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[16] その芯

「ほら見ろ、別に俺は何も変わっちゃいない。俺は俺だ。ほら見ろ、別に俺は――」


 常に大剣を持ち歩いていた『彼』が、手ぶらで荒野を彷徨い歩いている。その目は何も見ていない。距離を置いて歩く少女さえも、まるで気がついていないようだ。

 先ほどからずっと独り言を呟いているのである。


 少女は慎重に『彼』の様子を観察していた。

 喰った魂の記憶を読めると聞いて以来、懸念はしていた。

 難しいことは分からないものの、自分たちの魂が〈エッセンス〉からできているのは長い〈奈落〉暮らしの中で理解した。

『彼』の在り方には疑問を覚える。

〈エッセンス〉を遥かに保有している魂を喰らった者は、その者のままでいられるのだろうか。

 リンゴジュースに倍の量のパイナップルジュースを混ぜても、それはリンゴジュースと呼べるのだろうか。


 少女とて多くの魂を喰らってきたたび、酔いを感じてはいる。

「にしても、喉元過ぎればまた腹が空く、じゃしナ」

 いや、間違っている気もするが、前を歩く『彼』は訂正してくれない。

 調子が狂うワ、と肩を竦める。


 そう、少女は自分の姿を鏡も見ることなくはっきりと捉えている。

 一方、『彼』はあやふやだ。変わろうと思えば、なんにでも変われる。

 そんなのありえないんじゃ。

 これ以上、傍にいても危険なのは重々承知だ。放っておくのが正しい選択だろう。


 だが、敵を求めている『彼』は自分を喰らおうとしない。

 だからか、どうにも離れられずにいる。

「むう……」


 小さな唸り声が聞こえてしまったか、いきなり『彼』がこちらへ振り向いた。籠手で小さな鉄のプレートを摘んでいる。

「あいつが近くにいるらしい――なんで、お前、そんな遠くにいるんだ」

 先ほどまでの狂気を孕んだ声色から打って変わり、理性を感じさせる口調だ。


「ちょ、ちょいと考え事をナ」

 安堵しつつも、少女は近づかずに尋ねた。

「あいつとは誰じゃ?」


「あー……」

『彼』は不自然に遠い目で言い淀み、「そう、あいつだ」と頷いた。

「刀を使うオオカミ」


「おお! 〈銀狼〉かネ」

 周囲を目視で探る。いつものように気配を察知しようとしても、『彼』の存在に邪魔されて機能しないのだ。

「どこにもおらんゾ?」


「確かにいるんだ。ドッグタグが震えている」


「ふむ……」


 こうなると、オオカミのほうを心配してしまう少女だった。

 無駄に命を捨てることもなかろ。〈奈落〉で他者にこだわったところで――

 思わず、背筋を伸ばしてしまう。

 クロにこだわっているのはワシのほうではないか!


 この矛盾は一体なんだろう。

 オオカミ探しそっちのけで考え込んでいた少女は、急にバランスを崩してよろめいた。

「な、なんじゃ?」


「〈閃耀〉!」

『彼』の鋭い声がすっと頭に入ってきた。

「下だ!」


 考えるよりも先に跳躍する。付近一帯の地面が陥没し始めたのである。

 同様に大地を蹴っていた『彼』が目を緋色に輝かせる。隠れていた敵を迎え撃とうと両手を構えた。

 オオカミがわざわざ地下に潜って待ち伏せていたというのか。

 違う。

 少女は覚えのある気配に短剣を構えた。


 ぱっくりと開いた穴が二人を呑み込もうと隆起する。その一瞬、〈奈落〉に塔が突き立ったように見えなくもない。


 オオカミとは別の敵だ。

 灼熱の砂を掘り進み、岩ごと獲物を喰らう魂。


「クロ!」

 少女は力一杯に『彼』へ叫んだ。

「こやつは洞窟の――」

 その声が相手に届く前に、二人は暗闇に引きずり込まれた。




「うう……やられたワ」

 クッションのような物に衝撃を吸収してもらったおかげで、若々しい肌は傷一つついていない。


 光源は一つもなく、足元が頼りない。目が慣れるまでじっとしていたほうがよさそうだ。

 鼻をつく臭いに顔をしかめる。胸焼けを起こしそうな悪臭である。

 規則正しく、ごうんごうん、と音が轟いている。自分の手で耳を塞いだときに聞こえる筋肉の音に似ていた。


 少女はふと不安になって、囁いた。

「……クロ?」


「ここだ」


 真後ろから聞こえた『彼』の返事に、少女は「のわっ!」と飛び上がった。

 ようやく周りの様子が分かってきた。


『彼』は心外そうな顔で少女を睨む。

「……なんだよ」


「あ、い、いや、いるならいるともっと早く言ってほしいもんじゃ」

 あれだけ警戒していたにもかかわらず、こうもあっさり接近されると、なんだか無性に空しくなるのが少女の心境だった。

「おヌシ、自我ははっきりしとるのかね」


「自我ぁ?」

『彼』は吹き出しそうになるの堪えて、肩を竦めるのだった。

「俺は俺だ」


「……ならば、よい」

 相変わらずだ。独り言と何一つ違わない答え。自分の異常を異常と捉えていない。

 少女は顔を強張らせながらも周囲の確認を優先させた。

「ここは……あやつの体内かノ」

 彼女たちを呑み込んだ魂が応じたか、足場が波打つように蠢いた。

「おおっと」


 咄嗟にしゃがみ、奥へ転がらないように短剣をアンカー代わりに突き刺す。体内は正六角形の細胞がびっしりと並んでいる。刃はその隙間に入っただけで、傷を負わせるには至らなかった。


「〈閃耀〉、来るぞ」

 平然と立っている『彼』が睨みつけているのは、二人が侵入した方角だ。


 何か重い物がバウンドする音が響く。

 やがて現れたのは、砂嵐と巨岩の津波である。


 少女は外套を口に当て、岩の軌道を読もうと試みる。体内が動くたび、岩と岩が接触して細かく砕ける。単純な運動ではないが、集中すれば回避自体は難しくもなさそうだ。

『彼』のほうは襲いかかる岩石を片っ端から拳で打ち砕いている。


 それぞれのやり方で第一波をやり過ごし、二人は再び顔を合わせた。

「こやつが何者かは分からんが、地中から現れたところを鑑みるに、地下を移動する生き物なのじゃろうナ」


「さっきのは掘った岩か」

『彼』は手のひらに乗せたドッグタグを握り潰し、少女の背後を睨みつけた。

「お前も呑み込まれたクチか?」


「いかにも」

 初めて聞く、落ち着いた低音に少女は短剣を向けた。そこにはヒトではない影がぼんやりと立っている。その者もまた、先ほどの岩を難なくやり過ごしたらしい。

「やはりキサマは生き延びていると思っていたぞ。このヒトの娘はキサマの仲間か?」


「仲間じゃない」


「そうじゃ、ワシらは協力関係に過ぎん」

 それも形だけになりつつあるが――


 奥のほうから現れたのは銀色の体毛をなびかせるオオカミだ。『彼』よりも体格が大きく、瞳の輝きは少女が想像していたよりもずっと理知的だった。

 顔にはいくつもの皺が刻まれている。老衰で死んだのかもしれない。

「その男と行動を共にするのも楽ではあるまい。娘よ、キサマも強者だな」


「よう分かっとるではないか、〈魂切丸〉」


 オオカミは両目をすっと細め、不機嫌そうに呟いた。

「たまきり――なんだ、それは」


「おヌシの二つ名じゃ! そういう評判じゃゾ。聞いとらんのか?」


 沈黙に、『彼』が補足する。

「こいつは虫の知らせが聞こえるんだと。お前も俺と同じで繊細じゃないんだろうな」


「評判など知らん。オレの関心事は目の前の敵をいかに斬るか、それのみだ」

 両者――片や刀、片や素手――はすっと身構えた。


 一触即発。死闘が始まる前に、少女は慌てて間に割って入った。

「待たんか! デカブツの腹の中で火花を散らすこともなかろうに!」

『彼』に説得は無駄だ。既にオオカミしか見えていない。

 少女はオオカミにぎこちなく微笑んだ。

「のう、ここから出るのが先決とは思えんかネ。おヌシ、何か策があるのか?」


「ないでもない」

 刀を引いたオオカミに、内心ほっとする。この老いた獣は話が分かる。

「奥に行けば行くほど、壁が柔らかくなる。そこを斬り、心臓へ向かう」


「ほう! デカブツを内側から仕留めるんじゃナ? よかろ、三人寄ればボンジュール力、じゃ!」


「文殊の知恵だろ」

『彼』の呆れ声からは、あれだけの殺意が幻のように消え失せている。敵意が一つのトリガーになっているのかもしれない。


 オオカミは二人を静かに見つめ、踵を返した。

「ついてこい」

 足の肉球が機能しているのか、自然な忍び歩きになっている。尻尾を揺らめかせる仕草には気品を感じた。


 少女はその隣に並び、声を潜める。

「のう、〈魂切丸〉」


「……その呼び名はやめろ。不愉快だ」


「では、ワンちゃん」


「わん……!?」

 かっと目を見開いたオオカミは全身の毛を逆立てるも、溜息で自身の感情をコントロールしてみせた。

「まあよい。なんだ、ヒトの娘よ」


「クロと剣を交えるのは止められんかネ」


「クロ――あの若人か。何ゆえに?」


「たとえ名高きワンちゃんでも、あやつを倒すことはできまい。ほれ、ワシらは命あっての物種じゃろ」


「娘よ、キサマは若人のなんなのだ」


 鋭い切り返しに、少女は「ふぇっ?」と素っ頓狂な声を出した。

「さ、さっきも言うたじゃろ、協力関係――」


「あの男、戦ったときとはまるで気が違う。オレのタグを持っている以上、ヤツはヤツなのだろうが……娘とヤツとでは、力が釣り合わん」

 オオカミはしばらく間を置き、

「人の心配をする前に、ヤツから離れろ」

 と、忠告した。


 そこへ『彼』が近づいてくる。

「何、こそこそ話しているんだ?」


「若人よ。キサマも死ぬ前の記憶を持っているのだろう?」

 困り顔の少女を押し退けて出した助け舟であった。

「以前、問おうとしたのだが――キサマは我を失っている状態だったからな」


「俺が……死ぬ前……?」

『彼』は立ち止まり、苦しむように呻き声を上げてから、元の顔で答えた。

「答えなくても、いいだろ」


「無理に問い質そうとは思わん」

 オオカミは苦笑いを浮かべた。

「イヌと違い、ヒトの一生は長い。だが、若人よ。娘もそうだ。キサマらの姿が死を迎えた年齢と同じならば、来世への気持ちも強かろう。斬るにしても、その芯を問い質しておきたかったのだ」


「齢なんぞ関係なく、誰もが来世を望んどる」

 何を今更、と肩を竦めた少女は「ん?」と眉をひそめた。

「イヌ? オオカミじゃのうてか! 本当にワンちゃんなのかネ!」


「血統書つきをオオカミと一緒にするでない」

 オオカミ――いや、イヌは毛の豊かな尻尾を左右に揺らした。

「確かにオレの血筋はオオカミと似ているかもしれんがな」


「ということは、誰かに飼われとったのか」


「……ああ」

 イヌは刀を片手で振り回しつつ、すっと目を閉じる。

「あの手をはっきりと思い出せる。オレは主と共に生きてきた。だが、最期まで仕えることはできなかったのだ」

 再び開いた瞳は少女が今まで〈奈落〉で出会った魂の中で最も澄んでいる。浮かべる笑みは、どこか空しい。

「イヌと違い、ヒトの一生は長い」


 繰り返された言葉を、少女は黙って胸に刻んだ。

 ワシのような例外もおるがノ。


 しかし、イヌの主は彼女よりも長生きしているであろうことは確かだ。そして、その者もまた〈奈落〉を訪れるのだろう。

「再び生まれ変わり、主を守らねばならん」

 イヌは背中の毛を小刻みに震わせ、犬歯を剥き出しにする。

「さあ、この辺りだ」


 口付近は岩肌にも似た歩き心地だったが、今は靴底が粘着質の体液で重くなっていた。細胞の色も灰褐色からサーモンピンクへと変わりつつある。

 そして、脈打つ鼓動も強まっていた。心臓はちょうど真上だろう。


「要は順番に得物を振るえばいいだけじゃろ?」

 少女は小悪魔めいた笑みを浮かべる。

「硬い岩を割るためにはまず楔を打ち込むそうじゃ。ワシからやるゾ!」


 外套から引き抜いた左手、その指の間に四本の短剣が挟まれている。それを頭上に投擲した上に、右手に短剣を備える。

 交互に投げること計二十本。細胞の壁に亀裂が生まれ、体液が大量に流れ落ちてきた。


 異変に気がついたか、巨大生物が体をうねらせて抵抗する。


 不安定な足場にも力強い下半身でバランスを取るイヌが、長柄の刀を一閃させた。結合の崩れた壁は呆気なく切開され、奥で蠢く器官を三人に露出する。


 最後に『彼』が大剣を生成した。少女が初めて会った頃と同じ、鉄板のような刃。それを投槍のように構え――

「ふッ!」

 呼気と共に放った。

 ほとんど力任せである。理屈抜きの暴力が無防備な心臓を襲い、分厚い壁を突き破る。


 風船に針を刺したような破裂音が少女の聴覚を麻痺させる。

 それでも、

「入口に戻るゾ!」

 少女の叫び声に二人は反応した。


 心臓のダムが決壊し、血液の濁流が体内に溢れる。一瞬でも立ち止まれば、三人はさらに体の奥へ流されてしまっただろう。

 この面子だ、遅れる者はいない。


 安全な場所まで避難した少女は満面の笑みで、

「とりあえず、後は地面まで掘って出るだけじゃ――ナっ!?」

 大きくよろめいた。


 心臓を潰したにもかかわらず、巨大生物は動いている。再生したのではない。川の轟音はまだ続いている。

 いくら魂とはいえ、腕の関節を破壊すれば手は動かせない。それが心臓なら、全身を動かせなくなるはずだった。


 仕損じたか!?

 戻ろうとした少女の腕を『彼』が掴んで引き留める。

「見ろ!」


 暗闇に光が差し込んでいる。

 苦しんだ巨大生物が地上に出たのだ。

 目的その一は果たした。三人はほとんど直角にも等しい傾斜を駆け上がり、再び陽光の下へと飛び出した。

 赤い陽光が目に突き刺さる。不快な刺激でも、こんな状況では喜ばしい。


 などと、まだ気は抜けない。

 イヌが後ろを振り向かずに「走れ、走れ!」と叫ぶ。

 背後では巨大生物がのたうち回り、大地を破壊している。すぐに離れなければ、巨体に押し潰されるかもしれなかった。


 三人は荒地の丘に上がり、一斉に巨大生物の姿を視界に収めた。

「……うげッ」

 少女の悲鳴には複雑な思いが込められていた。

 自分が駆け出しだった頃に洞窟で見た赤い目は、赤く発光する神経細胞であったこと。荒地よりも大きな全体像であったこと。

 そして――

「み、ミミズの体内におったのか!?」


「そうらしいな」

 イヌも頬を引きつらせている。

「ミミズの心臓は一つではない。全部潰さんとヤツを殺すことはできん」


「なら」

『彼』が一歩前に出た。

「試し切りには持ってこいだな」

 頭上に掲げた右手の指先が、まるで禁断症状のようにぴくぴくと震えている。それを止めるのは薬物のみだ。後は過剰摂取による破滅まで突き進むしかない。


 はっとした少女は『彼』にしがみつこうとした。

「ダメじゃ――」

 もはや制止は遅い。


「名前がないなら与えてやる! 来い、〈竜殺し〉!」


 生温い風が荒地を駆け抜ける。

『彼』が呼び出したのはアルマジロトカゲそのものだ。

 剣の刃から柄頭まで、鱗でびっしりと覆われている。鍔の表裏には眼球に似た宝石が埋め込まれ、『彼』の敵をじっと見据える。

 尻尾のように丸まった刃が、『彼』の手に握られた瞬間、真っ直ぐに伸びる。鏃型の鱗がいくつも連なり、触れる砂塵の分子をも分解する。


 剣と一体化した『彼』の強烈な気配に、少女はどうしようもなく胸を締めつけられた。

 なんじゃ、これ。

 すごく痛い!

 記憶の片隅にこびりついた感覚に戦慄し、その場に崩れ落ちる。

 イヌもまた「ぐ……が……」と頭を押さえて倒れた。

 この痛みは幻覚――

 額から汗が滲み出る。


『彼』がこの上なく怖い。死のイメージに溺れながらも、

「ははッ、はははッ、ひゃはははッ」

 笑っているのである。


 目に狂気を湛えた『彼』はその場から一歩も動かずに大剣を振るった。

 届くはずがない斬撃も、刃から生み出された鎌鼬がミミズの体を上下二つに分割する。 それだけではない。向こうにそびえる山々をも切り崩し、〈奈落〉の風景を一変させてしまった。


「いいねえッ!」


 上段から剣を振り下ろす。

 ミミズは四分割され、対となった心臓を全て一撃で潰された。

 さらに峡谷を生み出し、灼熱の大地に血の滝を作る。


「ひぃっひっひ! 見ろよ、いい感じだぞ、〈閃耀〉おぉォオッ!」

 咆哮は〈奈落〉の果てまで轟いた。


 狂っていてもワシの名を呼ぶのか。

「クロ……」

 少女は胸を押さえ、声を絞る。


〈エッセンス〉は消耗していない。だが、魂として大事な何かを切り刻まれるような辛さだ。

 それは恐らく、絶対に勝てないし逃げることもできない、という絶望。


 折角、〈奈落〉で巡り会えたというのに、あのときの『彼』は力に酩酊し別の何かへの変貌を遂げた。

 怪物はゆっくりと踵を返し、少女に微笑みかける。

 剣の眼も少女を観察する。


 次は自分か。

 呆気ない最期じゃナ。

 ワシが短剣を振り下ろす瞬間、全ての魂はこんな気分じゃったんかネ。

 ワシは――私は――バカだ。

〈奈落〉に騎士なんていない。絵本の世界とは違う。誰もが獣なんだ。


『彼』が剣の切っ先を空に向け、そして叫ぶ。

「来たなァッ!」

 少女に対してではない。


 涙で湿った大地を、大きな影が覆い尽くす。

 翼をはためかせて降下した巨体の足が、ミミズの頭を無残に踏み潰した。

「たらふく肥えたな、ヒトよ」

 空の支配者にして〈奈落〉の王者は、空腹を満たすに相応しい魂を前にして笑みを返す。

 赤褐色の肌、逞しい双翼、揺らぎない双眸。


『彼』は剣を構え、眼光をぎらつかせる。

「俺をあのとき殺さなかったことを後悔させてやるぞ、竜ッ!」


 少女には到底理解できない、頂点を求める戦場がそこにある。


 竜は鼻から息を抜いた。爆発的に殺意を高める魂を前に、余裕である。

「汝が我に向けた言葉も思い出せまい。皮肉なものよ。〈奈落〉の摂理に末に導き出した答えがそれとは」


「うるせえ、殺す! 必ず殺すッ!」


 怪物は足腰に力を蓄え、地面を蹴った。

 跳躍が生み出した凄まじい衝撃に、少女とイヌは吹き飛ばされる。

 朦朧とする少女の視界の中で、『彼』の後ろ姿が土煙の向こうに消えてしまった。

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