放課後の悪魔
ペナルティのため、池の掃除です。
(え? 亀がいるじゃん……)
一番に池に着いた僕。
池は庭園の奥にあって、校舎から遠い。だからここまで来たのは、まだ数えるほどしかなかった。
昨夜の罰として、池の掃除って言われたから、緑のぶよぶよしたなにかが浮いている汚い池を想像していたけど、わりと綺麗だった。
「思ってたよりマシだな」
学級代表、ジャンミンの鼻にかかった声。
「エリオ早いな……本当、汚くないや」
その後ろにはニコもいた。
今は冷静なジャミンだが、昨夜はかなり落ちこんでいたな。二人はゴム手袋やビニール、頑丈な虫取り網を2本持ってきている。
幼い見た目のニコが網を持っていると、虫取りしている小学生にしか見えない。
「僕、なにも持ってこなかった」
「大丈夫、エリオの手袋もあるよ。なんか巻き込んじゃってすまない」
「いや、僕は別に…………池の掃除も楽しそうだし」
(なんとも思ってないなんて言えないな)
元から失う物がないのは気が楽……なんだな。
僕はジャンミンに尋ねた。
「レイモンドは見張りに来るの?」
「説教しに来るかもね。大魔王は来るかな?」
大魔王とはルシアンのことか。
「ルシアンが来ないと連帯責任でさらに罰を受けるだろ? めんどくせ」
ニコが眉をひそめる。
「それかクラスのポイントが減るかもしれない。それは困るんだ」
「…………ねえ、池に亀がいるんだよ」
「…………」
「…………」
ニコとジャンミンは顔を見合わせた後、同時に池を覗き込んだ。
「あ、誰かがこっち来るよ、あれ?」
「おーい! エリオー! ニコ、ジャンミン……」
遠くからでもわかる。赤髪で背の高い……しなやかな身体。満面の笑みで手を振っている。
やって来たのは意外にもステファンだった。
「君たち、昨夜ラウンジでこそこそしてたんだって? 羨ましいなぁ」
場所はラウンジになったのか……俺も呼んでよぉ〜と、ステファンはにやにやしている。
「どこが。そのせいで池の掃除だぜ。パッとしない罰だな」とニコ。
「昨夜、ルシアンもいたんだろ? エリオ、何話したの?」
「……えっと、なんだっけ?」
なんて言えばいい?
ルシアンはレイモンドさんと現れた。そしていきなりパジャマを脱いで……。
「あ、レイモンドより伝言。ルシアンは緊急で他のペナルティができた。代わりにステファンを入れて四人で掃除をします。あと日時計も磨いてくれ……だって」
ステファンは自分が助っ人だと、胸に手を当てながら言った。
「ほんと? やった!」
僕は嬉しくて、ステファンに飛びついた。
僕たちは裸足になり、池に入った。ジャンミンだけは長靴を持ってきていた。
「冷たいな」
「池の掃除ってさ……夏じゃないのにね」
網や手で、池に浮いた葉っぱや死んだ虫を取る。手袋はありがたかった。ジャンミンが僕に声をかける。
「エリオ、よかったな。実は僕もステファンでほっとしたかも。ニコもだよね?」
「あぁ。大魔王が来たら、掃除どころか余計に汚すぜ。びっしょりになってさ。けど、なんでステファンが来たんだよ?」
ニコは少しつっかかるようにステファンに聞く。
「さぁ。レイモンドに暇かって聞かれて……学級代表と副代表がべったりだったら、エリオが可哀想だろ?」
「ベッタリなんてしないって。君たちとは違うから」
ジャスミンは真面目な顔で言い放つけど……。昨夜はニコに抱きついてキスをしていた--
「君たちも、恋人って申請すればいいのになぁ。お似合いだよ」
「いや、僕はそんな……ねぇ、ステファン?」
『ああ……まだ▪️▪️れてるし……』
ステファンが早口で言った。とても小さい声で聞き取れない。僕は聞き返す。
「えっ? 何?」
「あぁ、先生に言うつもりはない。エリオとの関係は秘密がいいんだ」
「いや、ステファン、みんなにバレバレだよ」とジャンミンが真面目に言う。
「まぁ、俺の気持ちの問題なんだよ」
「…………」
僕は当事者だけど、よくわからなくて黙っていた。気持ちの問題?
「それに法律が変わったからって、すぐ流行りに乗るのは嫌なんだ。あ、なにこれ?!」
「亀だね」
亀がステファンの目の前に泳いできた。
「こんな小さかったんだー」
「かわいいね、なんかニコみたい」
「なんでだよ」
二コとジャンミンのやりとりは微笑ましい。ステファンは池の中央を見つめていた。
「俺……あの石を磨こうかな」
池には二つの大きな石があった。池の形は8の字に似ていて、合わせるように二つの石が置いてある。それもあって、いびつな8に見える。
ステファンは持ってきた雑巾で石を擦り始めた。
「やっぱり、ぬるぬるするよ」
「ステファン、真面目だなぁ。助っ人なのに」
「だって俺、凝り性だから」
ステファンは石を磨くのが面白いのか、集中して擦りだした。
ジャンミンとニコは落ち葉を集めながら、亀を追いかけたりしている。
「ねぇ。僕も石、磨くの手伝う?」
「いや。これは俺がやってるから」
集中と言うか、ムキになってるようで心配になってきた。
「だって、僕もやったら早いよ?」
「いいんだよ、むこうへ行って」
冷たく言われ、僕は離れた。ステファンは無表情で同じところを拭いているような--
ステファンは急にふらついて、池の中で跪いてしまった。
「ステファン、大丈夫? ゆっくりやらなくちゃ!」
僕はステファンの腕を掴んだ。彼を池の淵に座らせた途端、ステファンはそのまま倒れてしまった。
ステファン大丈夫かな。




