真昼の格闘ごっこ 2
ステファンにシャツの襟を掴まれてグッと引き寄せられると、互いの身体がくっついた。ステファンの息が近い。多分僕の方が息が乱れてるんだろうな。シャツの生地越しに、互いの体温が伝わってくる。
心臓の音が相手に伝わってしまいそう。
「アマンド、準備OKかい?」
ステファンがニヤリと笑って、僕のネクタイをシャツのポケットにそっと入れてきた。彼もすでにポケットにネクタイを入れていた。
うわっ、優しっ! いや、本気ってこと?
目で合図を送ってくる。ボクもゆっくり目を合わせた。無言で見つめ合う。
「ファイッ!!」
待ちくたびれた誰かが掛け声をかけた。今の声はニコだ。
中庭でふざけた? いや、本気モードの組み合いが始まった。小さな中庭に歓声が響き、遠くにいた男子たちもこっちにやってくる。
足を滑らせて探り合う。ステファンがボクのワイシャツをまた引っ張り、身体がさらに近づく。腕がステファン胸に何度もぶつかる。あー、もう筋肉が全然違う。
「さすがだな、我のライバル。麗しのアマンドちゃん! 姫は渡さん!」
その設定まだ続いてたんだ……こっちはそれどころじゃない。ステファンの声が耳元で響く。低くてからかうような口調に顔が熱くなる。
「ステファンもなかなかやるね!」
ボクも負けずに言い返し、足技っぽくステップを踏む。ワイシャツが擦れ合う。足を引っかけようと試みるけど、ステファンの長い足は全然引っかからない。
「クソッ」
「アマンドでもそんなこと言うのか〜」
中庭の空気がだんだんと熱を帯びていく。
(あれ? あいつ……誰?)
組み合いながら、ボクは中庭の奥のあずま屋に座ってる子を見つけた。でも眼鏡を外してしまったので、人がいるな、くらいにしかわからない。
「あいつ、なんであんなとこで一人でいるんだろう?」
「エリオのことか? 拗ねてんのか。ほっとけよ。てか、よそ見なんかしてる場合かい?」
ステファンがボクの腰に手を回した。そう思った瞬間、身体が一瞬宙に浮き、ドサッと芝生に倒される。青い芝生の匂いがした。
ステファンが上から覆いかぶさってきた。息苦しくて息が止まりそう。ふふっとステファンが笑う。
「あっけないなぁ」
耳元で囁かれ少しざわざわした。
僕は自分の体の重みで、なんとか反転させてみる。
「おっ」
「大きいからって油断するなよ」
そう言ったのも束の間で、すぐまたグルりと元に戻され、僕たちは芝生の上をごろごろと回転した。
「いいぞ! 負けるなアマンドー!」
みんなの笑い声や口笛、煽る声--
僕は必死だった、そして高揚していた。
「ステファン、そのままそのまま!キープ」
「アマンド、這い出ろ!」
「あきらめるなよ!」
歓声が聞こえる。僕は荒く息を吐いた。
「クッ……あの子はエリオじゃない。エリオは木に寄りかかってムッとして……嫉妬してるよ」
ボクがぜいぜいしながら言うと、ステファンが笑った。
「アマンド、君は面白いな!」
ボクは自分が面白い奴だなんて全然思わない。
ステファンのからかいにイラッとした。僕に乗っかっている彼を、体全体で持ち上げるように思い切り突いた。どさっとステファンは大袈裟に転がる。みんなの歓声が聞こえた。
僕たちは立ち上がり、再び向き合った。お互いに、はぁはぁと息を切らす。
「じゃあ別の棟の奴じゃね? あづま屋まで冒険でもしに来たのかな」とステファン。
「一人であずま屋にいるなんて珍しいからさ」
ステファンが格闘技の内股っぽい動きを仕掛けてくる。ボクも負けじと身体を密着させて抵抗した。ワイシャツが乱れて、肌が見える。ぐるっと回ってステファンがあずま屋を見る番になった。
「誰もいねえじゃん」
ステファンが笑いながら言う。
「え? あれ? ほんとだ」
ボクも振り返ると、あずま屋にはもう誰もいない。誰だったんだ? 見間違いだったのかな。
それにしても身体を動かすのって、気持ちいい。僕はいつも本ばかり読んでいるから。休み時間にみんながふざけ合ってあるのを、バカらしいと思ったけど……やっぱり男って単純なんだ。相手を組み敷いたり、負かしたり、じゃれあったり……。
ステファンに手を抜かれているのがわかる。だけど人の体温が密着する感じ、熱や汗……嫌いじゃないんだな。ボクは自分がそういったのは苦手だと今まで思っていた。
「ステファン、本気出してもいいから」
「アマンド、また投げられても泣くなよ?」
その言葉を合図に、ボクとステファンは中庭を斜めに動きながら、ふざけた組み合いを続けた。ステファンがボクの腰をガッチリ掴んで投げようとする瞬間、ボクも足を絡めて反撃した。ステファンがよろめく。今度はうまくいった。
「おぉ、アマンド……くっ、なかなか手強い」
「うっ……」
余裕がなくて何も言えない。
「いいぞアマンド! ステファンを倒してくれ」
「ステファン無双を崩せ!」
普段は目立つことなんて避けたいのに、なんだか優越感が湧いてくる。さっきまでは、みんなステファン応援していたように思う。でも今は、半分以上の奴が僕を応援している。
横目でジャンミンが興奮して、近くにいたニコの肩をバシバシ叩いたり、抱きついているのが見えた。
「痛えよジャンミン、落ち着けよ!」
ニコの困惑した声。この二人、バカみたいに見えるけど、学級代表と副代表だ。
いつの間にかボクたちは夢中になりすぎて、中庭を半周していた。ステファンがニヤッと笑ってボクに囁く。
「アマンド、眼鏡外すとかわいいね」
そう言いながら、僕の首筋にキスをした。
「ちょっ、ふざけるなよ!」
僕はステファンを思い切り倒した。もう構えどころじゃない。強く胸を突くと、ステファンは大の字になって倒れる。みんなの歓声が上がった。
「やった! アマンドがステファンを倒したぞ」
「嘘だろ?」
ジャンミンたちの声。
「アマンド、ダークホースじゃん!」
クールな二コまでも興奮している。
「おぉぉい……今のはダメだぞ、アマンドー!」
ステファンが魔王のように両手を挙げて起き上がった。笑い声が聞こえる。
ボクはステファンの手を振りほどき、中庭を駆け出した。ワイシャツが風ではためき、ステファンが待ちやがれー!って叫びながら追いかけてくる。
もう完全に余興。みんなゲラゲラ笑っている。
全員がわかってる。ステファンがずっと手を抜いてくれていたこと。僕が怪我をしないように、だけどしっかり彼が攻撃して見えるようにしていたこと。
芝生の上を走り回り、笑い声と歓声が中庭に響く。ボクはステファンをかわしながら、木の陰に隠れたり、ベンチでガードしたりした。
「アマンド王子、こざかしい! これで終わりか!」
まるで子供の頃に戻ったみたいに楽しくて、みんなの笑い声が響き合った。
「王子ってまだ続いてたの?」
「王子って、なんだっけ?」
庭を一周し、息を切らせて戻ってくるとみんなが拍手してくれた。
「ステファン、アマンド、すげえな! 格闘技の大会でも優勝狙えるんじゃね?」
「いや、ほんと。二人ともすごいよ」
ニコとジャンミンも大いに褒めてくれる。
ステファンとボクは、かっこつけて同時に頭を下げた。
白熱した格闘ごっこ?でした。
怒っている人がいたようです。




