相談室の灯り 3
ノックが小さく三回。
真夜中って、どうしてこんなに怖いんだろう。まるで扉の向こうにいるのが、人間ではなく深い森の中からやってきた魔物みたいだ。三人で扉をじっと見つめる。
鍵は、今度は僕がしっかりかけておいた。急に開けられたらまずい。
またノック。
コン、コン。
コン、コン。
リズムのある静かなノック。
「ジャン、どうする……」
「……しかたない。開けよう」
ジャンミンがゆっくり扉を開けるーー
「やばっー! おまえら、マジで停学ー。やばぁ」
ルシアンーー
ひょっこり顔を出したのは、亜麻色の髪の天使のような少年だった。真っ白な肌に翡翠色の瞳、長い睫毛。
だけど、口からは魔王ルシファーのような非情で辛辣な言葉。彼は僕の横にドサッと座る。
「…………」
(怖い……)
「やぁ、ルシアン。ごめんな」
ジャンミンの穏やかな声。
「明日も学校だぜ。なにやってんだよ、ツートップがさぁ。新参者もいやがる……この僕を差し置いてトリップでもしてたのか?」
「トリップ?」
僕は意味がわからず繰り返すと、ジャンミンが僕を制した。
「僕のこと、ニコに慰めてもらってて……エリオは灯りに気づいて。さぁ、みんな戻ろう」
「だってさ」
後ろを振り向くルシアン。
え…………。
扉の隙間から現れたのは、レイモンドだった。
背が高く、彫刻のように顔が整った事務員。僕が転入してきたとき、いろいろお世話になった人。
その後もいろいろ助けてもらってる。とても優しくて、お兄さんのようだけどーー
だけど今は違う。群がっているネズミを見つけた山猫のよう。射抜くような真っ黒い瞳。
胃が急に重たくなった。
「またB組だね。どうしようかな……」
ニコとジャンミンは硬直している。いつもはレイモンドと仲が良いけど、違反はそうはいかないようだ。
「レイモンド……俺とジャンミンでいただけ。エリオは今、灯りを消しに来たんだ」
「あの……すみません。僕のせいです。僕がニコの部屋をノックしました。それで、ここに誘いました」
ジャンミンが、いつもより動揺していた。
「はぁ〜。美しい友情だねぇ」
ルシアンが飄々と口ずさむ。
「まぁ報告はするけど、具合が悪くなったってことでいい? その際はラウンジで内線をかけることになってるけど……先生たちの手を煩わせたくないから、相談室に行ったと」
「報告やっぱりしますか?」
「仕方ないだろう。僕だって当直だからね」
ジャンミンが頭を抱えた。普通の生徒でも、きっと落ち込むことなんだろう。彼は学級代表だ。だからその気持ちは計り知れない。
「何があったかは記録に書くことになってる。君たち三人がここにいたことも。生徒たちには言わない。それだけでも譲歩だと思うがね」
「ああ……」
うなだれるジャンミン。僕は、築き上げた信頼が一瞬で壊れるのを目の前で見ている。
「レイモンド、見逃してよ。具合が悪くなっただけだ」
平然と嘘をつくニコ。煙草を吸っていたのも、お菓子を持ち込んでいたことも当然隠している。
僕は共犯者だ。だけど他人事のように感じているのは確かだ。
「ジャンミン……学級代表は重荷かい?」
「……いいえ」
「レイモンド〜ここで起こったこと、全部書くのぉ?」
ヘラヘラしているルシアン。ぶん殴ってやろうかと思った。正しいのはルシアンなのかもしれないけど。
「はい。見たことを書きます」
パジャマを脱ぎ捨てて、急にレイモンドに抱きつくルシアン。
え?! こいつ、なにやってるんだ……。
「レイモンドも仲間ね」
そう言ってルシアンは、レイモンドにキスをした。思いっきり唇にだ。
二人がキスしているのを、僕たち三人はあっけに取られて見ていた。かなり長くキスをしているように見えるが、多分三秒くらいだったと思う。
「…………」
レイモンドの頬を押さえて離さないルシアン。真っ白な横顔と薄い上半身。女の子と錯覚しそうになった。レイモンドが強い力で、彼の肩を掴んで引き離した。
「なんだこれは」
「レイモンドが、僕を襲ったって言う」
ルシアンは真っ白な胸を、自分の爪で引っ掻いた。さらに強く爪を立てるーー
「やめろ!」
レイモンドが顔を紅潮させる。もちろん照れているのではなく、怒ってる。
生徒ではなく大人のレイモンドにこんなことしたら、罰則はどうなるのだろう?
「ルシアン、エリオ、ジャンミン、ニコ。君たち四人は庭園の池を掃除してもらう。報告は……多分しない。明日、放課後に池に集合。そして……あと30秒で、ここから出ること」
レイモンドはそう言いいながら、ルシアンの脱ぎ捨てたパジャマを羽織らせていた。




