エリオの過去
エリオの語りです。
翌日、僕はまた図書室にいた。
朝からまりかの幽霊にまとわりつかれ……。
(まとわり憑かれたという感じだ)
図書室に来いと、耳元で何度も催促するのには参った。
怖いとは思わなかった。かわいいとまで思えるようになった。人間の適応能力はすごい。まぁ一応、妹だしね。
まりかはクラスメイトには見えないようだった。
「大事なことってなに? 生徒が殺されたって話?」
あまりにも非現実的だった。一晩寝たら全てが嘘のように感じたんだ。
昼食の準備時間にこっそりやってきたので、早く帰らないとまずい。今は僕一人だった。
「エリオ……時間がないから率直に言うわ。あなた、この学園に間違えて転入したのかもしれない」
「はい?」
「この学園は、選ばれた特別な子だけが来るのは聞いているよね?」
「もちろん。こんなに設備も整っていて過ごしやすい学園は他にないと思う。つまり……僕は特別じゃないってこと?」
ショックだった。それって能力がないってことだよな。まりかはこくりとうなずく。
「つまり僕は……不合格? 住むところがなくなって、親がいないから入れてもらえた?」
まりかは驚いた顔をした。
「違うわ! 何も知らないのね。つまり、ここにいる子たちは人を殺してるってこと」
「え?!」
あまりに唐突だった。聞き間違えたのかと思った。
「ちなみにエリオ、あなたは放火をして、私とお母さんを殺した」
僕はよろよろと床に跪いた。
アパートが燃えている、僕がそれを路上から見ている……。
急にそんな記憶がフラッシュバックした。
あれ……これ夢だよね? それとも映画?
「違う! 嘘……嘘だ!」
怒りをまりかにぶつける。
「そうよ、嘘」
「え?」
「世間ではそうだけど、でも違うの。本当はお母さんが私を殺したの。そして放火したの! 理由はあなたのお父さんに捨てられたから」
「お母さんが?」
「エリオのお父さんは、他に家族があったの。既婚者だった。みんなを置いて帰ってこなくなった」
「……ごめん、ひどい話だ」
「それはもういいの。お母さんは心の病気だったわ」
僕は黙って聞いていた。
「エリオはお母さんの静止を無視して、学校に忘れ物を取りに行ったの。それでたまたま助かったの。でもそのせいでエリオが犯人になってしまった」
頭が混乱する。妹を殺した。それは僕ではなく、お母さんが……。その二人は、僕の本当の妹とお母さんではない。
「この話、ここの偉い人に相談しよう。やっかいな問題が解決したらね。ああ……やっと言えた。お兄ちゃん、私はこれを一番伝えたかった」
「まりか……実は僕、ここに来る前の記憶がないんだ」
「やっと見つけたよ。エリオ!」
本棚の向こうからニコが顔を出した。
僕は黙ったまま……。
「お昼の前は入ってはダメじゃないか」
(またニコだ……僕の声は聞かれたな)
「エリオ、罰則だよ。掃除か宿題かどちらを増やす?」
ニヤッと笑うニコ。彼の背後でバサッと大きな音がした。ニコが振り返る。床に一冊の本が落ちていた。
「なに……これ。エリオ、今投げた?」
「まさか……勝手に落ちた」
「怖っ、怪奇現象だぜ」
僕は緑色の表紙の本に近づき、そっと拾い上げた。山々の表紙。それは昨日、僕が見ていた東洋の本だった。
(まりかの仕業だよな)
ニコがページを開いた。ハッとした。
着物の写真の中に、まりかと同じ柄の着物がある!
たくさんの白い鶴が舞っている赤い着物。
「あっ!」
思わず声が出た。やはりまりかを作り上げたのは僕だ。このページを見た後、まりかが僕の目の前に現れた気がした。
「ねぇ……ニコ。この本、番号のラベルが貼ってない。戻す棚がわからないよ」
冷めた目で本を眺めるニコ。
「図書室の本じゃなくて、先生の私物かもな。職員室に持って行くよ。ちょうど午後に行くから」
僕とニコは廊下を早足で歩いた。ニコはやっぱり苦手だ。できるだけ明るく話しかけてみた。
「ねえ。ニコって……怪奇現象、信じているの?」
「前は信じてなかったかな」
てことは、今はどうなのだろう?
「でもアマンドが図書室で倒れただろ? なにかを見てショックを受けたとか?」
そうだアマンドのこともある。
「もしかしてアマンドもなにか見たのかな。図書室で」
僕は思わず疑問を口にする。
「君と同じ女の子の霊とか?」
ニコが微笑んだ。
「……え?」
「エリオ……今、アマンドもって言ったね。つまり、エリオも女の子の霊を見たのかな?」
ニコは使われてない教室の前で立ち止まった。
(まりかのこと、みんなが知ってると思い込んでた。ニコにカマかけられた)
「エリオ……さっき着物の写真を見て、かなり驚いてたね。どうしたの?なぜ、この本は落ちたのかな。僕は頼りないかもだけど、副代表だよ。この学校に来てから不安なことがあるんじゃない?」
「でも……幽霊を見たとか、生徒を怖がらせることを言ってはいけない校則があるよ」
「それは、生徒を怖がらせる嘘を言うなってこと。そういった奴が多いからな」
どうしよう。僕だってこの学園のこと誰かに聞きたい……。
「エリオ、僕が怖いのか? 煙草も見られちゃったしな」
「そんなことないけど……」
「僕はみんなを助けたいだけなんだ」
急に涙が出てきた。突然のことで拭うこともできなかった。自分でも驚く。
「あぁ……。エリオ、大丈夫?」
僕の涙を、腕で押さえてくれるニコ。ハンカチじゃないところがニコらしい。
僕はやっぱり、ずっと恐ろしかったんだ。あったこと全てニコに言ってしまおうか。一人で抱えてるのなんて無理だ。
着物姿の妹、まりかのこと。母親のこと。いやそれより……。
「この学園で殺された子っているの?」
僕の不意な質問に、ニコは固まった。また場違いな質問をしたのかもしれない。
「エリオ、やっと見つけた!」
後ろから急に抱きつかれて、僕は思わず体重を預けてしまった。ステファンだった。 華奢だけど背が高く、腕力のあるステファン。久しぶりに強い力で抱きしめられる。
僕の大好きな人。
「ステファン……」
「あ、ニコもいたのか。なぁ、エリオ。みんなお昼を食べに食堂に行ったよ。早くしないとなくなっちゃうぞ」
「あっ、うん」
「たまには一緒行こうよ。久しぶりだろ? デザートあげるから」
ステファンが耳元で優しく囁いた。
「ニコ、エリオは僕と戻るよ。最近、話せてないからね」
「待って! 少しだけエリオと話したいんだ。いいかい?」
「なにをかな?」
ステファンのキツい口調。ニコは動じなかった。
「エリオにしか関係のないことだ」
「そう、怒るなよニコ」
「大事な話なんだ」
「えぇ? 休み時間にしてくれよ。本当にランチ食べ損ねるよ」
ニコは黙っている。
ステファンはワルツを踊っているかのように、爽やかに僕を連れていった。
僕はステファンに抱えられるようにして、クラスに戻った。久しぶりだった。心が離れてしまったと思ってたけど……とてもドキドキしていた。
でも、いつものドキドキではなかった。
ステファンが恐ろしい。
クロノス学園に来て間もないころのことだ。
中庭でステファンとハミングバードを発見したことを思い出した。そういえばあのときと状況が似ている。
あのときはニコが最後に現れたのだっけ?
エリオが学園の秘密を知りました。
次は少し時間の軸が戻ります。




