磨いた成果を試すとき
ここからでも読み始められます。
語り手は、窓際にいつも一人でいるマリオン。
プロローグで話をしていた、少し斜に構えた子。
この章のラストを飾る面白い話になると思います。
アートレッスンの時間にアマンドが図書室で倒れた話は、あっという間に広がった。その次がランチタイムだったので、余計に早く伝わったと思う。
図書室の床には地図帳や小説が散らばっていて、アマンドはなにか調べていたらしい。
ジャンミンやステファンは、その小説に出てくる岬を探してたんだと主張する。
「夢に出てくるって言っていたんです」
「岬に女の子、お姫様が立っていたって」
「お姫様と決まったわけではないだろ?」
「結局、夢の女の人は誰だったの?」
バカなのか? 何の話だ。夢なのか現実なのか、妄想か……こいつらが好きそうな話。
窓際の後ろにいた僕にまでその声は聞こえ、心底うんざりした。
とりあえず大事には至らないけど、数日は病棟で検査入院するらしい。それを聞いてみんな胸を撫で下ろした。まあ、僕には関係ないけど…………。
でも、よかった。
「だけどアマンドがぁ、ステンドグラス制作をさぼって図書室に一人で行くなんてぇ。なーんか腑に落ちないけど。あんな真面目君がぁ」
それは同感だ。探偵を気取ってるのか、ルシアンが腕組みをしている。話し方は、アホ丸出しで探偵とはかけ離れていた。
アマンドは大事な作業中に、一人で図書館には行かないと思う。
僕は生徒たちのことは興味がない。でも唯一、アマンドだけは自分に近いものを感じた。芸術的な面でだ。よく僕のほうをチラチラ見ていたのを覚えている。何か聞きたかったんじゃないのか? と思っていた。
ルシアンの亜麻色のふんわりとした髪が、風でなびいた。長い足を交差させ壁に寄りかかるルシアン。それは皆が言っているように、天使そのものだった。大袈裟ではなく。
ルシアンはうるさい奴だが、誰にも媚びないし、つるまないので生徒たちからは人気があった。委員長タイプでもなく、先生からも叱られる。そこも魅力なんだろう。あとは単純に見た目のおかげだと思う。
「いろいろ考えたら〜お腹空いちゃったぁ」
「ルシアン、なにいってるのさ。さっきお昼を食べたばかりだろ」
ステファンがすかさず突っ込むと、周りのやつらが笑った。
ステファンの腰巾着みたいなエリオが見えない……と思ったら輪から少し外れ、天井の一点を見つめていた。何かを考えているようだった。
朝はステファンにベタベタしていたのに。
「それで、さっきの続きはなんだい?」
ステファンがルシアンに話しかけた。
「あ、そうそう! クイズの途中だったねぇ。えー、これは誰の真似でしょうか?」
ルシアンは前に出て、あごを突き出して咳払いをした。鉛筆を持って、トントントンと言葉を切ったタイミングで机を叩く。
「これは!(トン)テストに!(トン)出しますよーぉ!(トン)」
「ティーチャー、パンジー!」
ルシアンを囲んでいた生徒たちが声をそろえる。それに続く笑い声。ルシアンのお得意の先生のモノマネ。
「似てるな!」
「ルシアン上手い! もっとやれよ」
ステファンやニコたちが囃し立てる。
「ああ。うーん、なにか足りないなぁー」
ルシアンは両手を扇ぐように動かすと、周りの少年が彼に向かって一斉に拍手をしたり、口笛を吹いた。
ジャンミンが跪いて祈るポーズをしてみせた。ルシアンはゆっくりと、彼の顔の前に手の甲を差し出した。ジャンミンは、彼の手の甲に軽く口づけをして囁く。
「ルシアン様」
笑い声が響いた。声変わりしていない生徒もまだいて、なんだか女学園に紛れ込んだ気持ちになる。
体を密着させ、相手の肩に顔をうずめて笑っているやつ。囃し立てるやつ。
エリオは後ろからそっと輪に近づき、ステファンに飛びついた。二人は満面の笑み。
ああ……本当に見てられない。パーソナルスペースは、もう少し気にしてくれよ。クラスのポイントが減っ……。
いや、そうか。別にいいんだ。
一年前だったら怒られることだけど、法律が急に変わった。今度は節度を持ちつつ、ベタベタしていいんだって。全く意味がわからない。
規律に厳しかったこの学園も、少しずつ変わってきている。
過渡期--
なんだろうか。だけど、それが最近どんどんエスカレートしていて、うんざりするほどだ。
ステファンとエリオは教室の後ろでべったりとくっついて内緒話を始めた。エリオはステファンの首もとに頭をくっつけている。
やっぱり バディなのだろうな。バディは親友より、実は恋人なんだと誰かが言っていたのが聞こえたし。
それにしても、エリオはいつまでも転入生気取りなんだろう?
ステファンの方も満更でもなく、自分のそばに置きたいみたいだけど。
少し離れて見てるからこそ、わかるんだな。あの渦中にいたら、なにがなんだかわからないだろう。
そういえばステファンたち、前は三人でいたときもあった気がするけど……。あ、僕の後ろの席のやつか?そうか転校したんだ。
ルシアンの手の甲に口づけをしていたジャンミンは学級代表だ。なのになにをやってるんだ、あれ。
普段は真面目で優しいけど、ジャンミンはもう少しクラスメイトに厳しくしたほうがいい。注意するどころか楽しんでるし……。
ルシアンはくるんとした亜麻色を髪を肩で払って、再び鉛筆で机を叩く。
「あー、ペンを持ちなさいっ」
笑い声が聞こえる。ルシアンの周りにいた少年たちを、さらにまた少年が囲んだ。それはまるで、天使に群がる民衆のようだった。
宗教画で似たようなのを見た気がする。
「えーと、ああっ、うん!」
ルシアンは咳払いをして皆の注目を集めた。周りにいるジャンミン、ニコ、エリオそしてステファン……集まっている生徒たちの顔を、一人一人じっと見る。
「アンダーライン!」
腰を低くして重低音で言ったルシアンの言葉に思わず笑ってしまった。
周りも大爆笑。生徒たちの目を見据え、腰をかがめてああ言うんだ。ティーチャー・パンジーは。
だけど、それにしても笑いすぎ。
「お腹が痛いよ、そっくり」
「どこが大事かわからないのに、アンダーラインとか言うんだ。あの先生」
「意味わかんねー」
エリオ、ステファン、ニコが順番に笑いを堪えながら言った。それでまた周りも笑う。
「ルシアン、もうやめて。笑わせないで」
ジャンミンも笑いながら懇願している。
僕の昼休みの創作タイムは、うるさい生徒たちに完全に邪魔された。昼休みが終わってしまう。
一行も小説が書けなかった。主人公の暗殺を企てる男の名前……ルシアンにしようかな。その部下はパンジーにしよう。
休み時間終了を知らせる鐘が鳴る。
「ああ、腹痛え……」
「急げ急げ」
「先生誰だっけ?」
生徒たちは素早く席に戻った。
同時に、カツカツと神経質な靴音が響いて入ってきたのはティーチャー・パンジーだった。噂をすればなんとやら。立て付けの悪い引き戸を、すっと音もなく開ける。
ティーチャー・パンジーが来ましたよ。




