中庭のハミングバード 3
まだ過去の話です。
中庭でハミングバードを見ながら、ステファンはエリオに、無茶なことを言ってます。
語りはステファン。
「エリオ……校舎から飛び降りるんだ。それで二人で死ぬんだよ」
俺は彼の震える唇をゆっくり親指でなぞった。
「ハミングバードは、蜜を絶えずなめていないと死んでしまうんだ」
無言のエリオ。唇の震えが俺の指に伝わる。
「ずっとホバリング(空中静止)してるとね、かなり体力を使ってしまうんだ。だって一秒間に五十回だよ。だからカロリーが高く、吸収しやすい花の蜜を一日中なめ続けてる……死なないように」
エリオは眉をひそめた。納得いかない顔をしている。 エリオは何かぶつぶつ呟いた後、反論した。
「そんなのおかしいよ。だって花の蜜を手に入れるためにホバリングしてるんだろ?」
「そう」
「でもそのせいで疲れて、栄養をまた取らなくてはいけない」
「そうだ」
「そんなのひどいよ……」
「悲しいだろ? 永遠にホバリングして、永遠に蜜をなめ続けるんだ」
「栄養を摂ろうとすると、そのために栄養を使って死んでしまう……」
エリオは寂しそうに呟いた。
「そういう生き物なんだよ。ここにいる俺たちとなにが違う? 全く同じじゃないか」
「え? どういう意味?」
困った顔のエリオもなんかいいな。
「エリオ……俺たちは、みんな仲良くしていたいだろ? そのために一緒にいるんだろ?」
「そうだよ」
じゃあどうして傷つけ合うのだろう。
どうして殺したくなるんだろう?
「ステファン……なんだか今日は意地悪だね。僕のことからかってるんでしょ?」
エリオはまた体を近づけてきた。でも俺は振り払った。
そして机の中から持ってきていた小さなボールを、空に向かって投げ始めた。体育倉庫に戻さないで、一つ机に入れているんだ。
ポンと投げて、ボールをキャッチする。適当にポンと投げてはキャッチ。投げてはキャッチ……。
「そこにある一番高い木に登ってみて。エリオ、そしててっぺんから落ちてごらん」
俺はボールを投げる。
「なんだって?」
ボールをキャッチする。
「落ちても、ホバリングすればいいじゃないか。君はハミングバードなんだろ?」
エリオは慄いた。ボールを再び投げる。ボールをキャッチする。
「…………」
エリオは無言。俺が怒ってる理由が少しわかったかな。
―俺はボールをうんと空高く投げる。それをしばらく眺めてから、エリオを冷めた目で見た。
「君ができないことを、あの鳥たちは生き残るためにやっているんだ。だからあんなことなんて言わないで欲しいな」
ボールは地面にどすんと落ち、ころころ転がって石にぶつかる。
「……ごめん、ステファン」
休み時間を終えるチャイムが鳴った。エリオは俺の手首を掴んでーー
「ステファン、怒らせちゃったんだね。僕がハミングバードのことよくわかってなくて……先に帰るよ」
怯えているエリオを捕まえて、俺のほうに向き直させる。そして強引におでこにキスをした。
「君たちなにしてるの?」
目の前にニコがいた。
やばい……こいつ、学級委員と仲良くしてるんだよな。小さくて幼い顔つきだけど、ニコには気をつけなければいけない。
「いいや、ちょっとね。俺がエリオをからかったんだ。そしたらショックを受けちゃってね」
「なにか……喧嘩していた?」
ニコはそう言いながら、落ちているボールを拾って俺に渡す。
「喧嘩? 鳥の生態について話し合ってただけだよ」
「ふうん……エリオ、そうなのか?」
「うん……そうだよ。花壇に鳥がきていたんだ」
「わかった。あと……キスをするなら、恋人の申請してな。ジャンミンに一応、伝えとくかな」
「え?! 僕たち、ふざけていただけ だよ」
エリオが必死にフォローする。
「……なんてね! ハハっ。もちろん言わないよ。休み時間前まで、告げ口みたいなことしたくないし」
へへっとソニアは笑う。
「エリオはなにも悪くない。キツいこと言ったのも、強引にキスしたのも俺だから」
「わかってるって。おでこだったしね。二人とも早く行こう。次は移動教室だ。だから呼びに来たんだ」
「ニコ、気が利くね。ありがとう」
そういって俺は、ニコの肩をポンと掴んだ。少し手に力が入ったかもしれない。
……少し。
「さぁ、エリオ行こう。おかしな話をしてごめんよ」
「あ、うん」
俺はエリオの腕を引っ張って、中庭を後にした。彼は頬を染めて頷いた。
ニコも後ろから続く。
おでこにキスしたのなんか問題なんじゃないだろう? そんなの学校が薦めてるじゃないか。
あいつ、いつから聞いていた? ずっとクヌギの木の後ろにいたのかな?
ニコ……食えない奴。
◇ ◇ ◇
図書館から戻ってきたニコとエリオ。
廊下の曲がり角に隠れて、二人の会話を俺はこっそり聞いた。
あのとき中庭の……クヌギの木の後ろに隠れていたニコのように。
(これでおあいこだろ?)
図書室でなにかあったのかとソニアに質問され、泣き出したエリオ。
エリオは感情が表に出やすいが、泣くのは珍しい。 俺の前でも泣いたことなんてないのに。
エリオに何かあったに間違いない……そう思ったとき-
「この学園で殺された子っているの?」
今、なんて? エリオの質問に、ニコも驚きを隠せない。俺はもう一秒も我慢できなくて、二人の前に飛び出た。
目を丸くする二人。ニコは手強かった。だけどランチのことをネタにして、エリオをあっという間に連れ去った。おどけた感じで。
「ニコ、エリオは俺と戻るよ。最近、彼と話せてないからね」
誰だ? 殺された子がいるなんて……。
誰なんだ? エリオに余計なことを吹き込んだのは。
早く探さないとな。 ジャンミンやニコよりも早く。
過去のことを思い出していたステファンとエリオ。
ステファンはエリオを連れていってしまいました。
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