磨いた成果を試すとき 5
このエピソードとルシアンの章はここで終わりです。
ティーチャー・パンジーの授業ですが、かなり不穏になっています。
ルシアンが机を叩いて立ち上がった。
と同時にエリオまで立ち上がった。
「新参者は引っ込んでな」
ルシアンに言われても引かないエリオ。
「ティーチャー・パンジー。僕、ずっと幽霊を見てるんです」
「なっ」
(エリオ……何言ってんだ?)
クラス中が大きくどよめいた。クロノス学園では幽霊や魔物、妖怪などの話を広めたり、生徒を怖がらせてはならない規則があった。
「まずいよ、規則違反だよ……」
クラスの何人かが指摘する。
「エリオやめろよ。関係ないだろ」
副代表のニコが止めに入った。
「その霊が僕に予言したんです。今日良くないことが起きるって」
「エリオやめなさい! 規則を破ったので、あなたに罰を与えます」
「……わかりました。罰は受けます。ただ、今日はもう終わりにしたほうがーー」
「座りなさい、エリオ!」
エリオは謝罪するように、頭を下げてから座った。ルシアンが机を軽く叩いた。
「ティーチャー・パンジー……僕からも謝罪します。さきほどのみんなの失礼な言動は、僕のせいです。休み時間に悪ふざけをしていました。クロノス祭の前に、みんな内申を下げたくありません。僕一人を罰してください。笑ってすみませんでした」
その言葉を聞いて、先生は満足そうに笑った。
「やっぱりあなたね! そうだと思っていましたよ。あなたが元凶だと」
え?
先生、ルシアンのこと信頼していたんじゃなかったの?
「はい。だから反省室に行きます」
ルシアンは言葉とは裏腹に、相手を威圧していた。
「だからそんな古臭いことしませんよ! それに……反省室に行くのは反省ができるまともな生徒。あなた……反省などできないでしょう? 白々しくておかしいわよ、ルシアン」
「…………」
「どうせ休み時間に、私の悪口を言っていたのでしょう? あなたクラスの厄介者ですもの」
なんだそれ?
ルシアンのシンパではないが頭にきたな。厄介者だなんて、誰も思ってない。
「職員室でもあなたの話題が出てきますよ、わかっています。私はあなたのこと……」
そこでティーチャー・パンジーは言葉を詰まらせた。
ルシアンの態度が変わった。もう媚びることに辟易したようだった。
「嫌い……なんだろ? 言ってもいいですよ、ティーチャー・パンジー。僕も心底嫌いだ。あなたのこと、先生だと思ってない」
ティーチャー・パンジーは、鞭を右手に構え一歩前に出た。
「ルシアン。もう……やめて。もういいよ」
ステファンが、ルシアンに震える声で呼び止めた。これが精一杯だったと思う。だけどルシアンはやめなかった。
「嫌いって言えばいい」
「ルシアン黙りなさい!」
バシン! 強烈な音が響く。
ティーチャー・パンジーが鞭で机を叩いた。全てが悪い方向に向かっている。ルシアンはさらに挑発する。
「ふふふ。飴のほうが効果があるんじゃない? 鞭よりは」
怯える生徒たち。もう何も言えない。
「面白くないんです、あなたの授業。ずっーとね。全部そのせいですよ」
いつもは黒板を指すためだけに使われている鞭。僕はこの日初めて、先生が生徒に振り下ろすのを見た。
静まり返った教室に、凄まじい太い鞭の音が響く-ー
その瞬間、怖くて一瞬目を閉じた。それと同時に、僕はこの日のことはきっと忘れないだろうと思った。
「ルシアン!」
ステファンの叫び声。ルシアンの頬から真っ赤な血が滴り落ちた。
「誰か! 医務室の先生を!」
悲鳴が何重にも聞こえ、学級代表のジャンミンとニコが他の先生を呼びに廊下に出て行った。
ルシアンはがっくりと膝から倒れた。ステファンたちが周りを囲む。
ステファンはルシアンを抱え、エリオがハンカチで血を押さえた。
何か舞台でも見ているかのようだ。
そう、こんな大事件なのに僕はただぼうっと座って、長い髪の毛の間からすべて傍観している。泣いているやつもいるのに、僕はなんて冷酷なのだろう。
でもその横でなにもしないで突っ立っている黒い服の女は何者?
異様な光景だ。そして、その女はふっと笑った。
今、笑った?
「だるいわ~」
犬の唸り声のように低い声が、教室の後ろから放たれると、一瞬にして教室は静かになった。皆が一斉に振り返った。
「何?」
「今の声、誰?」
久しぶりに出した声はガラガラに枯れていて上手く発声できなかった。声って使わないと退化するんだな。
「嘘? ……彼って、話せるの?」
エリオが僕を指差した。僕は立ち上がり、そのまま前に歩み出た。
「え? なに、なに?!」
エミリーが漫画みたいに小さく悲鳴をあげた。
「マ、マリオンがしゃべった!」
「初めて聞いた」
泣いていた生徒も目をパチパチして僕を見ている。教室にいる全員が口をあんぐり開けていた。
悪いけど、一番驚いているのは僕だ。
誰とも話したくなかった。どう話していいかもわからなくて……。
僕は話すことをやめた。こんな僕に母親も匙を投げた。
でもやっと、やっと声がでた。
でもこの学園に来て、初めて声に出した言葉が……だるいわなんて残念過ぎたけど。
ずっとヒーローに憧れていた子の言葉にしては品がないな。ああ、本当に自分にがっかりだよ。
でも本当にだるいから仕方ない。ティーチャー・パンジーの全てが。
見つからないように、袖に持ち替えて隠していたペーパーナイフを握り直した。刻んだマーガレットの花を親指の腹で感じる。
このペーパーナイフ、実は紙を切るだけじゃないんだ。
アートレッスンの時間に使った紙やすりも少し拝借して、毎日磨いて鋭くしたんだ。
ペーパーナイフは本当のナイフのように切れるようになった。深い意味はない。ただかっこよく、より実用的にしたかっただけ。
でもそんなことはどうでもいい。体の内側から勇気が出てきた。さっきまで僕は何に怯えていたのだろう。
今、磨いた成果を試すときなんじゃないかな。今じゃなければ、これはいつ使うのだろう。
前髪は鼻にかかるほど伸びているけど、目の前の骸骨はよく見えた。
真っ黒なローブを被った死神-
さっきみたいに窪んだ目で、僕をじっと見つめてきた。
でももう何も怖くなかった。
もう一度、指の腹で優しくペーパーナイフをなぞり凹凸を感じる。
僕は、その死神の前に胸を張って立ち、右手を大きく振りあげた。
少し長くなりました。どうでしたか?
感想や反応をいただけると泣いて喜びます。
三章もありますので。どうか続けて読んでいただけると嬉しいです。




