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境遇のちがい

「今日はいまいち気分がノらない…」

そう言うと、サミュエルはギターを肩からはずした。

ロイとディビットは残念そうに楽器から手を下ろした。


僕たちはバンドを組んでいたけど、オチこぼれクラブなので練習はサボってばかりだった。ロイはベース、ディビットはドラム、僕は基本はキーボードだったけど、他の楽器もサポートしていた。


「今日は解散しよう」

サミュエルはいつもリーダーだった。


「サミュエル、ちょっと話があるんだけど‥」

意外そうな顔をした彼は、

「うん…」と答えた。


「じゃあ、オレたち帰るよ。また来週な!」

「練習しとけよ」

ディビットとロイはそのまま帰っていった。


「飲めよ」

冷えた水筒を僕はサミュエルに渡した。中はコーラだった。なぜか今日はコーラをマーに用意してもらった。マーは僕の中国人の乳母だった。


「なんだ?これ?コーラかよ」

「グリーンティとでも?」

「オマエ、日本人ならグリーンティか水だろっ」


なぜかサミュエルといるときは、コーラとかペプシとかジャンクフード類を摂りたくなるのだった。普段食べないのに、このグループにいるとそうなるのだ。バカな話をしながら、つまんでいると最高に楽しかった。


「アレ、弾いてくれよ!」

「OK」


僕はギター(楽器は中古屋で買ったり、貸スタジオでリースをしている)を、取り上げるとジョン・レノンのビューティフル・ボーイを奏で始めた。


サミュエルはこの曲が好きだ。


美しい、美しい、美しい

「美しいボーイ」


父の息子への愛を歌ったこの歌は、サミュエルにとっても父のいない僕にとっても特別の歌だった。


Darling,Darilng,Darling,Darling…


「…サミュエル!」

声をかけた。本当はそのまま、彼の名前で歌いたかったけど。


「ローラのこと…」

「…」

「どう思ってる?」

「‥‥‥‥別に」


気ダルそうに答えた。ブロンズがかった睫の影が横を向くと一層濃くなった。


「よく‥ 分かんないんだ‥ ムカつくような、気になるような。あんな高慢ちきな女、いっそヤっちゃたらどうかな、とか‥」

「‥‥‥」

分かるような気がした。


「でも… そんな事したら、(バンドで)デビューも出来なくなちゃうよ」

「ふっ」

サミュエルは笑った。


「そんな事本気で言ってるのか? 俺たちにデビューなんて出来るものか、どうやったって‥ ………こんな才能じゃ出来ない‥ それはオマエが一番分かっているハズだろ!」

「そんな事ないよ!もっと練習すれば可能性はある!」

「本気で言ってるのか?人生は生まれたときから決まっているんだ!才能も金も! 不公平なもんだっ!ああ、オマエはいいだろう。オマエは才能がある、環境も問題なし、だ!だが俺たちは違うんだよっ」


そんなことない!


僕は声に出して言いたかったけど、どう表現していいか分からなかった。サミュエルの絶望やイラだちを理解しながら、共感は出来ない生まれと育ちを憎んだ。


貧富の差の激しいアメリカで這い上がることは、絶望的なほど苦しい。その辛さ、イラだち、欲望は成長するに従ってサミュエルを襲っていた。


目の前にある僕とローラの存在はサミュエルに決定的な打撃を与えたのかもしれない。


「‥でも、僕はサミュエルのことは友達だと思っているから…」


「帰れ」


サミュエルは横を向いたまま僕を見ようともしなかった。


僕は貸スタジオのドアを出た。


---------------------------------------

「母さん、東京に行くの」


数日たった夜、母は告げた。

「へぇ。学会?」母は音楽プロデューサーの仕事の他に、女性団体の活動もしていた。



「違う。東京に帰るのよ。あっちに住んであっちで仕事をするのよ」

「?」

あまりにも突然で何を言っているのか分からなかった。


「東京で何をするんだよ?」

「あっちでスターを育てるのよ!」


母は上気した顔で答えた。


「拓己も一緒に来てくれないかしら」


!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


「い、嫌だよっ! …それにスターって何?日本でも音楽プロデューサーするつもりっ?」

「もちろん。事務所を構える予定よ―それに、日本に、そろそろ帰りたいと思っていたの」


それは


大きな郷愁であったろう…


16歳で日本を離れてひとり大きなアメリカで戦ってきた母。父との死別、仕事、つきあった男たちとも結婚することなく、女手ひとつで僕を育ててくれた母。


異国での生活はどんなにかハードだったかしれない。


改めて母の強さ―意志の強さ、学ぶ力、なみなみならぬ努力にひれ伏したくなるような感慨を覚えた。


「‥‥うん。分かったよ‥ 考えてみる。でも、行くとしても、すぐには無理だからね」

「ごめんね、拓己。」


「お母さん勝手なことばかりしてきて‥‥ 

無理して東京に来なくてもいいわ。あなたはこっちで育ったんだし、せっかくプレッブスクールにまで通ってるんですものね」

「スクールだけじゃないんだ…」

僕は2年とび級をしているので進学に対してはそんなに気にならなかった。


‥サミュエル‥

ロイ、ディビット‥


スクールの校風や行事、友人たちもそれなりに気にいっていたし、バレエやヴァイオリンのレッスン、ボランティアサークルのことも気になった。


頭をもう少し整理しないと答えは出なさそうだった。


--------------------------

「いい子にしててね」


ぎゅっと抱きしめてくれてから、ママは必ずその後おでこにキスしてくれた。


それが嬉しくって

「やだやだ!いい子にしない! も1回抱っこして!」


小さな僕は何度もせがんだ。


母は時間に急かされながらも、何度も抱擁とキスをしてくれた。最後には、聞き分けのない僕は、叱られてしまう。


「坊ちゃま、マーと遊びましょうね」


マーになだめすかされて、あきらめる、というパターンの繰り返しだった。


そして、今度も

「いい子にしててね」


おでこにキスをして母は東京へ旅立ってしまった。


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