気温+体温
「お邪魔しまー…、何やってんのお前」
真夏の夜、バイトが終わってそのまま一人暮らしをする恋人の家に行った。
小・中・高校と学校が一緒、家も近所で、これはもう死ぬまで腐れ縁なんじゃないか、とか思ってたら、数週間前に付き合うことになった。一緒にいるのが当たり前。だからこうしてしょっちゅう会いに来るのも違和感なかったりする。男同士なのに、女の子と付き合っていた時よりもしっくりくるのは一体何でなんだろう。
夏休みから始めた、そこまでハードでもないバイトが終わって、今日も特に用事もないのに会いに来て。合鍵で勝手に家に入ったら、扇風機の前に座り込む恋人を見つけてしまった。しかもパンイチとか。
「服を着ろぉぉぉぉぉ!!」
思わず叫んだ俺は悪くない、絶対。
「うっせーよ、泉。自宅でどんなカッコしてたって俺の勝手だろ」
なのに要はばっさりと俺の言葉を切った。
要の肌はしっとりと汗をかいていて、夏が苦手なこいつが脱ぎたくなる気持ちはまぁわかる。
でも堂々とパンイチはないだろう…。
所々に散らばる紅い痕は、昨日の夜俺が仕返しにつけたもので、気だるげな雰囲気はとてつもなく色っぽい。首に張り付く黒髪なんか、ごくりと咽をならしてしまいそうになる。普段なら服を着ていてわかりづらいけど、バランス良く筋肉のついた身体は直視なんて出来たもんじゃない。
俺はぷいと顔をそむけた。途端に要が機嫌良く、くつくつと笑う。
むかつく、こいつわかっててやってる。
赤くなった顔を晒したくなくて、キッチンに冷たい飲み物を入れに行った。最近ハマってる紙パックは、俺の家にもここにも常備されている。俺の気に入ったものはいつでもそう。これいいな、と思った飲食物はいつの間にか要が買い置きしていて、飽きたかなーとか思い始めるとなくなってる。口に出して言ったことなんて一度もないのに。
「泉、俺も」
嫌とは言えず、結局情けない顔をしたまま二人分の飲み物を持って要のとこへ。
にやりと笑う要は何とも意地が悪い。
「顔赤い」
「うっさいよ、ばか」
相変わらず直視なんて出来ないから、手を伸ばしてコップをつきだす。受け取る時に触れた手は、外にいた俺よりも熱かった。元々要の方が、俺より体温が高いせいだろう。
自分の分を一気飲みして、コップを苛立ち任せに勢いよく机に置いた。ゴンッと鈍い音が響く。
「こら、コップに罪はない」
「要のせいで犠牲者?が出たんだよ」
そんな軽口を交わしながら寝室へ行く。要が服を着てないなら、強制的に着させてしまえば良いんだと気づいたからだ。
つーわけで、勝手に衣服箪笥を開けてテキトーに涼しげな物を選ぶ。持っていけばさすがに要も着てくれるだろう。
飲み物を渡した時のように、要から目を逸らして服だけをつきだす。
「着ろ」
「へいへい」
仕方がなさそうな返事だったけど、一安心。こいつのパンイチ姿なんて、俺の体力が削られていくばかりだ。
…いや、恋人なんだからある意味喜ぶべきなのかもしれないけどさ。
恋人という関係になった今でも、友達の時のやりとりがなくならないから難しい。前だったら別に、パンイチ姿ぐらいで叫んだりしなかった。むしろいつも通りだ。
でも付き合い始めて、…アレやコレやするようになって、どう反応すれば良いのかわからないことが増えた。
だからなんだかあわあわして、それに対して要は楽しげに笑うから、困る。
なんでそんな顔して笑うんだってくらい、甘く笑むから。
そんな顔お前出来たの、とか言ってやれば良いものを、要のあの笑顔に酷く弱い俺がいる。
…悔しいけど、酷く満たされている俺がいる。
でもまだまだ、慣れてはくれないようだ。
「泉」
服を着た要が、相変わらず扇風機の前を占領しながらおいで、と手招く。とことこと近づいていくと、軽い力で手首を引かれた。俺は抵抗もせずに、促されるままに要の膝の上に座る。
「暑いんじゃないの」
「暑い」
「これ余計暑いじゃん」
紅く染まる頬を隠すために、顔を胸元に埋める。暑いと言いながら、背中にまわった要の腕が離れていく様子はない。
「暑いけど、あったかいから良いんだよ」
「…意味わかんねー」
悪態をついてみたけど、触れ合って伝わる体温を心地よく感じていた。暑い、だけど確かに、あったかい。
一人でいる時では決して感じられない、人の体温の心地よさが程良く疲れた俺を包む。
要の腕の中が、一番安心する。小さく息を吐いた俺の背中を、大きな手がゆっくりとなでていく。
「おかえり、お疲れさん」
俺の家じゃないからおかえりと言われるのは間違ってるとか言ってやりたいけど。
…うん、もうちょっと、このままで。