身売り奴隷アイリの生き方
※この世界の中のこの国では奴隷制度が認められている、という設定です。
奴隷市で私は今のご主人様に買われた。
それから十年。
今の私は、何故かキリッとした顔で「君を助けに来た。奴隷など可哀想に。大丈夫、助けるよ」とか言ってきた男を殺すべきかどうか悩んでいる。
べレフェス王国は奴隷を禁止していない国である。
この国の奴隷には三種類あり、犯罪奴隷と借金奴隷、そして身売り奴隷というものがある。
犯罪奴隷はその名の通り、犯罪を犯したことで労役として奴隷になることで、人権は存在せず、全てが管理されている。
借金奴隷もその名の通り、借金をしたので働いて返すことだけど、犯罪者ではないので生活の保証はされている。主人の家で使用人もしない仕事をして、立て替えてもらった借金の返済をするのだ。
身売り奴隷は、自分の身につけた技能を元に主人となる人に買い取られるのだが、主人を選ぶことが出来る。こちらも生活の保証がされている。使用人と違うのは、保証人がいないので奴隷市が代わりに保証人になる。
生活に困窮して、しかし良いところで働こうにも保証人がいない人にとって、身売り奴隷は決して悪い選択肢ではなかった。
寧ろ、奴隷市を介して主人となる者を見定めることが許されているし、横暴な誰かが強引に連れ去ることも出来ないよう、魔法契約がなされている。
私も身売り奴隷で八歳の時に自ら奴隷市に足を運んだ。
貧困街の生まれで親は知らない。気付いた時には路地の片隅で生きていた。
魔法が使えると分かったのは水が欲しいと思った時に出たからで、そこから少しずつ生きる道を模索した。
貧困街で聞いた奴隷市の存在。少しでも価値があれば良いところに行けると理解した私は、こっそりと魔法の練習をした。
当時は属性のことも何も知らなくて、ただ、たくさんの魔法が使えることを喜んだ。
二年くらい夜な夜な練習した魔法。他の誰かに見られたらいけないと何となく思っていたので、人目を避けて研鑽を積み、私は貧困街を出た。
そのエリアのリーダーの男の子からよく声を掛けられていたけれど、粗暴な感じで私は苦手だったので、彼から逃げる意味もあった。
彼は他の子供たちに「俺の女」と私のことを言っていたけれど、私は誰のものでもない、と思っていた。
今思えば色恋が関係していたのだろうけれど、気に食わない子を殴る蹴るするような男の子は嫌いだったので、逃げることに躊躇はなかった。
奴隷市は王都の外れに存在していて、そこまではかなり距離があったけれど、魔法を使ってどうにか、本当にどうにか辿り着けた時は空腹の限界に来ていた。
奴隷市の管理者の一人の目の前、空腹が原因で倒れて、とにかく食べるもの、とパンとスープを貰った時は泣きながら食べた。
私は管理者に身売り奴隷になりたいこと。魔法が使えること。を精一杯アピールした。
それがまあ、思ったよりも価値になった。
大抵の人は魔法が使えても一属性のみ。だけど私は調べたところによると全属性を満遍なく使えた。但し、威力は低い。唯一水属性の適性が高いので攻撃魔法は水属性なら使えるだろう、ということだった。
全属性の素質持ちというのは珍しく、生活に使える程度でしかないけれど、その生活のために奴隷を選ぶ主人が多いので、一人で賄える私は必ず売れる、と管理人が断言した。
確かに私は多くの人と面談をしたけれど、どの人も目が怖くて嫌だと思った。
子供だった私は本能的に察していたのだ。
こいつらは性的に私を搾取しようとしている、と。
流石の管理者も八歳の子供をそんな目的で売るなんてことは出来ず、日々鍛錬をしながら主人になり得る人を待っていた。
そしてついに私は今のご主人様に出会えた。
ご主人様はある貴族の家に生まれたのだけど、その家が求める魔法属性を持たなかった。厄介払いとして辺境の地にある小さな領地を渡されて、そこの領主になるように命じられたそうだ。
そんなご主人様に従ったのは侍従一人、騎士三人、引退間近だった執事一人。男だらけの旅路の中で、生活を賄える魔法属性の持ち主を探していたそうだ。
私より二歳上のご主人様は聡明な目をしていたし、一緒にいた人たちも癖は強かったけれど愚かではなかった。
ここでならきっと、私はやっていけるという直感で、私は買ってもらった。
ご主人様は魔法こそ苦手だけど、頭がとても良かった。
ご主人様のベルフェル様は長く大変な旅路に文句一つ言わない方で、貴族が使う箱馬車ではなく幌馬車でも文句を言われることはなかった。
ならば、私がするのは少しでも快適に過ごしてもらうことで、奴隷市で知り合った女の人達に教えてもらった裁縫だとか料理とかを頑張ってこなした。私の手は小さいけれど、魔法を使えば大抵の事は出来る。
「アイリは魔力制御がすごいね」
名前の無かった私に名前を付けてくれたのはご主人様で、私の一生の宝物になったし、褒められたので鍛錬は怠らないと決めた。
ご主人様の五歳年上の侍従であるカイトさんと執事のセバスさんは、私に女性使用人の仕事を教えてくれた。
私が一番年下だし、唯一の女の子だったので甘やかされていたと思う。
ちなみに、セバスさんは紅茶を入れるのが上手だけど料理はいまいちで、カイトさんは盛り付けこそ綺麗に出来るけれども味付けがいまいちで、騎士のアレンさん、ルードルフさん、ゴーデックさんは肉を焼くだけという野生味溢れる感じだったので、私を買って良かったと感謝された。
私も別に上手ではないけれど、教えてくれたお姉さんたちのおかげだった。少なくとも私が一番マシなのは確かだったし。
辿り着いた領地の村は寂れていたし、魔獣に何度も襲撃されていて領民は絶望の中にいた。
私はそこでご主人様の本当の力を知った。
ご主人様には二つの力があった。
【指揮者】【分配】
ご主人様には私達には見えないチェス盤のようなものが見えている。
忠誠を誓った者を駒とし、それぞれの駒に役割を与え、それに必要な力を分配出来る、そんな力。この必要な力というのが、ご主人様の潜在魔力。ご主人様の膨大すぎる魔力を盤上の駒は受け取れるのだ。
私は全属性魔法を使えるけれど、力としては劣っていた。
けれど、ご主人様の力を【分配】されたことで底力をあげられた私は、魔獣をあっけなく退けたし、その後に村を守るための壁を作ったりした。
これには時間制限があるので長くは続かなかったけれど、それでも私は確かにお役に立てたという自信が持てた。
それから十年。
小さく寂れた村は今や城塞都市となり、国内でも名の知られた難攻不落の最後の砦とまで評されるようになった。
名付きの魔獣を何体も屠った功績でご主人様は叙爵され、家から完全に独立してこの地を国王から授けられた。
一国一城の主として不動の地位を築いたご主人様は昨年ご結婚された。
元々生家にいた頃、婚約していた方で、家を追い出されたご主人様とは婚約を解消されたのだけれど、そんなので納得出来なかった奥様は追い掛けてきた。
初めこそ私は奥様に警戒され敵視されていたけれど、私がご主人様に抱くのは敬愛のみ。恋愛感情はそこにない。
どうやら私は見目が良いらしく、貧困街にいた時は飢えとかでガリガリだったけど、ご飯を食べて健康的な生活をしていたら肉付きが良くなり成長した。
セバスさんとカイトさんにより身なりを整えることも教え込まれ、髪の毛はツルツルのサラサラだし、お肌もしっとりしている。
それが余計に奥様を焦らせたそうなので、こっそりと教えたのだ。
私がお慕いしている方は別にいる、と。
年頃になった私は淡い片思いをしていた。その相手はご主人様ではない。私が買われた時にいた人たちでも無い。
この村が少しずつ整備されて領地らしくなり、魔獣討伐で成果を残し、領民も増えてきた頃にやって来た人。
文官希望のその人は、仕事が大好きでこの領地を見て目を輝かせ、ご主人様の頼みを笑顔で引き受けるような人。
気付いたら好きになっていた。
奥様はようやく納得してくださった。
私は増えた使用人の中では特殊な立場だと思う。奴隷であることに変わりはない。何度か奴隷から解放すると言われたけれど、契約をしている間は決して裏切らないというものなので、私はこの命に変えてもご主人様を守りたいので解放は断っている。
同時にそれは結婚出来ないということでもある。
奴隷は結婚が出来ない。この国で結婚が認められるのは住民であることだから。
だから、お慕いする人がいてもその先がないので私の思いは秘めている。知っているのは奥様だけ。
本当にいいの、と聞かれたけれど構わないと答えた。
私の見た目から、ご主人様の元には私を引き取りたいという人が何人も来たけれど、奴隷契約のお陰で守られてきた。
ご主人様の力のおかげで私は『防衛の魔女』として知られるようになったけれど、ご主人様でなければ私はここまで力を使えない。ご主人様の力を分配されているから私は魔法が使えている。
お陰で諦める人がほとんどの中、その男は現れた。
他国の『勇者』とか呼ばれるような男で、何故か我が国に来たので客としてご主人様と奥様が歓迎したのだけど。
多くの女性のみを引き連れて旅をしているようで、しかも全員と男女の関係らしく、奥様からは私は奥に引っ込んでいろと言われたのだ。
あれはろくでもないタイプで、好みの女がいたら声を掛けて連れて行くような品性下劣な男だ、と。
嫌悪感もあらわに仰るのでそれを素直に聞いていたけれど、滞在中に巨大魔獣の襲撃があり、戦闘力として数に入っている私が表に出るのは仕方なく。
その男に目をつけられた挙句。
「君を助けに来た。奴隷など可哀想に。大丈夫、助けるよ」
殺してやろうか。
助けるも何も、私は十分に助けられた上でここにいるし、ここから出ていくつもりはない。
「勇者殿、それは出来兼ねます。アイリは私の奴隷であり優秀な魔法使い。妻もアイリを殊更気に入っています」
「奴隷なんて非人道的じゃないか! ここの領主が犯罪者なんて!」
「……わたくしの夫が犯罪者ですって? あなた、他国の人間だからご存知ないのね? 我が国では奴隷が認められています。アイリは身売り奴隷として正式な手続きで夫の奴隷となりました。身売り奴隷は主人の財産。それを奪っていくことこそ犯罪でしてよ」
勇者だとか言いながら、魔獣襲撃の際には何の役にも立たなかった男。顔はそこそこに良いのかもしれないけれど、ご主人様の方が遥かに整った顔立ちをしている。
多くの女性を侍らせ作ったハーレムに私を入れるつもりなのか。
死んだ方がましだ。
「隣国の紹介状をお持ちでしたから客人として招き入れましたが、貴殿らはこの国の常識をご存知ないようだ。これ以上は我が領民からも不満が出ているので退去願う」
今やご主人様は北方領地の守護神として国王からもある程度の裁量権を渡されている。それで反乱を起こすことはない。ただ、こうした愚か者が現れた時に国の許可を得る必要もなく国外追放が許されている。
来た場所に返すだけ。そしてこの国への立ち入りを禁じる。それを許されている。
「君はそれでいいのか! 奴隷なんて」
「ご主人様、発言の許可を」
「いいよ」
「ありがとうございます。……余計なお世話にございます。私は十年前、貧困街で死にたくなかったから、この国の制度である身売り奴隷を選びました。貧困街の子供が働くなど、とてもではありませんがまともな働き先はありません。身売り奴隷はすこしでもまともな生き方をしたい人間の救済。それにより私はご主人様に買われ、こうして二つ名を戴くまでに至りました。ご主人様の元にいるからこそ私は戦えるし、使用人として働くことも出来る。一方、あなたのところではあなたの薄汚い欲を満たす『女』として使われるだけ。性奴隷と何の違いがありましょう。汚らわしい……私はここでご主人様の奴隷であることに不満も何も抱いておりません。ですので、助けるなど愚かなことは仰らないでください。寧ろ、あなたの元へ行く方が地獄にございます」
国が違えば常識も制度も変わる。勝手に可哀想などと言わないで欲しい。
家が没落した令嬢が娼館に売り払われるよりも身売り奴隷を選ぶことは多い。身売り奴隷の方が遥かに人道的だからだ。
それも知らない男の悦に浸り差し伸べた手を誰が取るか。
結局、『勇者』は追い出された。
思い込みの激しいタイプであれほどまでに言ったのに、君は洗脳されているとかなんとか。話にならなかったので、ご主人様の【コマンダー】と【セパレート】で強化された兵士が簀巻きにして国境の向こうにぶん投げた。もちろん相手の国には「我が国の制度を否定したりするので、これ以上は国際問題になるからお返しする」と言って。
国際問題となりご主人様が出てきたら相手国も困ることはわかっているので、『勇者』は我が国への立ち入りを禁止する制限魔法を掛けられた。彼のハーレム女たちもだ。
あんな気持ち悪い『勇者』を慕っている方がおかしいので彼女たちこそ洗脳されているのではないだろうか。
ご主人様もそう思ったらしく、国境警備兵に手紙を渡すようにしていた。
洗脳されてないか調べた方が良い、と。
それから半年後、『勇者』が『女性を洗脳して性的搾取をしていた犯罪者』として国際指名手配されたので、まあそういうことだったのだろう。
そもそも『勇者』とは何をするものなのか、私にはわからなかった。観光でもしていたのだろうか。
魔王がどうこうとか言っていたらしいけれど、魔族の王はいるが、それは魔族という種族で、普通に国交がある良き隣人だ。
討伐とか言っていたけれど、戦争でも起こすつもりだったのだろうか。よく分からない。
そんなことはどうでも良くてすぐに忘れた。
私はこれから先も、体が動かなくなるまでご主人様の奴隷であり続ける。
八歳の時に買われた時から、死ぬまでご主人様のために生きると決めたから。
ご主人様は『無能と言われ家から追放された僕は辺境の領地でチート能力を開花させる』とかタイトルがつきそうな主人公要素持ち。
奥様が一途だけどご主人様も一途です。




