ルシアンのお願い
ステファンがクロノス学園に転入したばかりの頃です。さらに前の時間です。
クロノス学園に来て、あっという間に一週間が過ぎた。まだ慣れないことも多いけど、寮のことも含めなんとなくわかってきた。
でも、まだこの制服には慣れない。地元の制服は昔ながらの黒い学ランだったから。僕にはあっちのほうが似合っていたと思う。
ルシアンが、ラウンジにいる僕に話しかけてきた。
白のシャツに紺のカーディガンを羽織った彼に息を飲んだ。一週間経っても、毎回初めて見たみたいにドキッとしてしまう。
彼のシャツは、一番上のボタンが開いており、首筋に目がいってしまう。
ルシアンの美しさは今日も圧倒的だった。
『天使』と思った。
初めてルシアンを見たとき、声に出てしまったかもしれない。お告げのような、なにかを感じた。クロノス学園に来たのは、ルシアンに出会うためと思ったほどだ。
こんな美しい生物が、この世界にはいるんだ……と。
「やぁ、ステファン。お願いがあるんだ」
ルシアンから頼まれ事なんて、初めてだった。僕の胸は高鳴ったが、なんでもないように答えた。
「ふふっ。ステファン、またぼんやりしてる」
「え? ああ、なんでもない。考えごとさ。ルシアン、どうしたの?」
「理美容の順番なんだけど、替わってくれない? 今日だよね、ステファン。髪を切るのは」
「うん、そうだよ。替わるのは構わないよ。よくわからないけど、一人空いているからどう? って聞かれた」
「僕、少し毛先を切りたくてね」
くるっとした亜麻色の髪の先端を触りながらルシアンは言った。
「毛先だけ?」
「そう。ステファンは、具合が悪くて横になっていたことにして」
「わかった」
寮生活だと、髪の毛を切る日まで決められている。もちろん切りたくなければ 名前を消せばいいらしい。
僕はここに来たばかりだし、よくわからないので、寮長の言われるがまま理美容に行ってみようと思っていた。
ルシアンは僕の少し伸びた髪を、つぅーと触った。胸の鼓動が早くなった。
僕はおしゃれとか髪型とか全然興味がなくて、いつも短く刈り込んでいた。だから今回もそうしようとしていた。その髪型は別に気に入ってたわけではなかったけど。
「ねぇ、ステファン……君って髪を長めにした方がきっと似合うよ。せっかく赤茶の綺麗な髪……もったいないよ」
「そうかな? 自分じゃよくわからなくて」
「ステファンって、背が高くてスタイルもいいし。髪を長めにしたらモデルみたいになるよ」
ルシアンは上目遣いで僕の顔を見つめ、真面目にアドバイスをした。外見をそんなに褒められたのは初めてだった。
◇ ◇ ◇
夕方、ルシアンが理美容から戻ったけど、全く髪型は変わっていない。
「ルシアン、髪切ったかい?」
「いや、やっぱりやめたんだ。先生に呼び出しくらってさ」
「え?……大丈夫?」
「別に……いつものことでね」
ルシアンは複雑な表情をして、なんとなく寂しそうだった。彼が髪を切りたいから変更したのになぁ、なんて思いながらー
僕は癖で、何気なく前髪をかき上げた。
「ステファン、かっこいい! もう一回、髪をかき上げて」
「はぁ? 髪をこうやるのが?」
もう一度、髪をかき上げる。ルシアンはため息をついた。
「いいね、すごくいいよ。なぁ、ステファン。君はこれから自分のことを、俺って言ってみて」
急にルシアンは腕を組んできた。腕を伝って、心臓の音が聞こえてしまいそうで怖い。
「俺? いやいや。僕はそんなタイプじゃないよ」
「いや、ステファンはカリスマ性がある。俺って言ってほしいな」
「そんな……恥ずかしいよ。急に変えるのも、なんだかおかしいし」
「そんなことない。ステファンは来たばかりだから誰も気にしないよ。もっとクールな感じにいてほしいな」
そんな……無茶なことを言う。
「あまりおどおどしないでさ。この学園にはリーダーのような存在が必要なんだ」
「リーダー? 嫌だよ、そういうのは」
「いや、役職の話じゃないよ。精神的にさ」
精神的に?
首を傾げていると、落ち着いて何事にも動じないでいてくれたらいいんだと……。
「あとは髪を少し伸ばして。僕みたいにね。そうしてくれたらさ、デートしてあげるよ」
「デート?」
「週末一緒に出かけよう」
それから僕は髪を伸ばし、自分のことは『俺』と言うようになった。できるだけ喜怒哀楽を出さずに、落ち着いた態度でいることを心がけた。
こうして俺は、少しずつ変わっていった。
前はステファンは『僕』だったようです。




