中庭のハミングバード 2
ステファンとエリオは、二人だけで中庭にいます。
ハミングバードが花壇にやってきました。
中庭の花壇にやってきた青緑に輝く小さなハミングバード。
エリオは二羽のハミングバードが、まるで俺たちみたいだって言う。俺はなんだか納得できなかった。呆れてしまった。
シドフは蔑ろなのかい?
なんて思ったけど、言うのはやめた。シドフの名前が出てこないのは、正直ほっとしていた。
クラスメイトは階段の踊り場や、教室から近いピロティで雑談をしているんだろう。
「ねえ、エリオ。図書室の図鑑で読んだのだけどさ、ハミングバードって小さくてかわいいけど、あれをするために空中で一秒間に五十回くらい羽を動かしているんだ」
「あれって?」
エリオは首を傾げる。
「ホバリング。空中静止のことだよ。ほら、ああやって蜂みたいに空中に止まるやつ。普通の鳥はできないよ」
「本当だ。確かに空中で止まるって、すごいな。なんであんなことしているのかなぁ……疲れないのかな?」
エリオは本当にまるでわかってない。かわいいかわいいなんて、ハミングバードに夢中になってる。だけどホバリングのことをあんなことって……無駄みたいな言い方して。
頭にくるな。
悪気なく言うから、余計にいらっとするんだよ。疲れないのかなだって?
空中に体を静止させるんだ。高速で羽を動かし続けてるんだぞ。ハミングバードだって大変に決まってるだろ。
なんて俺は、勝手に鳥の味方をしている。 (ハミングバードからしたら、余計なお世話だろうな)
ただのお喋りに、いちいちつっかかってしまう俺は、エリオよりも子供っぽいのかもしれないな。
「エリオ、あの二羽のハミングバードが自分たちみたいだって言ったよね。俺とエリオの」
俺は、必死に蜜を吸うハミングバードを見ながら尋ねた。
「うん、ステファンと僕だ。あのエメラルドグリーン、ステファンっぽいだろ? 輝いていて素敵じゃない?」
「素敵か。じゃあ、俺たちも真似しようか……」
「え、真似するの? どうするの?」
嬉しそうに俺にくっついてくるエリオ。いいな、君は本当に単純で。
「エリオ? ハミングバードがなんで常に蜜を摂取してるか知ってるかい?」
「なんで? ……甘党なの?」
「あはは、エリオってば面白いなぁ」
甘党? なんだそれ。俺はエリオを抱きしめた。だから憎めないんだ。でももう少し考えてくれてもいいのに。
面白いというか……そんなエリオの薄っぺらいところが好きだ。たまに頭がお花畑な女の子みたいに見えるときがある。
ここにいる奴はみんなそう……。
(あ、彼は除いて……)
エリオは目を輝かせている。子猫みたいな目。俺はエリオのくせっ毛を触った。
「真似って何するの、ステファン? 蜜を吸うの?」
「いやいや、それは鳥や虫たちが困るだろう。あの花壇のそばに行ってはダメだ。二度とハミングバードも来なくなる」
「そうだね」
「みんなにもハミングバードがいたことは内緒にしておこう」
「わかった。シドフにも?」
「そうだ。シドフにも。誰にも言ってはいけない。今日のことは二人だけの秘密だ」
シドフのこと忘れていた。ルシアンたちに知られたくないと思ったんだ。騒ぐからね。本当にハミングバードがやってこなくなる。
エリオは秘密を共有できて嬉しそうだ。
「うん。誰にも言わない……それで、ハミングバードの真似ってどうするの?」
「一緒に死ぬんだよ」
俺にくっついていたエリオは、一度肩をピクリと動かした後、固まってしまった。
その張りつめた糸のようなものが、彼の柔らかな頬や体から伝わってきた。
俺は冷めた目でエリオを見下ろした。
「ハミングバードみたいになりたいだろ?」
「ステファン? なに言ってるんだよ」
意味がわからず困惑しているエリオ。顔を歪ませて固まっている。
こうやって天真爛漫で優しい子を失望させて突き落とすのは嫌いじゃない。
ステファンは怒ってますね。
次でこのエピソードは終わります。




