医務室とステファンと…… 2
ステファンとエリオとシドフが医務室にいます。どうなる? この話はここでおしまいです。
のちほど続きがあるかもしれません。
ステファンと一緒にベッドに寝ている!
どうしよう。鼓動が早く、体温が上がってきているのがわかる。
「ちょっと腕が痛いな。伸ばしていい?」
僕の頭の下に、すっと自分の腕を通すステファン。 必然的に距離が近くなる。嬉しくて心臓も飛び上がりそう。
「あー、気持ちいいな。寝ちゃいそう」
ステファンが大きく伸びをした。
「何やってんだよ。ステファン……」
ギョッとした。シドフが三白眼になってこちらを見ていた。彼は鬼の形相でステファンを睨んでいる。
無理だ。僕はステファンから離れなくちゃならない。やっぱり耐えられない。
だって、彼はステファンを睨んでいるけれど、憎んでいるのは僕のことだ。
「……ねぇ、二人とも教室に戻ってくれないか。一人で平気だよ」
「えー、まだいいじゃないかぁ。なあシドフ、お前も横になれよ」
(ステファン、やめて! 空気を読んでよ)
ステファンはシドフを引っ張った。細いシドフはころんとベッドに横になる。三人が一つのシングルベッドに横になってしまった。
「ちょ、ステファン! なにすんだよ」
シドフが慌ている。
「気持ち…………いいだろ?」とステファン。
男三人だとさすがにシングルベットは狭い。僕はできるだけピンと伸び、柵に身体を必死でくっつけた。狭いのもあるけど、シドフが恐ろしいからだ。
「あっ……ステファン、やめろよ。髪型が崩れるんだけどさー」
髪形を気にしているようなシドフ。彼はなんだかごそごそしている。笑い声も聞こえた。でも僕は振り向くどころか、目をつぶってしまった。
「もう大丈夫。二人とも戻って」
二人とも何も言わない。僕は反対側の柵を両手で掴んでやり過ごした。まるで動物園の猿だ。
「あー、なんだか眠くなってきたなぁ」
「あ? 嘘つけ」
ステファンとシドフの声。ステファンは目を閉じて黙っているのかな? 僕は背を向けたまま、ステファンに声をかける。嘘だと思ったんだ。
「ステファン? ほんとに寝ちゃった?」
ステファンの寝息が聞こえている。シドフも呆れて話しかける。
「え、ステファン、まじ? なんだこいつ。起きないのか? ……嘘だろ」
シドフも呆れてぶつぶつ文句を言っている。両脇にいる僕とシドフは狭いベッドで互いに無言だった。
なんだよこれ……。
ステファンが間にいないと、僕とシドフはこのところ上手く話せなかった。ステファンが潤滑油のようだったんだ。 シドフが消えそうな声で囁いた。
「仮病、上手いなぁ」
ショックだった。
「エリオ……ステファンと二人になりたかったんだろ?」
それは……絶対に違うとも言い切れない。だって僕はステファンが大好きだから。でも、お腹は本当に痛かったんだ。それは今日だけのことじゃなく、最近はずっとそうだった気もする。
「転校生のくせに。仮病まで使うのか」
「……そんなことしない」
小声で僕も言い返す。ステファンを今、起こしたくない。僕は威圧するように続けた。
「転校生は関係ない」
シドフはたじろいだ。いつも言われっぱなしの僕が言い返すとは思わなかったみたい。
「転校生は何も知らないんだなぁ。実はさ、エリオのこと嫌いって言ってるのにな、ステファンは」
シドフの本気の悪意。ずいぶんと幼稚だった。顔は見てないけど、ニヤニヤしているのが想像つく。
「ステファンがそんなこと言うはずないだろ?」
「本人に聞いてみろって」
なんだかおかしくなってきた。今までは遠慮していたけど、思わず鼻で笑ってしまった。あまりにシドフは幼くてばかばかしい。僕は気づいた。なんでシドフに僕は嫉妬しないのか……。
僕は自分が成長したんだと思っていた。
でもそうじゃない。シドフは、嫉妬するに値しない人間だからだ。それはきっと初対面から感じ取っていたんだ。
「シドフ、どうしてそんなに焦ってるの?」
「な、なんだと……」
「嘘ばかりなんだな、シドフ。僕は二人の邪魔はしないからさ……僕は、ね」
静かにゆっくりと諭すように言った。あまりにも穏やかに言ったから、それは逆に彼を煽っているようだった。(本当は煽っていた)
彼は何も言わない。
(勝った……)
僕は優越感に浸った。シドフは押し黙ってるけど、負の感情は十分に感じた。
「メリークリスマス! ……寝てた!」
急にステファンがむくっと起き上がった。呑気なもんだ。この状況を何も知らないで。
「ステファン、シドフ。二人とも戻って。お願いだから……少し寝たいんだ。一人で寮に戻る」
いつもより低い声でゆっくりと言った。怒っているように聞こえたはずだ。
「わかった」
そう囁いて、ステファンはまた愛しそうに僕に頭を撫でてくれたっけ。
*****
「シドフ……」
ステファンがそう呟いて、涙を流した。
医務室に来て、僕たちはやっと彼の名前を思い出した。 ステファンの涙は横に流れて、ベッドのシーツを濡らしていた。ステファンも三人でいたこと思い出しているんだ。
そう、彼の名前はシドフ。
あの日、ステファンとシドフの二人が出て行っても、僕の腹の痛みは治らず、強くなった。なにかの罰なのか?
彼を煽ってバカにしたことで、いっとき溜飲は下がった。でも後には後悔と寂しさが込み上げた。
勝ったつもりだったけど、僕はあのとき負けたのかな? なんて唸りながら考えて……いつの間にか寝てしまった。
辺りはすっかり暗くなっていた。ずいぶん遅くに寮に戻った。付き添ってくれたお礼を、ステファンに伝えに行ったときのことはよく覚えている。
服がびっしょりに濡れたステファンが放心状態で部屋で立ち尽くしていた。他人の部屋には入ってはいけないから近づけないし、薄暗くてよく見えなかったけど。
ポタポタと彼のシャツの裾から水が滴っていた。
ステファンのことだから、お風呂にでも落ちたのかい? ってからかっても、返事をしてくれなかった。
気を取り直し、シドフにもお礼を言いに行った。僕はシドフと仲直りしたかった。きついことを言ってしまったので、謝りたくなった。なんかそれも身勝手だけど。
三階の廊下では先生たちが右往左往していて、シドフは具合が悪いからって、僕は部屋につき返された。
結局、シドフを見たのは医務室が最後になってしまった。
シドフとちょっと不穏になってしまったのが心残りなんだ。だから思い出したくなかった。だけど、今となればたいしたことないよな。男同士の喧嘩。ちょっとした嫉妬だよ。
シドフ、元気かな? 今度会ったときはちゃんと話そう。名前もすんなり呼べると思うんだ。
ありがとうございました。ブロンドのシドフ、どこに転校したのかしら??
次はまた、誰かと誰かがこそこそします。




