表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/19

[10] 繊細

 話題を提供するのは、もっぱら少女の役目だった。

 切り抜けてきた死線の数々、〈奈落〉で一度は訪れるべき観光名所、来世は深窓の令嬢として生まれ変わりたいという願望、などなど。

 その他に、『巷で聞いた情報』を口にすることがある。

 かねてからの疑問を晴らそうと、『彼』は話の途切れ目に尋ねてみるのだ。


「なあ、その情報ってのは、いつの間に仕入れるものなんだ?」


「んあ?」

 少女は眉をひそめて、

「おかしなことを聞くのう。そんなもん、心を澄ませて、聞き耳を立てるんじゃヨ。すると、大気中の〈エッセンス〉が囁き合っとるのが分かるじゃろ?」


「空気にも含まれてるのか?」


「みたいじゃナ。酸素や二酸化炭素と思えばよかろ。森羅万象が〈エッセンス〉でできとるというワケじゃ」


「ふうん……」


『彼』はふと閃いて、おもむろに深呼吸してみる。〈エッセンス〉を取り込めるか、試してみたのだった。

 その様子を見て、少女がにっこりと笑う。


「含有量は微々たるもんじゃヨ。〈奈落〉を砂漠に変えるまで植物と水を口にしても、魂一人分にも満たんじゃろナ」


 当たり前か、と『彼』は肩を落とす。

 こんな簡単な方法で力が手に入るなら、他の誰かが先回りしているだろう。

 かねてから戦って魂を喰らう以外の方法を模索しているのだが、抜け道はなかなか見つけられない。

 戦い抜いて生まれ変わるにしても、不安が一つ。

 自分たちには、どんな来世を選べるようになっているのかが分からないのだ。ミジンコからは脱出していると信じたい。それでも、一夏の命はごめんだ。

 せめて人間に。欲を出せば、幸せな一生を過ごしたい。

 幸せとはどんな?

 もう一度、記憶の中で彼女と笑い合う、そんな光景を――


 ……という望みを満たすならば、やはり誰かを喰い物にしなければならない。

 さすがに死体を漁る行為にも抵抗を覚えなくなってきたものの、心のどこかには人間としてこれでいいのかと疑問も残したままだ。

『彼』は頭をわしわしと掻き撫でて、迷いを思考の彼方へ追いやった。

 自然も〈エッセンス〉を持っているなら、だ。


「この世界全体が一つの魂なのかね」


「……ふむ。そういうことは考えてもみんかったナ」

 じっと地面を見つめて考え込む少女だったが、当然、答えなど出しようがない。すぐに顔を上げた。

「ま、ワシらには関係あるまい。そんなことより、折角教えたんじゃ。試してみんか」


「ああ、そうだったな」


 心を澄ませて、聞き耳を立てる。

 少女のレクチャー通りに実践してみる――聞こえてくるのは風が荒野を吹き抜ける音、砂の舞い上がる音、雲の動く音、獣の足踏みで軋む大地の音。

 それだけで、声はしない。

『彼』はぼんやりと首を傾げた。


「何も聞こえないぞ?」


「クロが鈍いだけじゃろ。ワシなんて、ほれ、繊細な乙女じゃからナ。感性豊かなんじゃヨ」


「お前のどの辺が繊細なのか、さっぱり分からんが」


「それ見ろ、鈍い」


「…………」

 よく言うよ、と『彼』は苦い顔で少女を睨みつける。しかし、確かに言うとおりではあった。こうも少女の言いたい放題にさせているのは、『彼』の反応が鈍いからだ。

「いいさ。別に声が聞こえなくたって、困らないしな」


「何を言うか。情報戦こそ肝心要じゃゾ。敵のことを知らねば、対策が立てられないではないか」


「そういうのは、お前に任せるよ」


「む。ようやくワシの灰色の脳細胞を称える気になりおったかネ?」


 偉そうに胸を張るのは結構だが、今まで情報とやらが戦いに活用されたことなんて一度もなかった。

 情報といっても、どんな通り名が広まっているか程度しか知られていない。

『お前に任せる』とは、即ち、そんなにアテにはしていないという意味だった。

 敵はさておきとして、その他の知識については有益かもしれない。

 そんな期待があった。


「……じゃ、灰色の脳細胞とやら質問がある」


「うむ! なんでも答えてみせようゾ!」


「過去に喰らった魂の記憶を読めるか?」


「ふふん。過去に喰らった――なんじゃって?」

 急に目を丸くして、

「記憶を読むじゃと? そんなことできるのかネ?」


「ああ。俺自身が見てもいないのに、はっきりと思い出せる記憶――多分、他の魂の記憶なんだろうが、そういう話をお前から聞かないからさ」


「話すも何も、ワシには経験のない感覚じゃナ」

 こうなると、少女は興味津々の表情で、こちらへ身を乗り出すのだ。

「さあ、どうやって記憶を読むか、教えるがよい!」


「なんでも答えてくれるんじゃなかったのか?」


「ワシにだって知らないことの一つや二つはある」


「一つや二つで済めばいいけどな」


「……ええい、小言の多いヤツじゃナ。秘密にしようたって、そうはいかんゾ。武器の生成を教えてやったのはどこの誰じゃ? ささ、その恩を、今返すんじゃ」


「館の主から救ってやっただろ!」


「あ、あれは……そうじゃ、あのとき、おヌシは主のいる部屋を言い当ておったナ。そういうことじゃったか!」


「ああ」

 手札として隠し持っているつもりなら、尋ねたりはしない。『彼』は素直に頷いた。

「あれだけじゃない。それで戦い方を知ったり、今もたまに、見たこともない場所が頭に思い浮かぶんだ。ジャングルや雲を見下ろせる山……〈奈落〉のどこかか、あるいは魂が持っていた生前の記憶か」


「便利そうな能力じゃが、ちょいと不気味じゃのう。ようし、ワシも試してみるか!」

 少女は腕組みして「うぬぬ」と唸ってみるも、すぐに諦めてしまうのである。

「ダメじゃ。ぜーんぜん、イメージが湧かん」


「ほら、繊細じゃないだろ」


 ちょっとしたお返しに笑ってやると、少女はむっと口をへの字にした。

「そもそも、人の記憶を読むなんて聞いたこともないゾ。おヌシ、神に愛されし魂、とかではあるまいナ?」


「だったら、〈奈落〉になんて来ていないさ。それに、できるのは俺だけじゃない。心当たりがあるんだ」


「ほう! では、そやつから話を聞き出して――」


「無理だ」

『彼』はきっぱりと断言する。

「そいつはもう死んだし、喰っている。何も引き出せなかったよ」


「……何者なんじゃネ?」


「館の主だよ。肥えた魂は色んなものが混じっている、と言っていたな。だから、〈奈落〉に来たばかりの魂を選んで喰っていたんだとさ」


「ふうむ」

 少女はいつになく真剣な面持ちで考え込み、ぽつりと呟いた。

「いつまで経っても選ばれなかったのはそういう理由じゃったか。ワシの力を恐れとったんじゃナ」


「……多分、あいつも記憶を読めたんじゃないか?」

 無視、である。

「お前にとっては何も味がしないソーセージでも、あいつにとっては記憶を味わう感覚があったんじゃないか――と、思うんだ」


「クロもそうなのか?」


「え?」


 はっとして振り向くと、少女はやや不安そうにこちらを見上げていた。

 自分は、他者の記憶を集めること、力を求めることに喜びを感じているのだろうか。あのウシに抱いた感情は同属嫌悪なのか。


「いい気分じゃないな。『俺』よりもその他大勢の記憶が魂の大部分を占めたらどうなるのか――全然、分からないし」


 もしかしたら、今感じている迷いや恐れの全てがくだらなくなって、ただ力の溢れるままに剣を振るうようになるかもしれない。

『彼』の懸念を感じ取ってか、少女は明るく言ってのけた。


「月並じゃが、おヌシが根っこにしてる部分を大切にすれば、おヌシのままでいられるんじゃないかの」


『彼』はゆっくりと目を瞬かせ、その言葉を噛み締める。

 まさか、少女からアドバイスを受けるとは思ってもみなかった。

 が、出てきたのは曖昧な笑みである。


「……ほんっとうに月並だな」


「ええい、やかましいワ! 励ましてやっとるんじゃから、感謝せい!」


「はいはい、サンキュー」


「……ふん!」


 顔を赤らめてそっぽを向いたところを察するに、少女もガラではないセリフを言ってしまった自覚があるのだろう。

 笑ったり、怒ったり、恥ずかしがったり、確かに感性豊かな魂である。

 そんな少女も『根っこの部分』を持っているのか。

 誰も触れることのできない、繊細な――


「しかし、くく……ぷはっ」


「何がおかしいんだ?」


「クロの人格がカエルと入れ替わって、ぴょんぴょん跳ねている姿を想像したら、ワハハ! 笑いが止まらん!」


「……まったく」

 前言撤回だ。

『彼』は呆れ返って、歩調を速めた。

 後ろから、少女が「すまんすまん!」と慌てて追いかけてくる。

 そして二人は肩を並べ、再び他愛のない会話に戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ