アマンドと夢の続き 2
あの夢……。
目が覚めると、急に悲しみに襲われるときがある。 『朝日の岬に立つ少女』なんて、すごく爽やかな夢なのにな……。
ただの環境の変化、ホームシックなのかな? そうかもしれないな。ボクだって、まだ子供だし。なんてことをぼんやり考えてると、ジャンミンの声が聞こえた。
「ええぇ! ニコってばひどいなー!」 ジャンミンがニコに詰め寄ってる。
「ベネチアの色、水色って伝えたのに、なんで青のセロファン頼んだのー?」
「間違えたんだ。しょうがねぇだろ。もういいじゃん、青で……じゃあ俺は行くよ」
ジャンミンが怒ってる? ニコはめんどくさって顔。学級代表と副代表で喧嘩するなんて、本当に珍しい。
「水色でも青でも変わらないし」
「何言ってるの、ニコ。変わるよ!」
「海の色なら青のほうが映えるかもしれないだろ。ジャンミン、細かいぞ」
「みんなで多数決で決めたの、意味がないってことだよ」
二人の声はいつもより荒々しい。
「まあまあ、二人とも落ち着けって」 ステファンがなだめる。ジャンミンはため息をついて、僕たちの方を見た。彼は急に笑顔になる。
「はい、みなさん、もう中休みは終わりです! アマンダの夢の話はもうおしまい! お姫様なんていません」
えぇぇ! お姫様いいなぁ、なんて言ってたのジャンミンもだよな?
「B組のみなさん、ステンドグラス制作に遅れないように!」
ジャンミンはいきなり学級代表モードになって、校舎に向かう。ボクもその後ろを追いかける。 ジャンミンとニコは喧嘩をしていた……と思ったら、ジャンミンはニコに体当たりをして追いついた。
その後、肩を抱き合って、二人で歩いている。なんて早い仲直り。 いや……もともと喧嘩なんてしてないのか、あれは。
最近のアートレッスンは、グループごとに共同作業だ。クロノス学園のステンドグラスを真似て、ガラスの代わりにセロファンを使って風景画などを作る。
完成した作品は、どれも質が良くて評判がいい。クロノス祭で飾ると、晴れた日には色とりどりの光が差し込んで、まるで本物のステンドグラスみたいになる。夜は夜でこれも幻想的だ。
毎年、学年ごとにどのクラスの作品が一番か投票して優勝を決める。優勝クラスにはいろんな特典がある。なので、男子校だとしても、みんな真剣に取り組んでる。ふざける子なんてほとんどいない。
「さあ、アートの時間だ。行くぞ、エリオ……あれ、エリオ? ……やばっ」
ステファンが、エリオを追いかけ走っていく。エリオはご機嫌斜めで先に行ってしまったようだ。
これって、ボクのせい? いやボクは巻き込まれただけだよ、真昼の決闘に。
◇ ◇ ◇ ◇
アートレッスンの時間になって、みんな作業を始めた。セロファンをハサミで切るから、アートの先生だけじゃなく、担任や保健の先生まで順に見回りに来た。 手を切る子なんて、そんなにいないと思うけど。
「丁寧に、ゆっくり切りなさい。怪我しないようにね」
「あっ、先生!」
「はい?」
「手を切りました!」
隣の班の奴が手を上げた。そうだ……ここの生徒って、やっぱり幼児だ。
だから言ったでしょうに!って先生が呆れてる。
しばらくすると、ニコが小さな声でボクに話しかけてきた。サラサラの髪が太陽の日差しで光っている。
「なぁ、アマンド。ベネチアの風景なんだけど。もっと詳しく知りたいっていうか……一緒に図書室で資料探してくれない?」
えっ、今さら? 下書きはもう終わって、なぞりの作業に入ってるのに。 それに、ニコと二人きりで行動するなんて、初めてだ。
「……ボクと……?」
ニコは無言でコクンと頷く。いたずらっぽい目をしてる。ちょっとまずいって思ったけど、昼休みの出来事で、僕は少し気が大きくなっていたんだろうな。
「わかった。いいよ」
アートレッスンは楽しいけど、二時間続くから、ちょっと集中力が切れてしまう。気分転換にもいいかもしれないし。
「セロファンを何枚か交換できるか、隣のクラスに聞いていいですか?」
ニコが先生と廊下で話をしていた。さっきのことか。
ボクも給水機で水を飲み、作業場を抜け出した。今回の授業は各々集中しているから、休み時間は個人で取るようにと言われていた。なので誰もこちらを見てなかった。
「行こうぜ」 ニコがクスッと笑った。
図書室に入ると、重いドアを閉めて奥に急いだ。見つかりたくなかったんだ。授業中だから、広い図書室には誰もいない。
「何か加えたい絵でもあるの?」
ボクはニコに聞いた。彼は背が小さくて、話し方がぶっきらぼうで、なんだか弟みたい。 クラスの副代表なのに、そう見えないのが彼の魅力だと思う。
「いや、まあ……実はさ、部屋で読む本を決めたかっただけ」
「え? えっと、ベネチアのステンドグラスに何か加えるんじゃないの?」
「は? アマンド、今さら何だよ。下書きなんてとっくに終わってるじゃん」
はぁ?! なんだって! 今さらって、こっちのセリフだよ!
「ベネチア、行ってみたいなぁ」
「ええぇ……」
これ、完全にサボりだよ。ボク、サボりの手助けしてるんだ。
「アマンド、なんか上の空だったからさ。夢の話も気になったし、だから誘ってみたんだ」
ニコはクスッと笑って、くるくるした目でボクの顔を覗き込んでくる。 ……あ、かわいい。
なんて、つい思って流されそうになった。ニコとはあんまり話したことないから、何を考えてるのか全然わからない。
「アマンドって面白いよね〜」
「え? ボク、面白くないよ」
「その反応が面白いんだって。『ボク』って発音も可愛いしね。アマンドらしいよね」
「そうかな? ニコのほうが面白いよ」
見た目は幼なくて、なのに口も悪いし、素行もちょっと……それなのに優等生のジャンミンの補佐だし。
「こんなとこでサボってたら、怒られそうだね」
「大丈夫、大丈夫。うちのクラス、絵とか制作がめっちゃ上手い子いるじゃん。誰とも話さず集中してる子……ほら、窓際の後ろの席の子」
「マリオンだよ」
ボクは静かに言った。
図書館でサボってバレないのか心配です。




