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The Narrative Faultline ──歴史を語ることができない国  作者: 深井零子


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第三章:制度の明確な拒絶


 ノモス国発、アナ共和国着の便が着陸した。アナ共和国に降り立ったのは、単純な地理的な理由からだった。ここは、私が母国ノモス国から最も近いエトス共和国連邦の構成国だ。世界の覇権国に上り詰めた連邦の歴史構造を調査する上で、私は手始めにこの共和国を選んだ。


 空港からタクシーを使い、私はアナ共和国中央図書館へと向かった。首都の街並みは静かで、特に目立った喧騒はない。目的の中央図書館は、前時代の建物を改修したのだろうか、古びた感じはしたが、同時に知の館たる貫禄が漂っていた。


 入館手続きを済ませ、図書館利用仮IDを作成する。外国からの来訪者である私は、身分証と利用目的を提出した。慣れた手つきで図書館システムにログインした後、私は基本的な資料検索を試みた。検索ワードは「建国史」。


 結果はすぐに表示された。各検索ワードともにゼロ件。


 私はカウンターの司書に尋ねた。「アナ共和国の建国史あるいは国史に関する資料はどこにありますか?」。


 司書は一瞬沈黙し、困惑した表情を浮かべた後、乾いた声で答えた。「各国史は新連邦憲章違反です」。


 その言葉を聞いた瞬間、私は連邦の制度の冷たい壁に初めて触れた。歴史は禁じられている。しかし記録はある。断片もある。だが、国としての物語がないのだ。私は閲覧システム端末を閉じ、静かにその場を後にした。


 その夜、ホテルでブラックコーヒーを片手に、ダウンロードした断片記録を読み漁った。アナ共和国の出来事は記録されているが、歴史の因果は語られていない。国の物語としての構造が、意図的に剥がされ、隠蔽されているのが分かった。


 翌朝、私は再び図書館へ向かう。図書館は、かつて知識の殿堂だった場所とは思えないほど静まり返っていた。私は冷たい金属の椅子に座り、端末に向かう。まるで制度そのものが私を見張っているかのようだった。


 今回は、物語の技法を使わず、史実を並べることで、制度の境界を探ろうと試みた。私は断片をつなぎ合わせて、キーボードを叩いた。指に伝わる冷たい金属の感触と、画面の青白い光。


 「共和国は、連邦憲章成立前に独自の歴史を持っていた。中央集権化は、その歴史を解体するための手段だった。連邦憲章第3条に基づく統合政策は、共和国の自治原則と衝突していた──」。


 入力を終えた瞬間、画面が一瞬フリーズし、端末の冷却ファンが唸りを上げた。まるで制度そのものが息をのむようだった。次いで、画面に赤い警告が点滅した。


 《違反:国物語の構築は憲章第7条に抵触します》。


 画面の隅には、『連邦記録監視局』のロゴが冷たく光っていた。


 私は目を細めた。警告文は、語りの内容ではなく、語りの構造が問題だと明確に示していた。制度は、私が試みた「物語の再構築」を、語りの技法を用いた検閲対象とみなしたのだ。


 背筋に冷たい視線を感じた。背後で、監視カメラのレンズがかすかに動く音がした。


 この明確な拒絶は、私が想像していたよりもはるかに硬質で即座なものだった。今のAIは使用者を刺激しないよう設計されているのに、明確に拒絶するとは、よほどのことだ。私は一瞬、この探求がどれほど危険で、どれほど強大な力に立ち向かおうとしているのかを痛感した。これは、「急に言われても出来ないって!」と叫びたくなるほどの脅威だった。


 しかし、私は端末を閉じず、しばらく警告を見つめていた。画面の赤は、制度の拒絶の色。その明確な拒絶こそが、制度の弱点を示す証明でもあった。私の唇に、かすかな笑みが浮かぶ。


 私は静かに携帯端末を取り出し、メモを打ち込んだ。「語りの構築=違反。制度は語りの技法を検閲している。国物語は、暴力ではなく、制度の再起動トリガーとして恐れられている」。恐怖ではなく、気づきの興奮が私を包んだ。


 私は図書館の出口へ向かいながら決意を固めた。制度が恐れるのは、語りそのものだ。ならば、私は語り続けなければならない。ただし、もっと巧妙に、制度の目をかいくぐる方法で。この旅をすぐに諦めるわけにはいかないのだ。私の内部で、国物語の断層が静かに軋み始めていた。

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