ルシアンが悪い
つまり、わかっていて返却しないなら、これは立派な泥棒だ。
ルシアンの置き忘れたタンクトップは、僕の引き出しの中で特別な物になった。
寮生活で、人の物を取るのは重大な規則違反。クロノス学園に来て最初の約束事は-
〈人の物を取らない貸さない、渡さない〉
これは学校でも寮でも禁止されている。
〈他人の部屋に入ってはならない、招いてはならない〉
これも絶対だ。これら二つのことだけで、誓約書を書かされている。
そのためクロノス学園は全寮制ではあるが、物が紛失することがほとんどない。
「洗濯のときに服が紛失することもあるけど、別の子経由で戻ってくるのがほとんどだろ? だから浴室かなって……ステファン?」
俺は立ち尽くしていた。シドフの話が耳に入ってこない。
「僕は絶対言わないから。ステファンが、その……持ってること……。だいち、忘れ物が多いルシアンが悪いだろ」
優位に立ったシドフに慰められても、絶望しかなかった。
悪いのがルシアン?
そうか、そうだよな……。
「あ、返すの忘れてたーって……渡せば、ルシアンは怒らないんじゃないかなぁ」
目から途端に涙が溢れた。そして止まらなくなった。
ああ、そうか。ごめん、そうだよ。俺は………。
シドフ、ごめんな。
「え? あ、ごめん! ステファン、大丈夫だ。そうだ、むこうが気にしてないなら、返さなくたって……なに? ちょっ、え?」
力いっぱいシドフの首を絞めようとした。
「やめッー」
だけど死に物狂いで抵抗するシドフの力はとても強かった。すぐに俺の手は離れ、逆に両腕を掴まれる。
「ステファン……ぐっ、ううっ……やめて!」
「ごめ……シドフ。ごめんな」
一度離れ、次は俺がシドフの腕を掴んでいた。
「ステファ……ルシアンのこと言わないから。お願い……」
シドフは見た目は細い。でも運動神経は悪くなく、体幹も安定していた。
シドフ……まさかこんなに力があるなんて。
涙が止まらない。
「やめて……」
背が高く、格闘が得意な俺の方がほんの少し有利だった。でも本当に少しの差だった。殺される側の最期の抵抗は相当なものだ。
膝で思いっきり腹を突いて、池に両手で突き飛ばした。
シドフは運悪く(俺にとっては運良く)池の中の大きな石に仰向けで頭を打ち付けた。鈍い音がした。
シドフは死んだ。
……ごめんなシドフ。君を殺した。
え? …………俺がシドフを殺した?
なんで?
人気者の俺がこんな卑怯者に怯えて、なぜ殺さなくちゃいけない?
ヒステリックになったシドフが追いかけてきて、怒って暴れて足を滑らせ、勝手に石で頭を打った。
そう。そうだよ。
そう思ったら、本当にその光景が頭に浮かんで、それが真実であるかのようだった。
微かすかにシドフの声がして、ハッとする。目を見開いているシドフ。瞼が小刻みに動いた。
俺は浅い池の中にシドフを落とし、体重をかけた。肩を両腕で押さえ込んだ。彼の足がピクっと動いた。 濁った水中の中で、シドフは目を見開いたまま動かなくなった。
シドフを池から出して担ぐと、庭園の真ん中にある日時計の近くに、這いつくばる格好にして置いた。頭から血が出ている。
日時計の横に置いたのは、街灯が灯るからだ。夜でも警備員が見つけやすいと思った。
シドフは濡れていることもあって、本当に重かった。ぐったりした俺は倉庫裏に移動し、濡れたズボンと靴下を強く絞った。上半身は、袖を捲り上げたらどうにかなった。
汚れの少ない雑巾を見つけて、身体中を拭いた。 手の甲に傷があった。腕にも掴まれたときにできた鬱血があった。
「いっ……」
腹に鈍痛がし、殴られたか蹴られたかしたようだけど、それも覚えていなかった。
醜く争ったことは、なかったことにはできない。頭が混乱して、どうすればいいかわからない。疲労感が襲ってきた。
俺はその場にうずくまっていた。古い扉がガタガタと揺れる。
なんとなく人の気配がし、見渡すと庭を手入れしている作業員がいた。 慌てて、庭園を後にした。
後のことはよく覚えていない。 自分が部屋で何をしていたのかさえ思い出せない。誰かが来た気もするが、よくわからない。
途中から廊下がざわついていたような気がする。シドフはもう見つかったのかもしれない。
ああ……よかった。
あの池には二度と近づきたくないな。
池に入れたままだったら、誰にも見つけられないまま、水を含んで腐ってしまう可能性もある。 そんなシドフはやり切れないし、見たくない。
エリオが見たら気絶するだろうな。
それに、そんな汚い物をルシアンには見せるわけにはいかない。
絶対に。
一章ではエリオ側だったので、書かれなかったステラサイドの話。
シドフ……黙っていた方がよかったのに……。あぁ……ステファン……。
あと少し続きます。
まだあと少しだけ……驚くことがわかります。




