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母へ

ペンシルバニア州フィラデルフィア!!!


かつてはアメリカ合衆国の首都でもあったフィラデルフィア!ニューヨークから車で1時間半位で着くフィラデルフィアは合衆国建国にまつわる歴史的な場所が数多くある。


ダウンタウンの中心に市庁舎がありインディペンデンス公園や星条旗を最初にデザインして縫った女性・ベッツィ・ロスの銅像があったりする。


ギリシャ語で「兄弟愛」を意味する都市を僕とサミュエルが訪れたのは運命的な気がした。


「FMF財団、ここだ」


サミュエルのお母さんがここで働いているらしい。もっとも、数年前の情報なので彼女がいるかどうかは分からないけど。


車を近くのマーケットの駐車場に乗り捨てた僕たちは埃まみれでその建物の前に立った。


リーン


受付のベルを押すと中から人の良さそうな中年の婦人が出てきた。


「どのようなご用件ですか?」

サミュエルはお母さんの名前を出して、ここにいるかどうか尋ねた。息子だということも話してみる。彼の声が震えているのが分かった。


「ええ、と。少しお待ちください。……いませんね。もう今うちの財団にはおられないみたいですね」

「何年か前の名簿は分からないのですか?」

僕はたまらずに口をはさんだ。


「ちょっと待ってね。うーんと、そうだわ!アグネスに聞いたら分かるかも! アグネスは名簿の係りなのよ。連絡してみるから、そこに座って待っててちょうだい」

急に婦人は僕たちにくだけた口調で言った。ここの人たちは女性団体だけあって、ボランティア精神も持っているようだ。普通のオフィスならこうはいかない。



「連絡がついたわ!」

アグネスは古い記録から、サミュエルのお母さんの住所などを調べてくれた。


「ただ、こういった事はややこしいんで、オフィスに来てもらうことにしたの。いいかしら?」

「…はい」


直接住所や電話番号を教えることは出来ない、ということだ。サミュエルが本物の息子であっても事件などにならない可能性はないわけではない。


数年前に捨てた息子‥ 憎まれていて当然だ。


サミュエルのお母さんはどんな気持ちでアグネスの申し出を受けたのだろう。


サミュエルは気分が悪そうだった。顔色が悪かった。

1時間半ほどして、僕たちの待つカウンセリング・ルームにサミュエルのお母さんはやってきた。


澄んだ目をした…サミュエルと同じ美しい金髪の女性が現れた。もっとくたびれた感じかと想像していたが、彼女はつらつとしたオーラを纏って登場した。その印象は16歳のオーロラ姫の残像を確かに残していた。


ただ、サミュエルに会うことにはひどく動揺した様子だった。


「サミュエル!!!」


彼女はサミュエルを見るなり、目にいっぱい涙を浮かべて呼びかけた。


「大きくなったわね」

「………」


サミュエルはどう言っていいか分からないらしく、ぼぅと立って彼女を見ていた。


「ごめんなさい、ごめんなさいね‥‥あなたを忘れていた訳じゃないのよ… でも、どうしてもビリーに会うことは出来ないの」

ビリーというのはサミュエルの父親だ。

サミュエルは両手を少しひらいたまま悲しそうな顔をした。


「おかあさん…」

「…?」

「どうして僕を向かえにきてくれなかったの?」

「そ、それは…」


「僕をキライだから?お父さんの子どもだから?」

「ちがうっ、違うのよ! サミュエルを愛してるわ。一日だってあなたのことを忘れたことなんてなかったのよ!」

「だったら、どうして僕も連れていってくれなかったの!!!」


サミュエルは絶叫した。


「どうして!? 僕を捨てたの? 捨てられても僕はあれからずっと待っていた。お母さんが向かえに来てくれるの、ずっと待ってたんだ! なのに、あなたは来なかった!」

サミュエルのお母さんは口に手をあて泣いていた。


「ごめんね‥」

彼女はもはや倒れる寸前だった。


「ごめんなさい‥‥あたしが悪いの‥ サミュエルから逃げたんだわ…自分を守ることしか考えてなかったのよ…きっと… 」


彼女は真っ青になりながら続けた。


「あなたも連れていきたかった。でも私には自信がなかったの。子どもを連れて生きる自信が… ジミーから逃げるのに必死だった。きっと私は頭がおかしかったのよ…」


「‥‥‥」

サミュエルも父親の母への暴力を思ったのだろう。沈黙は彼女への共感の一部だった。


「あれから、私は流れに流れて色んな仕事をしたわ。そりゃあ、もう地獄のようだったわ。だからあなたを連れて来ずに本当によかった、と思った。」

「‥‥‥」

「でもそれは言い訳にならないわ。‥‥最終的にフィラデルフィアで私は女性の社会的圧力を救う団体に助けられたの。ここに来たのも、その関係者に紹介してもらったからなの」


「いまは…」サミュエルが口を開いた。

「何をしてるの?」


「今は… もっと小さな事務所で働いているの。ボランティアもするような事務所よ」

「‥か‥家族は?」

かすれた声でサミュエルは聞いた。


「……夫と‥ 息子がひとり‥」


景色が


真っ白になった



お母さんには、息子がいた


彼女の愛はその子が独占している



もう、これ以上聞くことはなかった




「そう…」

サミュエルはとても優しい声で返事をした。


「サミュエル… ねえ、何とか言って!ひどい、とか憎んでやる、とか!!! 」

「そんなこと言わないよ」


「そうだわ、うちに来ない?来てちょうだい!!だってあなたは私の息子だもの!ね! 大丈夫、今度の夫はとても優しい人なの!受け入れてくれる、もちろん殴ったりなんかしないわ!」


お母さんはほとんど錯乱していた。


「お母さん」

「なに?!」

「よかったね…」

こんなに優しい顔をしたサミュエルを僕は初めてみた。悲しい、悲しい優しい顔だった。


ああっ!とサミュエルのお母さんは泣き出した。


「お母さん、ひとつだけお願いがあるんだ」

「…?…」

「僕を抱いてくれない?それで"サミュエル、おまえを永遠に愛している"て言って欲しいんだ」


「サミュエル!!!!」


その瞬間、こらえきれないように彼女はサミュエルを抱きしめた。


「サミュエル…サミュエル…… 」


「あなたは私の子、私の子‥‥永遠に愛しているわ…永遠に愛してる…」



僕は


泣いていた


こんなに…


悲しい光景をみたことがなかった…






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