磨いた成果を試すとき 4
教科書とノートは閉じた。
だけどティーチャー・パンジーの授業は終わらなかった。
「これから、このクラス全員の持ち物検査を行います。なにかに取り憑かれたようなので」
僕たちは無言だった。この先生は何を言っているんだ?
「危険な物は排除しなければなりません。ハサミやピンなど、危険な物がないかチェックし、見つかったら没収します」
頭が真っ白になった。
「ティーチャー・パンジー」
ジャンミンが立ち上がる。
「持ち物検査を行うときは、前日に通知する決まりがあるのでは?」
すごいな。よく勇気を出して言ってくれた! さすが学級代表。
「はい。普段はそうです。しかしこれは緊急事態です。このクラスはもとから問題が多いです。そして、明らかに精神状態が悪化しています」
さっきからひどい言いようだな。
「そもそも! 前日に持ち物検査の通知をすることに私は反対です。それでは意味がありません」
「ですが、ティーチャー・パンジー……」
「ジャンミン、減点しますよ」
ジャンミンの主張は一蹴された。彼は無表情で座った。
(ああ……まずい。非常にまずいぞマリオン。そのペーパーナイフをどうするつもりだい? みんなちゃんと工作室の隣、鍵のかかる準備室に置いてきているのになぁ〜! やっちまったな〜)
なぜかゴブリンみたいな魔物が僕の耳元で囁いてくる……僕の妄想が始まった。
僕は置いてくるフリをして、シャツの袖に忍ばせ、持って帰ってきたのだ。
生徒たちは無言だった。何かを言ったら自分が狙われる。
(なぁ、マリオン! 誰だって、一つや二つ見られたくないものを机に入れているぜ。けど、さすがにペーパーナイフを持っているやつはいないぜぇ)
僕らは規則で刃物類は机に入れてはいけなかった。もちろんハサミも駄目。
男子校って、普段はとても仲がいい。でも喧嘩が始まると理性がぶっ飛んでしまうバカなやつがいるから、いろいろ危険なんだ。
ティーチャー・パンジーが威圧的に話す。
「この異常事態を解決するためです。このままではクロノス祭も、このクラスは不参加にしますよ」
「……クロノス祭?」
ステファンが間の抜けた声を出した。なぜクロノス祭? という素朴な疑問。 僕だってそうだった。皆がお互いの顔を見つめ合う。教室が一気にざわついた。
クロノス祭?!
「そんな……」
「みんなが楽しみにしているクロノス祭だよ。僕、初めてなのに。そんなのないよ」
エリオがステファンの方を向いて泣きそうになっている。
クロノス祭に出てはいけないだって?
そんな脅迫めいたことを言って許されるのか? この教師にそんな権限が?
こんな僕でさえ楽しみにしているのに。
「そんな! 女子とダンス、踊れないの?」
「ステンドグラスの制作はどうなるんだ?」
教室に広がる嘆きの連鎖。
「ティーチャー・パンジー、僕は笑っていません! なぜみんなが急に笑うのかわかりませんでした」
先生に懇願する生徒。彼は始業の鐘の音と一緒に、慌てて教室に入ってきた。休み時間のルシアンのモノマネを見ていない。本当にわけがわからなかっただろう。
ルシアンが手を挙げて発言した。
「あの、ティーチャー・パンジー、このクラスが取り憑かれたなんて……そんな非現実的なことありませんよ。彼は実際、笑っていませんでしたし」
ティーチャー・パンジーはルシアンを一瞥するものの無視をした。彼女の口元が緩む。
「罰はなんでも受けます、鞭打ちでも反省文でも」
必死なルシアンを見て、ティーチャー・パンジーは嘲るように笑った。
「フフッ。鞭打ち? そんな古臭いことはしませんよ。窓側の席の三人、机の中の物を出してください」
心臓が跳ねた。なんでこんなことに……。 しかも僕が最初だなんて。
(あ〜終わりだな、マリオン。この世の終わりだ)
ゴブリンが嬉しそうに囁く。
数名の生徒は泣きマネなのか、机に伏せながらも、机の中に手を突っ込んで何かを探したり、手に丸め込んだりしているのが見えた。
ステファンは……ボール? あとはパンの残りまでズボンに押し込んでいる。
「全員が危険な物を持ち込んでなければ、すぐ終わります。何か見つかったら会議にかけましょう」
会議と聞いて、数名の生徒が一層動揺した。
「会議にかけて、その後はどうなるのですか?」
落ち着いていたジャンミンも我に返った。
「それって成績に関係するのですか?」
「まあ落ち着いてくださいよ」
ティーチャー・パンジーはずっとニヤニヤしている。その顔を見て僕はかなりイラついた。
「それは! ……それはFがつきますか?」
いつも冷静なジャンミンが明らかにおかしい。成績のことばかり言って……なんだか可哀想に思えてくる。
ステファンが先生に質問した。
「あの……家に連絡はいきますか?」
「そうですね、物によります」
さらに皆が動揺した。
「先生、笑ってごめんなさい」
「家には言わないで!」
「ティーチャー・パンジーすみません!」
「クロノス祭は参加させて下さい!」
急にティーチャー・パンジーにすがる生徒たち。
少し前まで彼女を笑い者にしていたのに。さっきまでの大笑いから一転、嘆きと泣き声であふれた。
「先生! あの……これにはわけがあるんです」
エリオがそう言って、ちらっとステファンを見た。ステファンはうなずき、学級代表のジャンミンを見る。
でもジャンミンは頭を抱え、呆然としている。ブツブツと何かを繰り返していた。
「エリオ……わけとは?」
「はい。その、あの……一週間前に……あの」
「はっきり言ってください」
「あの-」
同時に終業の鐘が鳴り響く。それに遮られ、エリオは頭をかきむしった。
「あぁっ……」
「もう結構。 今日のことはいずれにせよ先生方に報告します。休み時間がなくなります。全員! 全員一斉に机の上に荷物を出してください!」
僕は机の中のノートや筆入れを握っていた。ばれなければいいんだ--
「もう、いいって!」
ルシアンが机を叩いて立ち上がった。
次で第一章が終わります。2年B組みはクロノス祭に出れるのでしょうか?




