない。このままずっと、泉だけを好きでいる自信がある。
「泉、早く起きろ」
そんで、俺を見て。いつも通り、笑って。
まだまだ要の方が泉の事を好き。口には出さないので、泉はここまで思われてる事を知らない感じです。